告白の行方




 都賀孝浩は幼馴染だ。
 家が近所で、母親同士も仲が良く、おかげで子供の頃は四六時中といっても過言ではない程度に一緒にいた。
 そして私はいつからか、孝浩のことが好きだった。


 きっかけなんて覚えていないし、でも理由なんて作ろうと思えばいくつでもできる気がする。
 客観的に見れば孝浩はこれと言って特徴のある男子ではない。
 成績はまぁ、中の上。運動神経は可も不可もなく。特に大人しいということもなければ、リーダーシップを発揮するタイプでもない。平均的でごく普通。
 女子に興味ないということはないのだろうけれど、特別に好きな子はいないようだった。
 だから安心して、気持ちを悟られないまま当たり前のように隣にいた。
 今までは。


 同じ高校に入学したけれど、クラスは離れて、そうしていつのまにか孝浩には好きな子ができていた。
 同じクラスの小柄で、おとなしそうだけれど、にこやかな女の子。
 今まであんまり聞いたことなかったけれど、こういう子がタイプだったのかとがっかりした。私とは正反対だった。
 それでも私は幼馴染の顔で、孝浩の一方通行の相談めいた惚気にアドバイスめいたものをしていた。


 実際、二人が付き合い始めたらどうかはわからないけれど、孝浩の片思いの状態の間はどんな話をされても平気だと思っていたけれど、結構ストレスだったみたいだ。
「好きな人に好きだっていうだけなのに、何をそんなに悩むことがあるのよ」
 放課後、化学室で実験器具を片付ける傍ら、いつものように好きな子の話をする孝浩に向けた言葉は思った以上に刺々しいものとなった。
 が、孝浩は私の愛想のない口調にもなれているせいか、それほど気に障った様子もないようだ。
 それが難しいとか、いろいろ言い訳を試みてくる。その反論を一つ一つ叩き落としてやる。
 口で勝てると思うなよ。
「光はできるのかよ。可能性ほぼナシの相手に告白」
 器具棚の扉を閉める音がひどく鋭く響いた。
「出来るに決まってる。自分に出来ないことを人にたきつけるほどバカじゃない」



「口だけなら何とでも言えるよな」
 売り言葉に買い言葉の自覚はあったけれど、孝浩はそれをさらにあおってくる。
 後悔させてやる。絶対。
 あえてにっこりと笑ってみせるがたぶん、私の目は笑っていないはずだ。
 孝浩に近づき、間近で視線を合わせる。
「私は都賀孝浩が好きです。都賀孝浩には好きな人が別にいてその相談を私にするくらい私には全くこれっぽっちも望みがないコトがわかっていても、好きです」
 出来るだけ冷静に、しっかりはっきりと言い切る。
 たぶん後悔しないといけないのは私の方だ。壊してしまった。自分で孝浩の隣というポジションを。
「マジで?」
「けんか売ってるの?」
 沈黙の後の返答がそれ?
 さすがにきつい視線に耐えかねたのか孝浩は目をそらす。
「……ごめん」
 どれに対する謝罪かわからないけど、たぶん全部なんだろうけれど、もう今更遅い。でてしまった言葉は返らない。
「いいよ。玉砕することわかってて言ったのは私だし」
 溜息まじりにこぼした言葉は、出来るだけ冷静さを保って聞こえるように努力した。その甲斐あって、でもそれが仇になって孝浩は、そして私の渾身の告白を疑ったように見えた。
 からかっただけだよって、言えばたぶん元通りになるはずだ。そのほうが良い。
「孝浩が冗談にして欲しいならしても良いけど」
 けれど口をついたのは中途半端な返答で、我ながらどうしたいのかさっぱりだ。
「それは失礼だろ、いくらなんでも」
 それなのにまっすぐに、そんな風に言ってくれるから。だからさぁ、そういうところだよ、孝浩。
「うん。ありがとう。孝浩も早く告白しなよ。もしうまくいかなくても私が好きでいるから。とりあえず、当分は」
 たぶん、今度はちゃんと笑えた。もう仕方ない。
「中途半端な応援だな」
 まぁね。
「フクザツな女心だよ」
「変わんないな、オマエ」
 軽口に、少し呆れたような孝浩の声。
「幼馴染の立場まで放棄する気はないからね」
 ずっとこのままなんて、きっと無理だろうけれど、今はまだ。
 その意をどこまで汲んでくれてのかはわからないけれど、孝浩はいつもみたいに笑った。
「帰ろっか」


      ―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―

「泣き言、聞いてあげよっか?」
 孝浩の好きな子にカレシができたと知ったのは今朝のことだった。
 カレシの方が私のクラスの男子で、どちらかというと目立つ方の、調子に乗って騒ぐタイプなおかげで特に聞き耳をたてたわけではないけれど、状況を把握するのは難しくなかった。
 帰りのHRが長引いていたらしい孝浩のクラスの担任が出ていくと入れ違いに、件の男子が教室に入っていく。
 冷やかしているのが丸わかりの歓声と、満更でもないというかそれ目当てっぽく応える「カレシ」の大きな声。
 その教室から我関せずで脱出してくる中に、孝浩を見つけてそっと声をかける。
 肩越しに少し振り返った孝浩は、特にいつもと変わらない表情で、けれど無言で階段を下りる。
 ついてくるなという拒絶もなかったので、そのまま隣に並んで沈黙に付き合う。
 校門を出て、周囲に人が少なくなると孝浩はようやくこちらを見て、苦笑する。
「光はお人好しだよなぁ」
「どこが」
「おれが凹んでると思って、わざわざ様子見に来てくれたんだろ? 光の気持ち知ってるおれが、自分からは愚痴れないと思って」
 案外おちこんでいなさそうな口調にほっとする半面、こちらの内心をまるっとわかっているような言葉に少々むっとする。そうなんだけどさぁ、そういうこと、言わないでほしい。
「ありがとな。でも平気だから」
 隣を歩く横顔には特に無理した様子はなかった。別に打ちひしがれてほしいとは思っていないけれど、あまりにも普通すぎる。
「大丈夫ならいいけど」
 でも、なんで? って思ってるくらい孝浩ならわかるはずなのに、答えはなく、また無言になってしまう。
 隠すのが上手くなっただけで、やっぱり凹んでるのか? 傷心なのにあんまり問い詰めるのもな。
「光。あの時の、」
 家の近くの小さな公園に差しかかり、唐突に足を止めた孝浩を振り返る。
「いや、ちがう。そうじゃない」
 なんだか一人でわたわたしてるし。どうしたんだ、いったい。
「落ち着けば?」
「……今更、虫のいい話かもしれないんだけど」
 深呼吸の後、孝浩はまっすぐにこちらを見つめる。
「おれは木之下光が好きです。……幼馴染としても、それ以上としても」
 ちょっと待って。何って?
 反射的に一歩距離をあける。
「怒ってるか?」
 そうじゃないし、なんでそういう話になる?
「光の気持ち知ったあとでって、保険かけてるみたいでずるいだろ?」
 そんなこと。
 やまほどの「何故」は残っているけれど、とりあえず顔を上げて、伝わるように笑って見せた。

 
 

【終】




Jul. 2018
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