告白



「だから、好きな人に好きって言うだけなのに何をそんなに悩むことがあるのよ」
 人気のない化学準備室。
 呆れたようなうんざりしたような口調が吐き出される。刺々しい。
「好きな人に言うから難しいんだろ?」
 机の上の、奇妙に綺麗な色の液体が入った試験管を隅に追いやり、座るスペースを作りながらささやかに反論を試みる。
 実験器具を片付ける手を止めて振り返った顔には眉間に激しくしわが寄っている。
 せっかくの美人がだいなしだぞ、おい。
「キライな人に好きって言うことに比べたらずっと楽だと思うけど?」
 肩をすくめて言うと片付けにもどる。
 嫌いな人間に『好き』と告白して『ゴメンナサイ』されても痛くもなんともないぞ。
 こちらの考えていることが見通せたのだろう。深いため息が返ってくる。
「あのね。タカヒロは自分の都合の良いことしか考えてないみたいだけどさぁ、逆パターンは考えないわけ?」
 逆パターン?
「……つまり、嫌いな人間『好き』と告白して『ゴメンナサイ』じゃなく……」
「『私もずっと好きだったの、うれしい』って返ってくるの。嫌いな相手から。でも自分から告白したんだから責任は取らないといけないよね。『間違いでした』なんて言えるはずないし、タカヒロが。そこまで厚顔無恥ならある意味尊敬するけど、でもそれだけ面の皮が厚ければ好きな人に好きって言うくらいもっと簡単だろうしね」
 立て板に水。ずっと変わらない淡々とした口調が妙に予言めいていて嫌な感じだ。
「すみませんでした」
 何であやまってんのかな、おれ。
「考えが浅い」
 一刀両断。
 まぁ、そうなんだけどさ。もう少しなんかこう優しい言葉を吐いてくださいませんかね。
「甘ったれるな。大体相談に乗ってあげてるだけでも充分私はやさしいと思う」
「ミツ、付き合い良いから」
 口調はぶっきらぼうで無愛想だし、一見とっつきにくいけれど。
「そうやって人を持ち上げるのは、本来の問題を誤魔化そうっていう意図があるの?」
 さらりと本題にもどす辺り容赦ないな、こいつは。
「じゃあ聞くけど、おれが告白して玉砕しない可能性はどれだけあると思うよ?」
「そこで成功する確率と言えないあたりもうかなり駄目だと思うけど」
 すまんな、後ろむきで。自信ないんだよ。
「相手が自分のこと好きだということがわからなければ、自分も告白できないなんて端から問題外じゃない? 白馬に乗ったお姫様が迎えに来てくれるのを今か今かと待ち続けて老いてしまえ」
 ヒトゴトだと思って。なんて恐ろしいコト言いやがるんだ。
「ミツはできるのかよ。可能性ほぼナシの相手に告白」
 パシン。
 器具棚の扉を鋭い音をさせて閉めてミツはこちらを睨みつける。
 げ、怒ってる。
「出来るに決まってる。自分に出来ないことを人にたきつけるほどバカじゃない」
 売り言葉に買い言葉になってるだろ。
「口だけなら何とでも言えるよな」
 だから、おれ。これ以上ミツを怒らせてどうするよ。
 ミツは笑みを浮かべて近づいてくる。
 怖ぇよ。オマエ、美人なんだから。無駄に凄みがあるんだって、その作った微笑。
 同じ高さの視線がぶつかる。
 蛇に睨まれた蛙ってこんな心境だろうか。
「私は都賀孝浩が好きです。都賀孝浩には好きな人が別にいてその相談を私にするくらい私には全くこれっぽっちも望みがないコトがわかっていても、好きです」
 相変わらず揺るがない視線はまっすぐこちらを見つめたままで。逸らせない。
 …………えぇと。
「マジで?」
「けんか売ってるの?」
 いや、どちらかというとけんか腰なのはミツの方じゃ。
「……ごめん」
 いろいろと。
 ミツは小さな溜息をひとつこぼす。
「いいよ。玉砕することわかってて言ったのは私だし」
 いつもと変わらない平然とした口調と表情はホントに本気だったのか疑いたくなる。まだ。
「タカヒロが冗談にして欲しいならしても良いけど」
 ココロ、読めるんじゃないかと疑いたくなるな。まったく。
「それは失礼だろ、いくらなんでも」
「うん。ありがとう。タカヒロも早く告白しなよ。もしうまくいかなくても私が好きでいるから。とりあえず、当分は」
 真剣に返すと、ミツはきれいに微笑う。
 思わず少し視線を逸らす。
「中途半端な応援だな」
 軽口をたたく。
「フクザツな女心だよ」
 どこまで本気なんだか。うっすらといたずらっぽい笑みを浮かべてる。
「変わんないな、オマエ」
 あんなコト言ったあとなのに。
「幼馴染の立場まで放棄する気はないからね」
 かるく肩をすくめて呟いた言葉はすごく切実に聞こえた。
 だから。
「帰ろっか」
 いつもみたいに。そういって肩を並べた。

【終】




May. 2008