その夜。
私は背の高い草原の中、肩まで埋もれるように一人立っていた。
すぐに、「夢だ」ってわかった。
だって、さっきベッドに入ったばかりなのだから。
それにこんな広い草原、家の近くにはないし、今まで見たこともない。
だから間違いなくこれは夢だ。
問題はそれがわかったからといってどうすることもできない。
オバケや変なモノに追いかけられたりするよりましかもしれないけど。
それでも世界にたった一人だけ、みたいなこの場所にいるのはすごくさみしくてコワイ。
いくら、夢だとわかっていても。
さわさわ、風に吹かれる草の声が耳元で囁くのが余計に不安になる。
「誰かいないのー?」
大きな声で、叫んでみれば誰かがひょっこりでてくるかもしれないけれどそれがワルモノでないなんて言い切れないし。
どうしようもない感じ。
「ふぅ」
って声を出してわざとらしく溜息をついてみようとして、気がついた。
声が出ない。
誰もいないんだから、夢なんだから、声なんか出せなくても問題ないかもしれないけれど、それでもちょっと不安になる。
これは本当に夢、だよね?
ぐるり、あたりを見渡す。
知らない場所なのに、風の音もひやりとした空気の匂いも嫌にリアルで、そのくせ生きたものの気配がしない。
ただずっと見える限りの草野原。
風が草を波のようにゆらす。
すごく、きれい。だけど、こわい。
不安にのみ込まれそう。
……なんだか、泣きたくなってきた。
がさ。がさがさ。
唐突に近くから何かが動く音。
自分以外にも誰かがいたとほっとした半面、逃げたほうが良いのかと、そっと草原に身を潜めて様子をうかがう。
そんなこちらに構いもせず目の前を一匹のウサギが横切る。
うさぎ、だよね?
ちょっと。うぅん、かなり大きいんだけど。
幼稚園くらいの子供なら、背中に乗れそうなくらいに。
ぴょん、ぴょん。とたまにきょろきょろしながら大うさぎは草原の中を進んでいく。
とりあえず。このまま突っ立っていても仕方がない。
私は大うさぎの後ろを静かに追いかけた。
どれくらい歩いただろう。
おんなじ景色の中、ただ延々と大うさぎの後をついてきたので良くわからなくなっていた。
ずっとついてきて気がついたのは大うさぎが何か探し物をしてるらしいこと。
思い出したようには立ち止まり周囲を見回している。
で、首をちょっと傾げてまた進む。その繰り返し。
その間、何度も私の姿が見えているはずなのにまるでほったらかし。
探し物以外目に入らないのか、この大うさぎは。と文句を言いたいくらいだ。
もう、歩くのにも疲れてきて大うさぎの後をついていくのを止めようかと思った頃、草原の中に大きな一本の樹が立っているのに気がついた。
大うさぎもそれに気がついたようで足を止める。
そして大きく溜息をつくと、とぼとぼとその樹の方に近づいていった。
うさぎって溜息をつくモノか? とちょっと眉をひそめて考えながら私もその後に続く。
それを言ったらこんな大きなウサギがいるコト自体おかしいのだけれど。
樹の周りは草がきれいに刈り込まれた芝生のようになっていて、大うさぎはふてくされたようにそこに寝そべっていた。
私は、声をかけようにも声が出なくて、でも勝手に隣に座るのも何だか良くない気がして大うさぎの前に立ちつくした。
「勝手に後ついてきたくらいなんやから、勝手に座ればいいやん」
いつまでもそのままでいる私に愛想のないオトコノコの声で大うさぎは言う。
気づいてたならムシしなくても良いんじゃない?
声が出たなら言ってやりたいところだけれど。
むっつりとした表情だけで気持ちを伝えて大うさぎから少しはなれて座る。
「オマエ、何なくしたん?」
なくした?
意味が分からなくて大うさぎの顔をまじまじと見つめる。
「なんだ、知らないで来たンか? なくしたモノもわからんなんてなんぎやなぁ」
呆れてるんだか馬鹿にしてるんだかかわいそうに思ってるんだか、その口調からは全くわからない。
『こ・こ・は・な・に?』
大きくゆっくり口を動かして尋ねる。
声は出ないけれど、少しは伝わるだろう。
大うさぎは長い耳をぴくりと動かす。
「なくしモノはわからない上、しゃべれないなんてタイヘンやな。……ココはなくしモノが見つかる場所や」
よくわからない、があいまいにうなずく。
「これがないと生きて行けん。そんなモノをなくすとココに落とされるンよ」
そんな大事なモノ、私持ってたっけ?
『あ・な・た・は・な・に・を・な・く・し・た・の?』
大うさぎは困ったような笑みを浮かべた。
「みんな持ってるモノ。で、オレだけにないモノ」
なぞなぞか?
じっと、見つめる。
目も鼻も口も耳もあるし。
……わからない。
みんな持ってる、ってことは私にもあるってコトだよね。
自分の身体をじっと見る。胸からつま先まで。
あ。
空をながめる。そしてもう一度あしもとを見て。
大うさぎをつつく。
『わ・か・っ・た。・【カ・ゲ】』
「アタリ。もうずっと探してンだけど見つからん」
ちょっと投げ遣りな声。
私は勝ちほこったように笑むと空を指す。
『見・て』
指さす先にはまん丸月。
そこに映るのは。
「オレの影だ!」
大うさぎは、はね起きると月まで一気に飛び上がった。
「あ」
声が出るコトにちょっとほっとする。
夢だと判ってみていたはずなのにいざ覚めてみると変な感じだ。
ベッドから抜け出し窓を開けると、外は満月。
「良かったね」
小さく呟く。
次は、私が。
見つけよう。まだ知らない、何かを。
May. 2004