やよい



 (1)加山早紀

 玉砕覚悟で告白して。
 「とりあえず友達で」なんて常套句の返事をもらって。
 「陥落してやる!」なんて強気で言い返したものの、出来たことと言えば、たまのメールくらい。
 向こうは大学生で、新生活だし、いろいろ忙しいだろうと思うと、何度もメールするのもはばかられた。
 大体カノジョ未満どころか友人未満な相手から無意味なメールもらっても迷惑なだけだろう。普通に考えて。
 そうこうしているうちに自分自身が受験勉強に忙しくなって、よりメールはしにくくなった。
 そんな状態で一年。
『合格しました!』
 一言だけ。それでも、結構意を決してメールを送った。
 たまのメールでも、即返信をくれる人じゃなかったし、その時も期待してなかったから、間をおかずの着メール音に驚いた。
『おめでとう。』
 短いその一言が、どれだけうれしかったかなんて、たぶんわからないだろう。
『覚悟しておいてくださいね!!』
 我ながらかわいげないとは思うけれど、念を押す気持ちで宣戦布告メールを送信した。



 (2)久住薫

「よっ」
 駅裏にある、小ぢんまりとした本屋に入ると早々に目当ての顔を見つけて手を上げる。
「……久住か」
「久しぶりに会った友人に何その態度」
 どこかめんどくさそうな口調の桐生に文句をつける。
 中学高校と同じ学校で、毎日のように顔を合わせていたが、大学で地元を離れてしまうとそうもいかない。
 とはいっても年末にも帰省してたから三か月ぶりくらいか。
「あぁ、そっか。うん。ちょうど良い。久住、時間あるな?」
「えーと、私そろそろ電車の時間なんだけど」
 もともと便のいい電車までの時間つぶしに顔を出しただけなのだ。
 ほどほどに荷物もあるし、さっさと帰りたい。
「このまま帰るとか友達がいのないことは言わないよな、久住は」
 こいつは、ここでどうして下手に出て頼むということができないんだ。
 まぁ、基本的に人に頼るのが苦手で、自分で解決する桐生からの「お願い」というのは珍しい。
「で、どうしたの」



 (3)久住薫
 
 通りからわかりやすい窓際の席に、目当ての人物の姿を見つける。
 窓を指先で二度たたくと、携帯を見ていた加山さんは顔を上げ、少し落胆したような表情を浮かべた。
 待ち人がようやく来たかと喜んだら別人だったら、そりゃそうなる。
 改めて考えるとイヤな役回りだ。
 後日絶対何か奢らせてやる。
 とりあえず、飲み物を購入して加山さんの前に立つ。
「久住先輩。お久しぶりです。えぇと、偶然、ですか?」
 加山さんの質問に首を横に振る。
「ちがう。ごめん。桐生のバカは急にバイト先で欠員が出て、手伝いに駆り出されてて、おまけに携帯も忘れてきたとか、ありえないミスをしてね」
 向かいに座って、一気に状況説明をする。
「でも、なんで久住先輩が?」
 不審そうに、そしてかすかに不機嫌な表情。
「帰省ついでにダメもとで桐生のバイト先に寄ったら、つかまってメッセンジャーやらされた。大荷物なのにいい迷惑だよ」
 足元に置いた邪魔くさいキャリーバックに目を落とす。
「……ごめんなさい」
「加山さんが謝ることじゃないでしょ。桐生が悪い。なにもかも」
 とりなすように言うと、加山さんは苦笑いを浮かべる。
「そうじゃなくて、せっかくわざわざ伝えに来てくれた久住先輩に態度悪いですよね、私。顔に出しすぎ。すみませんでした」
 深々と頭を下げる姿に思わず笑う。
 潔くて、素直で、桐生が気に入るわけだ。
「加山さん、面白いね。そんなこと気にするんだ。大体普通でしょ。好きな人待ってて、全く関係ない人間が現れたら、腹立つのって」
 それがおまけに女友達だったら心穏やかでいられたらおかしい。
 自分だったら加山さん程度で済ませられるかどうか。
「でも、久住先輩なら受け流すでしょう?」
 どうしてそんな風に思うんだか。反射的に首を振る。
「そんなことないよ。だいたい、なんで私が比較対象として出てくるの?」
 尋ねると加山さんはにこりと笑う。
「桐生先輩の一番身近にいる女性だから、ですかね。片思いの立場からの嫉妬です」
 やっぱり、ちょっと面白い子だ。
「桐生は私のことを女だって思ってないと思うけどね」
 付き合いが長い分、お互いに遠慮はなく仲は良いけれど、そういう甘やかさは欠片もない。
「……それでも嫉妬しちゃうので厄介なんですよ」
 まぁ、わかるけどね。



 (4)加山早紀

「まだいた」
「いちゃダメですか」
 少し息が上がっている桐生先輩に、つい悪態をつく。
 久住先輩からの「とりあえず帰っても良い。後日連絡する」との伝言は受け取っていたけれど、一応待ち合わせ場所には顔を出すとも言っていたなどと付け加えられては帰りにくい。
 大体、好きなのは自分だけなのだ。
 会ってもらえるだけで感謝だし、文句を言える立場じゃないんだけれど。
「ごめん。そういう意味じゃない。とりあえず、飲み物買ってくる。加山は? ついでに買ってくるけど」
「……じゃあ、カフェラテ」
 待っている間に飲み物はとっくに空っぽだ。
 先輩は軽くうなずいてカウンターに向かう。
 その後ろ姿を目で追いながら、小さくため息をつく。
 ダメだなぁ。久しぶりに会えてうれしいのに、
「怒ってるよな。本当に、ごめんな」
 向かいに座った先輩に渡されたカップを受け取り、財布を出すと止められる。
「このくらい、出す。お詫びにもならないけど。こっちも良かったら食べて」
 スコーンの乗ったプレートを差し出される。
「ありがとうございます。そして怒ってません。久住先輩から理由は聞きましたし。仕方ない事情ですし」
「その割に不機嫌そうな顔だけど?」
「……自己嫌悪なだけです。もともと私が会ってくれって無理言ってるんだし。なのに、少し待たされただけで態度悪いとか何様だって感じで。ごめんなさい」
 さっき久住先輩に反省して見せたのに、我ながら学習しない。
「加山は相変わらず強気なんだか弱気なんだかよくわかんないな。二時間以上待たされるのは全然少しじゃないし、怒って普通だろ」
 桐生先輩は苦笑いする。
 なんか、久住先輩と同じようなこと言ってるし。負けっぱなしな気分。
「ということで、待っててくれてありがとう」
 もう、ヤだ。そんな風に笑われたら、もっと好きになる。
 視線をそらしてカフェラテを飲む。
「で、怒ってない心の広い加山サン」
 面白がってるな?
「なんでしょーか」
「合格、おめでとう」
 テーブルの上に小さめの紙袋が置かれる。
「……え?」
「卒業おめでとう。受験お疲れさま。合格おめでとう祝い。大したものじゃないけど、気持ちだけ」
 意表を突かれびっくりしているこちらを見て、にこにこ笑いながら言葉を重ねてくれる。
「先輩は、なんていうか残念な人ですね」
 出てきた言葉は、やっぱり可愛げないもので、ホントに素直じゃない自分にあきれる。
「なにが」
 不審げに眉を寄せる先輩にぼそぼそと伝える。
「ホントに好きな久住先輩には全くもって好意が伝わっていないのに、ただの押しかけ後輩の私をこんな喜ばせてどうするんですか。勘違いしますよ……うれしいです。すごく。ありがとうございます」



 (5)桐生啓士

 憎まれ口たたくクセに、たまに妙に素直だし。意地っ張りなうえ、物好き。
 告白されて、約一年。
 その間、メールの回数もそれほど多くはない。
 そして顔を合わせたのは夏に一度。
『オープンキャンパスに行きます。時間あれば会ってもらえませんか?』
 届いたメールに、本気で同じ大学に来る気かと少し驚いた。
 構内見学終了後に加山に聞いてみたら苦笑いをした。
「もともと候補にはあったんです。ただ、県外に行こうと思ってたので、外してただけで」
「ならいいけど。売り言葉に買い言葉で進路決めるのはどうかと思うし」
 恋愛ゴトなどで左右されてほしくないというのはこっちの勝手な思いだけれど。
「今日来て、やっぱり良いなって思いましたし、頑張ります。先輩はいい迷惑かもですけど」
 あの時も変なところ弱腰だと思った。
「ほら、受験の日だって、わざわざ待っててくれて、激励にきてくれたりね。勘違いしたくなるでしょ。だからね、先輩。聞いてますか?」
 ぼんやり思い出しているところに、加山の手でひらひらと視界を遮られて肩をすくめる。
「聞いてる。おれの好意は全く伝わってなくて、残念だって話だろ。今、つくづく思ってたところだよ」
 どうでもいい相手に、わざわざ時間を割いたりしないし、「がんばれよ」の一言だけのために真冬の寒い朝、正門前で待ち伏せしたりしない。
 恋愛感情かと聞かれたら、そうだとはまだ言えないけれど、それでもかなり気に入っていると思う。
「でも、まぁ、加山にも問題があるよな」
「何がですか」
「とりあえず、次は花見にでも行こうか?」
 ものすごく不本意そうな顔でカフェラテを飲む加山に告げると、思い切り咳き込む。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃないですっ。どうして」
 咳のしすぎでかるく涙目になっている加山に笑みを向ける。
「別に。春だし。加山の宣戦布告のお手並み拝見しようかと」
「……ものすごくいじわるで楽しそうな顔してますよ、先輩」
 失礼だな、加山。
「受けて立ちますよ! 後悔しても知らないですからね……ありがとうございます」
 元気よく言い返す加山はやっぱりちょっと面白い。そして、お詫びの意図を読んで小さくお礼を付け加えるところは。
「楽しみにしてるよ」
 今はまだ、言わない。

【終】




Apr. 2014
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