わすれもの



「わっかんねぇ」
 深々とため息をつきシャーペンを放り出す。
 寒々しい教室。提出物を忘れたおかげで、一人居残り。
 バレンタインデーの為、いつもはだらだらとたむろっているクラスメイトもさっさと撤収してしまっている。
 なんというか、ものさみしい。
 自業自得とはいえ、よりによってこんな日に居残りする羽目にならなるとは……。早く帰っても予定はないけどな。
 くそぅ。
「チョコがほしい」
 というか、より正確に言うならチョコをくれるようなかわいいカノジョがほしい。
 出来ることならこう、抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な感じで、どちらかといえば小柄な感じで、ふわふわの長い髪が背中辺りまであって、清楚な感じ? で、当然やさしい。
 ……どこの夢見るオトメだ、おれ。いねぇって、そんな子。例えいたとしてもおれのカノジョにはならないだろう。
 身の程を知ってるってむなしいなぁ。
 机の端に転がったシャープを持ち直し再度プリントに目を落とす。考えてもわかんないものはわかんないけどな、きっと。
「三橋? なにやってんの」
 ドアの開く音とともに教室内に冷気が入り込む。さみぃ。
「見てのとおり居残り。津田センの課題忘れたせいで」
 入ってきたクラスメイトの言葉に答える。
「どんくさいな」
 苦笑いをする。
 なんと言うか、かっこいいよな。男のおれが言うのも変なものだが。
 そういえば大量にプレゼントもらってたっけ、こいつ。
「ほっとけ。安南こそ、どーしたんだよ」
 ホームルーム後早々に、女子たちに囲まれて教室を出ていった姿をちらりと見た気がする。
「うん。忘れ物」
 いいながらおれの前の席に反対向きに座り向かい合う。
 くせのない、さらさらの黒い髪が視界を横切る。さわやかでステキと評されてた気がする。
「……なに?」
 じっと見られてる気がして居心地悪くなる。
「ここ、まちがってる」
 胸ポケットにさしてあったシャープを抜いて余白に正しい式を書いていく。
 安南って。
「なに?」
 視線を感じたのかどちらかといえば低めの声がたずねる。
「いや、もてるはずだよなーって」
 顔はもちろん、成績上々、運動神経も良い、手足は長いし背も高い。おまけに良いやつ。これでもてなかったらおかしい。
「女の子にもててもねぇ」
 困ったような笑み。
 あぁ、まぁ、な。男のおれから見たらうらやましい限りだけど。安南、女だしな、一応。
 見た目美少年だけどな。
「大量のチョコもらってたもんな?」
 からかうように言う。
「男なのにひとつももらえていない三橋はカワイソウだね?」
 逆襲。一言で撃沈。
「あーなーんー」
 恨みがましく顔をあげると、くすくす笑った笑顔にぶつかる。くそぅ。
「ごめんって。ラストの問題、解いてあげたから、それでチャラにして」
 ちまちました字で小さな余白に半分以上なげてた問題の、式から解答まで全て書かれている。さすが。
「たすかる」
「じゃ、帰るね。これ、おまけ」
 かばんから出した小さな箱を机に置く。
 チョコ色のリボンのかかった……。
 立ち上がった安南を呼び止める。
「おい……忘れ物はっ」
 なに聞いてるんだ、おれはっ。そうじゃないだろ。
 安南は自分が載せた箱を指差すとセーラーのえりを翻す。
 颯爽と教室を出て行くうしろ姿はりりしくて。女子にもてるのも納得で。
 でも、去り際に見せたはにかんだ横顔が思いのほか、かわいくて、……かわいくて。
「……どーするよ」
 あつくなってきた顔を冷ますため、机につっぷして呟いてみた。

【終】




Feb. 2008