ノドが渇く。
時代が変わり。
体質が多少変化しても。
これだけは不変のようだ。
水による潤いは、ただ一時のまやかしにすぎない。
この、せっぱ詰まらないと行動しない性格はいい加減どうにかした方が良いかもしれない。
傾きかけた陽の下、和葵(わき)はガードレールに座りペットボトルの水を口にする。
根本的な解決にならない誤魔化し。
近くの高校・大学から下校していく少女たちを眺めて溜息をつく。
確かに、どの子もかわいいとは思うのだが。
「おれの好みじゃないって言うか、けばいっていうかぁ」
こっそり呟く。
実際、選り好みしてる場合でなく、渇きは深刻なのだが。
ぶっちゃければ、面倒なのだ。
声をかけて、うまいこと血をご馳走になるというのは。
無茶な行動をとれば警察沙汰になりかねない。
ものすごーく、好みの子でもいれば、もう少しやる気になるのだけれど。
……そんなこと言ってるから、渇きが深刻になるのはわかってる。
あ。
「また女子高生あさりしてる」
淡々と、静かな声。
「人目を引くビジンさんがいるなぁ。どーやってかどわかそう、と思ってたら雅(みやび)ちゃんかぁ」
人聞きの悪いことを口にする、顔見知りの女子高生に逆らう気力もなくそんな風に応える。
実際、本当にビジンさんなのだ。
陽に当たったことなんかないんじゃないかと言うほど白い肌、艶やかでまっすぐな黒髪。
どこか謎めいた雰囲気な瞳。
ばっちり好みなので、以前かどわかしたことがあるくらいだ。
「腐れ縁なのかな。普段、通らないとこでまで遭遇しなきゃならないなんて」
言ってる内容はともかくとして、苦々しい顔もまた良いなぁ、と思うあたり相当はまってるかもしれない。
また、情けにすがる、か?
普段だったらナンパの声に反応したりしない。
その時は、たまたま。
というか、それだけ人を惹きつける魔力があったのかもしれない、和葵に。
陽光の下がよく似合う、微妙な軽薄さを伴った青年が『吸血鬼』だと知った時、大げさだが愕然としたのだ。
吸血鬼といえば病的に怪しげな美青年。
日光の下なんてもってのほか、月夜に徘徊し、黒衣をまとっている。
そんなイメージだった。
和葵はといえば、美形といえなくはないが、茶髪で銀モノじゃらじゃらつけていて、吸血鬼とは正反対の雰囲気だった。
「で、その軽い口は良いから。水分補給は出来たの?」
別に生きるための行動だ。
血液を欲するのをみて嫌悪したりはしない。
「ははははは」
情けない人の良い笑顔。
それが全てを物語っている。
「別に和葵さんが脱水症状おこしても私には関係ないけどさぁ。道ばたに倒れてるのはやめてよね、寝覚め悪い」
不精者の和葵のことだ。あり得ないこともない。
「冷たいなぁ、雅ちゃんー」
「忠告してあげてるんでしょ? 面倒がって干涸らびても同情しないから、私」
会うたび涸渇寸前の吸血鬼に心底呆れて言い切った。
人が良いというか、何というか。
口は悪いが、結局こちらにつきあってくれる。
普通は吸血鬼だと知って、何度も近づいたりはしないと思うのだ。
しとやかな見た目に反して、随分肝が据わっている。
「じゃあ、さぁ。腐れ縁も縁のうちってことで」
ガードレールに座ったまま雅を手招きする。
「無料、はイヤだよ?」
ささやくような、諦め声。
対価を請求し、慈善じゃないと自分を良い子に見せないところもかわいいと思う。
近づいてくる顔。
そっと、触れる。
「雅ちゃん、やさしいーからスキさ」
薄暗く日が暮れかけ、人気もなくなった場所。
移動する気力もなく、その場で近づく白い首に牙を立てる。
舌に、ノドに、全身に染みわたる甘い液体。
わずかな、長い時間。
癒される、渇き。
雅の身体が、傾く。
「っ、わ。ごめん」
和葵はあわてて首筋から離れ、支える。
つい、調子にのりすぎてとりこみすぎた。
普通よりも甘い血液。
意識を失った雅の身体を壊さないようにそっと抱き上げる。
「魅力的で、困る」
独白して、苦笑いを浮かべる。
まもなく目を覚ますだろう雅を腕に、これからも続くだろう『腐れ縁』に思いをはせた。
和葵はまだ気づいていない。
もし、知ったら……?
まだ、内緒でいよう。
このキモチも。
一緒に。
そして腕の中で、目を覚ます。
Feb. 2001