ウソとホントと猫と犬。



「離婚しよう。好きな人ができた」
 何度も夢の中で告げられた。
 いつか、いつか言われるだろうと思っていたその言葉がとうとう現実のものとなった。
 これは約束だった。
「うん。わかった」
 とりあえず平静を装って返事ができたとは思う。
 ただ、ちゃんと笑えて言えたかは、少々あやしかった。 
 周史(ちかし)は困ったような顔をしていた。


 周史と初めて会ったのは、取引先との交流バーベキューだった。
 営業部でもない私は、直接かかわりもない為、心の底から行きたくなかったけれど、同期に泣きつかれ、頭数合わせで無理やり参加させられた。
 仕事、ということである程度にこやかな対応を取ることはできるけれど、基本的には人見知りなのだ。知らない人間が多いこういう場所は苦手だった。
 おまけに運転手を仰せつかったせいで、アルコールも飲めない。
 飲むのがすごく好きというわけでもないけれど、なんとなく間が持たない。
 見知った社内の人間は、交流に余念がなく、その間に割って入る気力もない。
 烏龍茶のペットボトルを持って、悪目立ちしないようにそっと人の輪から抜け出す。
 人気のない方へ向かい、ざわめきが遠くなってきたあたりで大きくため息をこぼした。
「くたびれるなぁ」
 職場の人間関係は悪くないけれど、わざわざ休日にまで顔を合わせたくない。
 会費は会社持ちなのがせめてもの慰みだ。どうせなら休日出勤手当も欲しいけど、無理だな。
 暑いほどではないけれど、日差しが少々つよいので林に入り一息ついた。
 お茶を飲んで木にもたれて目を閉じる。
 涼しい風が通る。
「川、があるのかな?」
 かすかな水音が聞こえた気がして、音を頼りに林の中を進んだ。
「うゎ、……びっくりした!」
 堆積した落ち葉で足をすべらせそうで、私は前を見ていなかった。
 声に驚いて、顔を上げた拍子に転びそうになり、慌てて近くの木の幹に手をついた。
 危うく転ぶところだった。
「ごめんなさい。おどろかせて」
 座っていたレジャーシートから立ち上がったのが周史だった。


「キオウ社の方ですか?」
「いえ。お誘いいただいたあきづきの加納です」
 こんな聞き方をしてくるということは、相手も主催の会社の人ではなさそうだ。
 交流会とは言ってもかなりゆるい集まりのようで、どこの会社の人が来ているかはさっぱりだ。
「僕は姉がキオウの人間で、運転手兼にぎやかしで連れてこられました宗田周史です……えぇと、どうしたんです? 一人で」
 なんとなく見覚えがあるんだよな、この人。どこかで会ってたかなぁ。
「散歩です。人がたくさんいるところ、苦手で。数合わせで連れてこられたので」
 会社外の人なら、言ってしまってもいいだろうと本音をこぼす。
「仲間ですね。良かったら、休憩していってください。お菓子もありますし」
 ほっとしたように目を細めた周史の穏やかな口調にうなずいて、レジャーシートの端っこにお邪魔した。
「お姉さんと、仲良いんですね」
 会話に困り口にした言葉に、周史は苦笑いを返した。
「姉は理不尽で、弟のことなど僕だと思っているんですよ。こちらの都合お構いなしです」
「あー、そういうものかもしれないですね」
「加納さんもお姉さんが?」
「姉と兄がいます。姉が兄によくあれこれ言いつけてました、そういえば。私だけちょっと年が離れているのもあって、割と甘やかされてましたけど」
 姉と兄がよく言い合いをしつつ、結局兄の方が折れていたのを思い出す。
 兄の方がずっと背も高いのに負けているのが小さな頃はちょっと不思議だった。なつかしい。
「わかります。こんなかわいい妹居たら絶対かわいがる。姉にやり込められるたび、母親に『妹が欲しい』ってねだったし、おれ。『お姉ちゃんみたいにいじめたりしないから』って」
 言葉が少し砕けたせいか、話している内容のせいか、たのしそうで少し子供っぽい口調。
「そんな、『ちゃんとお世話するから犬飼って!』のノリで妹頼まれたらお母さん困っちゃいますよ……あ」
「あ?」
 思い出した。っていうか、わかった。犬だ。
 祖母の家にいた犬。年寄りだったせいか、一緒に遊ぶとかはなかったけれど、私が遊んでいるのを少し離れた場所で見守るように見ていた毛足の長いもさもさした犬、に似てるんだ。この人。
 別に、髪がもさもさしてるわけでもないんだけど、なんだろ。雰囲気?
「なんでもないです。これ、もらってもいいですか?」
 唐突に黙った私を不思議そうに見る周史に、そばにあるチョコを一つ摘んで誤魔化した。


     ※

 かすかな声が聞こえた気がした。
 姉がまた何か言いつけるために呼んでいるのかと視線を向けた先に女の子がいて、思わず声を上げてしまう。
 言い訳をさせてもらえば、読んでいた本が悪かった。丁度暗がりから殺人鬼が、な状態だったせいだ。状況が被っていて驚きすぎた。
 まぁ実際は、そこにいたのは普通にかわいい女の子だったわけで、迷子かなとちょっと心配になっりつつ、転びそうな彼女に謝罪する。
 そしてよく見たら子供じゃなかった。どうしてそんな勘違いをしたんだか、ちゃんと大人だった。
 たぶん、姉の会社のバーベキューに来ている人だろう。
「キオウ社の方ですか?」
 少し首をかしげている彼女にたずねると、首を横に振る。ふわふわとした赤茶の髪が、その仕草に合わせて揺れる。
 おそらく取引先であろう会社名を口にした彼女になんとなく親近感を覚える。なんだろう.
 当たり障りのない会話をしながら、理由を考える。もう少しでわかりそうなんだけれど。
「良かったら、休憩していってください。お菓子もありますし」
 とりあえず、引き留めるために続けた自分の言葉でわかった。
 あれだ。実家の猫だ。距離の取り方とか、細っこい感じとか、ふわふわした毛とか、オヤツで呼び寄せると、そっと近づいてくるとことか。
 笑ってしまいそうになるのを隠しながら、端っこに座る彼女の方にお菓子の袋を置いた。
 

     ※

 周史は何というかそばにいてすごく気楽な人だった。
 おばあちゃんちの犬に似てるって思ったせいなのもあるかもしれないけれど、無言の時間も気まずくなくて落ち着く。
 周史もそう思ってくれたのかどうか、どちらからともなく連絡先を交換した。
 とは言っても、たまたまその場に居合わせて小一時間話をしただけの相手に、用もないのに連絡することもなく、周史からの連絡もないままだった。
 だから二度目に会ったのも偶然だった。
「あれ、加納さん?」
 残業でいつもより帰りが遅くなった日だった。
 電車から降りてほっと一息ついているところに周史から声をかけられた。
 最寄り駅が同じだったらしい。お互いの家が駅をはさんで反対側なので、生活圏があまり被らず、それまで会わなかったようだ。
 そのまま二人で駅前のファミレスに入り、ご飯を食べながらゆるくそんな話をした。



 それから駅付近で偶然会い、お茶や食事をしながら雑談することが数度。
 観たい映画が被っていて、はじめて予定を合わせて一緒に出掛けた。
「本筋ではないけど、あの結婚の話は地味に身につまされたなぁ」
 夕食を一緒にとりながら映画の話をひとしきり終えた後、ぽつりとこぼす。
 旧い考えの母親が、娘に結婚しないことを嘆き、詰る場面があった。
「加納さん、まだ若いのに」
 それほど若くはない。うるさく言われるほどの年齢ではないけれど。
「親には言われませんけどね、会社のほどほどの年齢の人には、やっぱり言われますよ」
 結婚こそが幸せ、みたいな口調で。そのわりには配偶者の愚痴をよく言ってるのを耳にするんだけど、それはなんなの?
 実は自虐風自慢だったの?
 とか、反論出来たら良いのだけれど、こちらもいい大人だ。円滑な仕事の遂行のためには、適当に受け流して済ますけれど。
「加納さんの年齢でもそうなら、おれが言われるのも当然か……おまけに、窓口に来たお客さんに『うちの娘どう?』なんて写真見せられたりする。割と声が真剣だから怖い」
 笑いごとじゃないけど、笑える。のをどうにかかみ殺す。
「なんか、わかる。周史さん、人当たり良いから。雰囲気からして優しいし」
 おばさん受けが良さそうだ。
「笑ってるし。まぁ、ありがたいことなんだけどねぇ」
 言いながら遠い目をしている。
「結婚、しないの?」
「以前、知人の紹介で知り合った相手と破談になってるから、ちょっと躊躇するよね」
 聞いた私が悪いけど、さらりと重いことを告白してきたな。
 ここでごめんなさいと謝るのもおかしいし、かえって気にさせるだろう。
 まぁこっちの事情を聴いたら、それはそれで気にしそうな気もするけれど。
「私も似たような感じ。二股男に、開き直られて、そのくらい許容しろみたいなこと言われてから、めんどくさくなったんだよね」
 普通にいい人だと思ってたから、自分の見る目のなさにがっかりしたというのもある。
「まぁ、別に一人でいるのも普通に気楽だから、特に問題ないんですよね。結婚を勧めてくるうっとうしい人さえいなければ、全然」
「それ、わかる。いっそ、偽装で結婚指輪でもつけようかと思ったことがある。はたから見たらかなり痛々しくかわいそうなヤツに見られるから、してないけど」
 

     ※

「偽装結婚、周史さんとなら良いかもなぁ」
 この子は、冗談にしても何を言い出すんだ。そうは見えないけれど、酔ってるのか?
「あ。ごめんなさい。周史さんに何のメリットもないよね。個人的な感想です。一緒に住んでもうまくやっていけそうだなぁっていう」
 フォローなのか、それは。
「あのね、加納さん。軽率にそういうこと言うもんじゃないよ? おれが同意しちゃったらどうするの」
 自分が可愛らしい女の子で、こっちは男だということをもう少ししっかり理解してほしい。
「ごめんなさい……でも、周史さんは私のこと女として見てないし」
 視線をそらして、拗ねたように言い訳をする。
 まぁ、その通りだけれど。今の姿もやっぱり猫みたいだなぁって思ってはいるから。
「それでも、実際どうかは分からないでしょ。ほんとに、気を付けて。加納さん、一見しっかりしてそうなのに、なんか危なっかしいんだよ」
「周史さん以外には言わないですよ」
 これで、欠片も恋愛感情が入ってないんだから、オソロシイ。普通に勘違いするぞ。
「歳の差を感じる」
「この歳になれば五つくらい大した差じゃないと思いますけど」
 二十代と三十半ばって言うのは、割と大きいと思うけれど、とりあえず苦笑いで受け流した。

     ※

 酔っていたつもりはなかったけれど、アルコールのせいで多少口は軽くなっていたかと思う。
 周史は呆れながらも話に付き合ってくれたから、尚更。
「程よい距離でルームシェアができそうだなって」
「なら結婚持ち出さなくても良くないか?」
「結婚という既成事実が欲しい。ルームシェアがしたいわけじゃないし」
 完全無欠な言い訳になるやつ。同棲じゃちょっと弱い。
「……ねぇ、加納さん。何か問題を抱えてる?」
 うかがうようにこちらを見る目にははっきりと心配の色が含まれていて、それがやっぱりおばあちゃんちの犬に似ていて、すごく安心する。
「問題って程のことじゃ、ないですよ。ただ、ちょっと疲れることが続いて」
「おれでよければ、話を聞くよ?」
 こういう適度な距離を取ってくれる人たちばかりなら楽なのだけれど。
「さっき話した二股男がよりを戻そうって言ってきてるのと、それに困ってるのを知った上司がなら結婚しろ、お見合いをしろと釣書まで持ってき始めて」
 上司の言う結婚は確かに一つの手段だとは思うから安易に偽装結婚を口にした。
 もちろん半分冗談だったけど。


 「送るよ」の言葉に甘えて駅からの道を並んで歩いた。
「あそこだから、ここまで……」
 信号を渡らないといけないから、微妙に手間だろうとアパートが見えたところで立ち止まる。
「どうしたの?」
 不自然に言葉を止めた私に周史の心配そうな声。
 うまく言葉が出ず、アパートとは逆の路地に入り気持ちを落ち着ける。
 ほどほどに気持ちよく回っていたアルコールが、すっと覚めきった。
 アパートから出てきた人影。多分、間違いなく。
「……さっき、話した二股元カレが、いました」
 最近、メールとか来るようにはなっていたけど、まさか家まで来るとは思わなかった。もう別れて二年は経つのに。どうして。
「鉢合わせなくてよかった。とりあえず、帰ったんだね?」
「たぶん。アパートから出て行ったから」
 でも駅方面じゃなかったから、車で来てたのかも。どうしよう。また、来たら。
「とりあえず、今日はうちに来る? 狭いけど空いてる部屋あるし、姉がたまに泊まりに来るから布団もあるから」
 見上げると心配そうな顔をした周史の優しい目があって、小さくうなずく。
「ごめんなさい。ありがとう」


「じゃあ、おれは駅前のネカフェに行ってるから。ゆっくり休んで。何か困ったことがあったら電話して?」
 周史は家の中を一通り案内したあと、当たり前のようにそんなことを口にした。
「え? なんで」
「え? 恋人でもない男と一緒の家とかないでしょ」
 なら、私がネカフェにいれば良いだけの話だし。部屋にもちゃんとカギが付いてるし、問題ない。
 っていうか、知り合って間もない人間、家に招いて一人にするって危機感なさすぎじゃない? 盗んで逃げたりしたらどうするつもりなんだ。
 大丈夫だからと、何とか引き留めに成功する。
「もう少し危機感持った方が良いよ、加納さん」
 呆れたようにまた窘められる。こっちのセリフだよ。


 翌朝、自分のアパートに戻った時は元カレはいなかった。
 ただ郵便受けに『また来る』とメモが入っていた。
 メールや電話じゃなくて、わざわざメモを残していくのが気持ち悪い。
「早いとこ、引っ越した方が良さそうだね」
 一緒についてきてくれた周史はメモを見て眉をひそめた。
「引っ越し先決まるまで不安なら、うちに住んでも良いから」


     ※

 おそらく本人も気づいていないだろうけれど、小さく震えていた。
 出過ぎた申し出だとは思ったけれど、放っておけなかった。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
 顔を上げて笑ってみせる。
「おれに迷惑、とかなら考えなくて」
「絵麻、誰そいつ」
 作り笑顔がこわばったと思ったら、背後から高圧的な男の声。
 振り返れば神経質そうな眼鏡の男がこちらをにらみつけていた。
 強く握りしめている震える手にそっと触れる。
「絵麻のお友達ですか? 初めまして絵麻の婚約者の宗田と申します」
 できるだけ穏やかな口調で、それでもしっかり相手と視線を合わせ牽制する。
 男は盛大な舌打ちをすると何も言わずにそのまま踵を返した。
 その姿が見えなくなって大きく息を吐きだす。
「よかった。逆上するタイプじゃなくて」
 怒りが自分に向くならまだしも、絵麻の方に向いたら目も当てられない。
「……」
「ごめんね、加納さん。嘘でまかせの上に名前呼び捨てしちゃって」
 唇をかみしめて首を横に振る絵麻の頭をそっとなでる。
「ごめんね。怖がらせちゃったね」
 っていうか、何なでてるんだ。いくら実家の猫に似てても成人女性だ、相手は。
「ごめんっ」
 慌てて手をのけると、絵麻は小さく笑う。苦笑いめいていたけれど。
「周史さん、私のこと小学生くらいに思ってるときあるでしょ」
「……そうかも?」
 猫だと思ってるというよりはましかと曖昧な答えを返す。
「甘えても良いですか?」
「ん?」
「しばらく。引っ越し先決まるまでご厄介にならせてください」


     ※

 その後、同居させてもらいつつ新居を見つけて引っ越ししたのは良いものの、元カレがまた付近をうろつくようになって、見兼ねた周史に再同居させてもらった。
 他にも周史の仕事が急に忙しくなって、家事どころじゃなかったとか、お互いがめんどくさい見合いを持ち込まれたりとか、諸々あって、もういっそ本当に偽装結婚しようかとなった。
 周史には恋愛感情はないままだったけれど、距離の取り方とかがよく似ていてお互い同居にストレスが少ないというのが大きかった。
 結婚するにあたって、いくつかの決め事をした。
 家計のこと、家事のこと。
 どちらかに好きな人ができた時には、速やかに申告、離婚すること。


 それから一年。
 偽装結婚生活は双方の実家との付き合いが多少面倒なこともあったけれど、大きな問題もなく、順調に穏やかに続いた。
 朝起きて、挨拶をして、一緒にご飯を食べて、「おやすみ」を言ってそれぞれの部屋で眠る。
 距離はだんだん近くはなったけれど、それは家族の距離で夫婦ではなかった。
 それで良かった。
 それが良かった、はずなのに。
 きっかけは特になかったと思う。いつの間にか、好きになっていた。
 偽装じゃなかったら良かったのにと何度も思った。
 でも、そんなことを言えるはずもない。周史は相変わらず、程よい距離で優しかったけれど、言えば簡単にこの関係は終わってしまうだろう。
 そういうところ、すごく真面目にきちんとした人だ。
 だから気持ちはそっと隠したまま、周史に好きな人ができないことを、ただ祈った。
 身勝手な祈りは通じず、その時は思いのほか早くやってきてしまった。


     ※

「離婚しよう。好きな人ができた」
 迷いに迷って、口にした。
 二人での生活に不満はなかった。居心地が良すぎるくらいに。
 ただ、子猫みたいに、妹みたいに、家族のようだと思っていたのに、いつの間にかその仕草や、気遣いや、笑顔がかわいくて、いとおしくて、特別になってしまった。
 そんな自分に気が付いたら、もう一緒にはいられなかった。いつか、理性のタガが外れてしまったらと思うと怖かった。
 傷つけるくらいなら離れた方がましだった。
「わかった」
 至極あっさりした了解の言葉に落胆する。拒否の返答を望んでいた自分の姑息さにも。
「周史くん、いままで、ありがとう。で、ごめんね」
 笑っているけれど泣いているような、変な笑顔だった。
「謝らなきゃいけないのはおれの方でしょ。絵麻」
 どうしたのか伸ばしかけた手を止める。
 けじめをつけないと。もう、別れるのだから。
「わたし、嘘ついてた。黙ってた。ずっと一緒にいたくて、周史くんのこと、好きなこと。こんな時に、困らせるだけだって、わかってるけど。ごめん。わがまま」
 そのまま踵を返し自室に戻ろうとする絵麻の手を摑まえる。
「待って。絵麻。おれの好きな人は、絵麻なんだ」
 驚いたように振り返った絵麻の目元が濡れていた。
「うそだ」
 自分の方が言いたい。都合のいい夢を見ているのではないかと。
「絵麻。これからも、ずっと一緒にいてください」
 小さくうなずいた絵麻の頬に涙が滑り落ちた。


【終】




Oct. 2020