「離れ難いね」って、誰が言い出したんだったか。
公立高校の合格発表後、学校に報告に来て、そのまま何となくいつもの四人で教室に居残った。
一年の時に同じクラスになって、よく一緒にいるようになった。
くだらなくて、バカバカしくて、楽しい三年間だった。
でも、それもこれで終わり。
高校は見事にみんなバラバラで、だからといって遠く離れるわけではないけれど、毎日会えていたような今までと同じようにはいかない。
「みんな無事合格したのは良かったけどね」
でも寂しい。そんなこと口にはしないけど。
「高校入っても会えば良いだろ」
「簡単に言うなぁ」
しごくあっさりと言う健人に思わず反発する。
「別にカンタンだろ。そりゃ、毎日とか毎週とかは無理だけど、近くに住んでるんだし、月一くらいなら、なぁ?」
「そだねー。どうせみんなバリバリ部活やるわけじゃないんだろうし?」
四人とも部活にのめりこまず、適当にやり過ごすタイプだった。高校に入ったからと言ってそれが変わるとも思えない。
「そうだよね。と、なると日曜日はよっぽど空くでしょ。基本、第二日曜日ってことでどう」
真と亜矢が畳みかけるように続けて、そして決まった。
誰か一人が抜けることはあったり、テストの関係で日にちが変わることはあったけれど、それは毎月欠かさず続いた。
高校にもそれぞれ仲の良い友達もできているのに、特に何をするわけではないのに、集まるだけで楽しかった。
「じゃ、また来月ー」
「ちょっと待って」
亜矢は校内模試で欠席。真は用事があるからと一時間ほど前に先に帰ったせいで、今は珍しく健人と二人だった。すごく、幸運。
「んあ?」
行ってしまう健人のダウンを引っ張り、引き留める。
「あのね。えーと」
心の準備はしてきたはずなのに、いざ直面するとうまく言葉が出てこない。
「どうしたー。寒いぞー、風邪ひくぞー」
言いよどむ、こちらの気持ちを斟酌する気もない。なんでこんなの相手にドキドキしてるんだか。
「これ。あげる」
かわいくラッピングされた小さな箱を押し付ける。
「ばいばい。『来月』ね」
逃げ出すようにその場を後にする。
肝心なことは言えなかったけれど、想定内だ。チョコと一緒にカードは入れてある。
だから大丈夫。たぶん。
走り去った有香の背中と手に残された包みを見比べる。
「まじか」
今日が何日かを考えれば、この中身は簡単に察せられる。
間違いなくチョコレートだ。
有香のことだ、『期待したか? 残念ながら義理だ!』とかいうカードが入っている可能性もゼロではない。ないが、それならあんな態度とるか?
今まで普通に友達として付き合ってきて、女子だって意識したことさえほとんどなかったのに。コートの裾を引っ張って呼びとめるとか、可愛すぎた。
近くの公園のベンチに座り、それでもまだ揶揄かいメッセージが入っていることも覚悟しつつラッピングを丁寧にはがす。
むき出しになった白い箱の上に、淡い水色のメッセージカード。
読みやすいけれど、女子っぽい丸っこい文字が小さく並ぶ。
『健人のことが、好きです 有香』
なんというか、これはヤバい。
有香は良い友達で、四人でいる時は大抵、健人と有香が言い合いして、真と亜矢が呆れて、なだめて、バカやって、それで楽しくて、それ以上に思ってなかったはずなのに。
顔が熱い。
「どーするよ」
ぼやくように声に出した口元が、緩んでいる自覚は、あった。
「逃げたな」
ぼそっとつぶやくと亜矢には聞こえていたようで苦笑いされる。
「どうした?」
「なんでもないよー。しっかし、健人でも風邪ひくんだねー」
恒例の月一の集まり。
それも、先月の今月だ。つまり今日はホワイトデーだ。
あんなことの後で、その後、何一つ連絡も取らず、今日の日を迎えて、だ。
ものすごく緊張しつつ、平静を装いつつ、来たというのに、だ。
『風邪ひいた。今日はいけない』だと? それも真にしかメールしないって。
「バカ健人」
「バカは風邪ひかないっていうのになー。テスト勉強しすぎで知恵熱かねぇ」
真の、のんびりと辛辣な言葉に亜矢が意味ありげな笑みを浮かべる。
「勉強じゃないことで考えすぎて知恵熱かもね、ねぇ、有香」
「亜矢!」
まだどうなるかわからないのに、何言いだすんだ。
「なに、有香。なんか知ってるの? 亜矢にだけ話すのはズルくない?」
穏やかな笑顔のまま、真はずいと顔を近づける。絶対面白がってる。たぶん察してるな。
真は妙に勘が良いから。
当人は全く気付いてくれなかったのに、ホント、ままならない。
「怒ってるんだろーなー」
ベッドの中、零した声はいつもとは違うガサガサなもので、そのうえ喉につかえて咳き込む始末。
寝込むような風邪なんて何年もひいてなかったのに、よりによってこのタイミングで熱を出すなんて、我ながら間が悪い。
真には今日は不参加だとメールしたけれど、有香にはできなかった。なんて打てば良いかわからなかった。
先月のことに触れないのも不自然だし、だからと言ってメールでうまく伝えられる自信もなく、の結果なのだけれど。
今となってみれば、やっぱり何か一言でもメールしておけば良かったかもしれない。
でも、なんて?
今日はいけないなんて今更入れても「真から聞いた!」で終了。先月の返事を入れるにしても、三人が一緒にいる状態では内容が筒抜けになる可能性が高い。有香が隠そうとしてくれても、ほかの二人は見逃してくれるほど簡単じゃない。
「寝よ」
現状出来ることはない。ということにして、布団を頭まで被り目を閉じた。
合間合間に亜矢と真から面白がられ、からかわれたせいで、精神的に疲れた。
一人になるとようやく大きなため息が零れ落ちた。
「どうしよう、かな」
手の中には、破ったメモ帳。
「行くも行かぬも有香の自由」
そう言いながら、おそらく親切心は六割くらいで真が書いてくれた健人の家の地図。
迷っているふりをして、多分もう気持ちは決まっていた。
このままだと、最悪来月まで放置で、健人の気持ちによっては、アレはなかったことにもなりかねない。
寝込んでいるなら、行っても会えないかもしれない。
でも。
もう一度、地図に目を落とす。
目印として描かれてるスーパーは行ったことがあるから迷わず行けるだろう。
大きく深呼吸して、顔を上げた。
窓から終わりかけの夕陽が差し込み、目をこする。随分と寝ていたようだ。
熱が抜けた感じで頭がふわりと軽い。
「水分」
声はまだガサガサだが、体はだいぶ楽になった気がする。
ベッドから降りて、机にあった水を飲み干す。
うす暗くなった部屋に電気をつけ、カーテンを閉めかけ、
「あ」
焦って窓を開けると、そのばたばたした気配が伝わったのか、帰りかけた背中が振り返る。
「有香!」
「ひっどい声だね」
家の方に近づいてきた有香が困ったような笑みを浮かべてた。
「ちょっと待ってて」
引出しにしまいこんだものを慌てて引っ張り出して、窓際に取って返す。
「風邪、うつすと悪いから、ここからでゴメン」
小さな箱を、そっと放り投げる。
落としそうになりながらも何とか受け取った有香に伝える。
「チョコ、ありがとう。全部、うれしかった。これから、よろしく」
手の中には、小さな白い箱に真っ赤なリボン。
降ってきた健人の言葉に、笑顔しか返せなかった。
Feb. 2016