「トーキーヤっ」
突然の大きな声。
トキヤはゲームのコントローラーを放りなげ部屋を出る。
階段を駆け下り、焦ってうまく外れないドアチェーンを何とか外し、カギをあける。
「おー、早いなぁ」
大声の主は、のんびり言う。
「カスガ、早くしないと大声で叫び続けるじゃん。……剣道の帰り? どしたの?」
剣道着姿のまま、突然の夜の訪問にトキヤは尋ねる。
「月見しよう、月見。今日、ちゅーしゅーの名月だって。センセイに聞いた」
カスガは空を指差す。
ぽっかり、まぁるい満月。
「すご、おっきい。で、月見って何するの?」
月見、とは良く聞くけれど実際どうするものなのだろう。
月を見るだけ、なのか?
「やっぱ、月見って言ったらススキにお団子でしょー。ススキ取りに行って、コンビニでお団子買お。で、泊まっていって良い?」
「良いけど」
明日は土曜日だし、おかあさんは今日は夜勤、お父さんは出張中でいない。
「電話、借りるなっ」
返事を待たずにカスガは玄関の電話を使う。
「あ、もしもし。おかーさん? あのさ、今日トキヤのトコに泊まるからっ」
カスガ、けんどー着のままでしょっ、どーするのっ。
受話器の向こうから怒鳴り声。
カスガはトキヤを振り返り、小さく舌を出す。
「トキヤに借りるって。じゃねっ」
お小言をこれ以上聞かないためにカスガはさっさと電話を切る。
「カンペキ、いこっか」
「窓、閉めてくるから待ってて」
「月見だんご、ないなぁ」
コンビニには丸くて白い、テレビで見るようなお団子は置いていないようだ。
「ねぇ。しょおがないから、みたらしだんごにする? それか、まんじゅう?」
トキヤは片手にみたらし、片手にまんじゅうを持ってながめる。
「両方にしよっ、おれ、おなか空いてるし」
他にもいくつかお菓子やジュースの入ったかごに、カスガはまんじゅうとみたらしだんごを追加してレジに持っていく。
お金を払い、コンビニを出る。
「残念だったなー。月見だんごってどんな味がするのか食べてみたかったのになぁ。トキヤ、食べたことある?」
袋をぶんぶん振りながら尋ねる。
「ない。アレって、味あるの? みたらしだんごの醤油かかってない状態みたいに味ないんじゃない?」
隣を歩きながらトキヤは続ける。
「ところで、ススキはどこに取りに行くつもり? おれは学校裏の空き地だと思いこんでたんだけど?」
このまま行くと逆方向、トキヤの家に向かってしまう。
「うわ。しまった。目的達成したキブンだった。思いっきり」
「ダメじゃん」
顔を合わせて二人はけらけら笑った。
「たいりょー」
取り放題にススキだらけの空き地。
外灯はないが月明かりで充分よく見える。
コンビニの袋を足下に置いてカスガはススキを折る。
が、折れ曲がっただけで切り取れない。
折れた部分をぐりぐりねじる。
「この、強情ものっ」
「何だよ、強情者って。ほら」
トキヤはかばんからハサミを取り出し、一つを渡す。
「さすが、準備いい。いつの間に」
「窓閉めに行ったとき、ついでに。ススキあんまり取りすぎるなよ。持って帰るの大変だから」
軽快にハサミの音を響かせるカスガにトキヤは言う。
「りょーかいっ」
その声を聞きながらトキヤも二、三本のススキを切る。
かさかさ。
「?」
カスガがいるところとは別の所で何かが動いた気がしてトキヤは立ち止まる。
がさがさ。
かさかさ。
「カスガ、ちょっと動くなっ」
「……うぇ?」
中途半端な格好のまま律儀にカスガは止まる。
かさかさ。かささ。
風で揺れているとは違うススキの動き。
「カスガ、あそこっ」
揺れの中心を指差す。
停止解除されたカスガは飛びかかるようにその茂みにつっこんだ。
――
「トキヤぁ」
潜んでいたモノをつかまえたらしいカスガは何だか情けない声を出す。
「何がいたの?」
それを見に近づく。
「うさぎ?」
「学校から逃げたのか、な……」
小学校にあるうさぎ小屋に、こんな黒ウサギはいなかった気がするけど。
それに。
「ちがうんじゃない? 多分、学校にいるうさぎはこんな風に泣いたりしないと思うよ」
カスガが抱き上げている黒うさぎは、涙をぽろぽろ流しながら、えぐえぐと泣いている。
「……だよな」
がっくりとカスガは肩を落とす。
「どうする?」
「このままそっと置き去りがベストじゃない? で、トキヤの家でナニゴトもなかったように月見」
返事を待たずに黒うさぎをススキの中に戻す。
うなずいてそろそろとその場から立ち去る。
「……待ってくださいよぅぅ」
下の方からしゃくり上げながらの声。
泣くだけじゃなくて、しゃべるし。
トキヤとカスガは顔を見合わせる。
どうする?
同時に溜息をつく。
しょうがない。
「なんだよ。待ってやるから」
「話聞くだけな。……トキヤ、ここで月見しちゃお。もうおれ、おなか空いた。
コンビニ袋をとってきてススキの中座り込むとカスガはみたらしだんごのパックを開ける。
トキヤもススキをたおして座りジュースを飲む。
「ボクもご相伴に預かってもいいですかぁ?」
泣きやんだ黒うさぎはぴょこんと耳を動かして尋ねる。
好きにしてくれ。
カスガはみたらしのパックを黒うさぎの方によせてやる。
黒うさぎは器用に串をつかみ美味しそうに食べはじめた。
「実はボク、月から落ちてしまったんです」
みたらしだんごを食べきり、一息ついて黒うさぎは話し出す。
「あ、わかった。悪いコトしておとされたんだろ。そんな話しあったよなぁ?」
カスガはトキヤに同意を求める。
「んー。かぐや姫だっけ?」
「ちがいますよぅ。かぐや姫と一緒にしないでくださぁい。ボクの場合は単純に足を踏み外して落ちただけなんですから」
黒うさぎはキッパリ堂々と言いきる。
「とろい……」
「それはそれで、どうかと思うけど……」
カスガとトキヤは顔を見合わせる。
黒うさぎは耳をたれて下をむく。
「どうせ、ボクは鈍くさいですよぅ。どうやって戻ったらいいか、わからないんですからねぇ……」
ぶちぶち小声で。
「へこむなよっ。ほら、これでも食えっ」
カスガはお菓子を渡してやる。
「で、さぁ。帰る方法がわからないってどうするの?」
チョコレートをつまみトキヤは尋ねる。
トキヤを見上げた黒うさぎの目に涙がたまっている。
「どうしたらいいでしょう。ボクはここで野良うさぎをするしかないんでしょうか」
泣きながらもクッキーをほおばる。
「野良にならなくても学校のうさぎと共同生活はできると思うぞっ。おれ、先生に言ってやるしっ」
カスガが必死でフォローするが、黒うさぎはぼろぼろと泣き出す。
「イヤですぅー。そんな生活ー。帰りたいぃ」
「住めば都って言うよ?」
トキヤは黒うさぎをのぞき込んで諭すように言う、が余計に泣き出す。
「トキヤー。ワザとやってるだろ?」
「だって、月にかえす方法なんてあるか? だったらさぁ、あきらめがカンジンじゃない?」
ヒザの上で頬杖ついてトキヤは呟く。
「あ。スペースシャトルにまぎれ込むとか」
「月に行くのがあればいいけどねぇ」
それ以前に乗せてもらえるかが問題だ。
「やっぱり、野良うさぎになるしかないんだぁ」
「よし。立派な野良うさぎになれっ。たまには差し入れを持ってきてやる」
カスガは立ち上がってキッパリ言う。
飽きてきたらしい。
「そんなぁ」
黒うさぎの目から一粒涙がこぼれ落ちた。
「どうしよっか」
ススキに突っ伏してしくしく泣きだした黒うさぎを放っておく訳にもいかずトキヤは溜息まじりに尋ねる。
「ってもなー。とりあえず、連れて帰る? くらいしか思いつかないけど」
「ナイショで飼ってるのばれたら怒られるだろうねぇ」
それ以前にこの調子で毎日泣かれでもしたらさすがにうっとうしい。
「こっちから帰るのがムリだったらさ、迎えに来てもらうとかできないワケ?」
「それができるんだったら、こんなに泣いてないんじゃない?」
トキヤは食べ散らかしたゴミを片付けながら言う。
黒うさぎの耳が小さくぴくりと動く。
「それもそっか」
風でとばされたゴミを追いかけながらカスガは同意する。
ゴン。
唐突に鈍い音。
「いったー」
カスガは頭を抱えてうずくまる。
ぶつかるようなモノは何もないはずなのに。
「はしご?」
ごしごしとトキヤは目をこする。
カスガのすぐ側にどこにかかっているかわからないほどに長いはしご。
ぴょんっ、と黒うさぎは元気に起き上がる。
「やっと、お迎えが来たですぅ。じゃ、ボクは帰ります。つきあってくれてありがとうでしたぁ」
呆然とする二人をそのままに黒うさぎは軽快にはしごを登っていく。
そして見えなくなった。
「なに?」
黒うさぎが見えなくなるとはしごもいつのまにか姿を消してしまった。
「たぶんヒマつぶしに使われたってことだと思うけど」
トキヤは苦く言う。
泣いていたりへこんでいたりしたのが演技だったのかどうかはわからないけれど。
「……帰ろっか」
大きく息を吐き出してカスガは歩き出す。
「月見、どころじゃなかったねぇ」
ふり返って、空を見上げる。
まんまる大きな月の中、黒いうさぎの影が横切った気がした。
Oct. 2004
関連→連作【トキヤ・カスガ】