this side of



「志緒はさぁ、どういう人がタイプなの」
「……なに、突然」
 五限目の数学の小テスト、ダルイねって話からどうしてそんなとこまで飛んだんだ。
「志緒、好きな人の話とかしないしさぁ。ふと気になって」
「だって好きな人いないし。そんな前振りしなくても、優月の好きな人の話くらい聞くって」
 優月はバイト先の大学生に絶賛片思い中で、聞いてるだけで甘ったるい話を何度も聞かされている。
 多少辟易していたから、そのせいで言い出したのかと思ったのだけれど。
「いっつも、私の話ばっかりだからさ。塾とかさ、いないの? かっこいいなぁとか」
 空になったお弁当箱を片付けながら、目をキラキラさせてこちらを見る。
「ないなぁ。塾でわざわざ話したりすることもないし」
 よその塾がどうかわからないけれど、特に交流とかはない。
「じゃあ、タイプは? カッコいい系? かわいい系? 年上年下同じ年?」
 歌うように優月は羅列する。
 めんどくさいなぁ。でも、答えないと休み時間の度に同じ話題が続きそうだ。
「とりあえず、年上かな。しっかりした人が良いな」
「わかるー。大学生とか良いよね。大人っぽくて」
 優月はそのまま片思いの大学生のアレコレをにこにこと話す。
 話がそれたことにほっとして、気付かれないようにため息をつく。
 大学生が大人っぽいかは微妙だと実は思けれど口にはしないでおいた。


「とりあえず付き合うとか難しく考えないでさ、二人で出かけようよ」
 昼休みに優月とあんな話をしていたのが前振りだったかのように、塾で同じ講義を受けている男子から声をかけられた。
「ごめん。間に合ってる」
 顔は覚えがあるけれど、名前は知らない。挨拶程度はしたことあるかもしれないけれど、会話するのはこれが初めてだと思う。なのに妙に馴れ馴れしい。
「えぇ? なんで? もしかしてカレシがいる?」
 会話を切り上げたつもりだったけれど、駅に向かう道をついてくる。
「私、あなたのこと知らないし」
「志緒ちゃん、冷たいなぁ。でも、そういうところも良いよね」
 こちらの顔を覗き込むようにしてにこにこ笑う。
 好意の欠片もない相手にこんなことされても気持ち悪いだけなんだけど。
 何を言ってもムダそうなので、無視して足を速める。電車の方向が一緒じゃないことを祈るしかないな。
「ねぇ、無視しないでさぁ。明日ヒマ?」
 手首を掴まれて、さすがに足を止める。
 拒否られていることに気付かないほど鈍いのか、それとも強メンタルなのか。迷惑すぎる。
「いい加減に、」
「何してるの? 志緒ちゃん」
 気が抜けるような、優しい声。振り返ると困ったような顔をした男性がこちらを見ていた。


  ■

 見覚えのある女子高生が男子と仲良く並んで駅までの道を足早に進む。
 いいねぇ。青春だねぇとほほえましく眺めながら、追い付かないようゆっくりと数歩後ろを歩く。
 顔見知り程度のおっさんにカレシといるところを見られたことがわかれば気まずいだろう。うまく回避して駅に入れるだろうかとぼんやりとしていたところ、急に二人が足を止める。
 別れを惜しむ感じだろう。
 なるべく歩調を変えず、多少の距離をとって、さりげなく通り過ぎようとしたところに苛立ったような女子高生の声。
 あ、これカレシじゃないのかな。もしかして。
「何してるの? 志緒ちゃん」
 警戒させないように、ゆっくりと声をかけるとこちらを見た志緒はほっとした顔をした。
「なんだよ、おっさん」
 邪魔するなって感じだよね、わかるわかる。
 でも嫌がってる女の子にしつこくするのは逆効果だぞ、少年。割とイケメン君だから自分に自信があるのかもしれないけれどねぇ。
「おっさんは志緒ちゃんの従兄です」
 以前、同僚を撃退する際に志緒が持ち出した嘘の続柄を使わせてもらう。
 勘違いと逆恨みで志緒に変な噂が立ったら困る。身内にしておけば、問題ないだろう。
「ただ話してただけだっていうのに、口出ししてくるなよな。……じゃ、また塾で」
 舌打ちをして、少年はとりあえず引き下がる。
「……助かったぁ。ありがと、菅さん」
 深々と息を吐き出して、そしてこちらを見上げてちいさく笑う。
「邪魔したんじゃなければ良かったよ」
「急に馴れ馴れしくて、人の話聞かな……っくしゅん」
 眉を寄せ、急に黙り込んだかと思ったら志緒はくしゃみを連発させる。
「まだ、夜は寒いよね。良かったら使って」
 制服にカーディガンだけの格好では寒いだろう。腕にかけていたコートを渡す。
「え、でも菅さんが寒いし」
「おれはちょっと暑いくらいなんだよねぇ」
 ひんやりとした風が心地いいくらいだ。
「暑いって……ちょっと菅さん」
 志緒の手が伸びて、額に触れる。冷たい。
「これ、熱があるよ」
 困ったような怒ったような顔の志緒がじっとこちらを見上げていた。


「菅さん、うちはどこ?」
「ん? 葉塚台駅から少し行ったとこだけど?」
 熱があるとか言われると、急に体がだるいような気がしてくる。まぁ、でも微熱だろう。
「一人暮らし? 看病に来てくれるカノジョさんは?」
 いないよ、そんなものは。悲しくなるから言わないでくれよ。
 なんて泣き言はこぼすわけにもいかず、平静にいないことを伝える。
「さすがに私が行くわけにもいかないし、うちのが葉塚台よりは近いし。うん。行こ、菅さん」
 えぇと妙にテキパキ自己完結してるけど、何がどうなった?
「志緒ちゃん、行こってどこに」
「うち」
 志緒はきょとんとした顔であっさり答える。
「なんで」
「うちなら、誰かいるし。おかーさん、看護師だし、私も看病できるから」
 いやいや。年頃の娘さんが三十路のおっさん連れて帰ったら親御さんがびっくりするって。
「看病してもらうほどひどくないって。一晩寝てれば治る」
「でも、悪化するかもだし、その時一人だと困るでしょ」
 口が悪い割に気遣い屋だとは思っていたけれど、こういう風に踏み込んでくるタイプだとは思わなかった。意外だ。
「ほんとに、大丈夫。志緒ちゃんのおうちにお邪魔してなんて、逆に気を使うよ」
 ここまで言えば引き下がるだろう。実際本音だ。顔見知り程度の女子高生の家に上がりこんでご両親にどんな顔をすれば良いんだ。
「そう、だよね」
 それでも志緒は納得しきれないようにこちらを見つめてくる。
「気持ちはうれしいよ、ありがとうね」
「……菅さん、連絡先教えて。ラインでもメールでも良いから」
「それは構わないけど」
 スマホを取り出しIDを教えると、直ぐにどことなく志緒に似た黒猫のアイコンが表示される。
「家に帰ったら、連絡して。着いただけでもいいから。そしたら、ちょっと安心だし」
 ひとまわりも下の女の子に、親にしてもらうみたいな心配をしてもらい苦笑いがこぼれる。
「了解」
「悪化したら連絡して、いっちゃん派遣する」
 そんなことにはならないと思うけれど、ここで固辞しても仕方ないし、それより先ほどくしゃみをしていた志緒が風邪をひいたら元も子もない。
「そうさせてもらう。ありがとう」


  ◇

 ぴろん。
 短い電子音にあわててスマホの画面に目を落とす。
『無事帰り着いたよ』
 短い言葉に追撃でドヤ顔している熊のイラストのスタンプが届いてほっとする。
 おせっかいというか、やりすぎた。
 家に帰って我に返った。はずかしい。
 菅は大人で、やさしいから、実際はどうであれ気にしてないって言ってくれるだろうから、それには触れないでおく。
『良かったです。お大事にしてください。』
 おやすみなさいのスタンプを付けて送った。



 次の塾の帰り、なんとなく、会えるかなと思っていつもより少しだけコンビニに長居をした。
 あのあと『熱は下がったよ』と連絡は来て返事はしたけれど、それ以降、連絡はない。こちらからあまり連絡入れるのも迷惑かとも思って、そのままだった。本当に治ったか心配なの半分、あの時のおせっかいで気を悪くしていないか様子を見たいのが半分で時間をつぶす。
 が、あまり遅くなると親に心配かけるし、今日は諦めて帰ろうと、チョコレート一つ買って外に出る。
「あ」
「やっぱり志緒ちゃんだ。こんばんは」
 道に出たところに菅が来て、相変わらずの力の抜ける柔らかな笑顔を向ける。
「こんばんは……」
「この間は、心配してくれてありがとうね。早く気が付いてくれたおかげで、さっさと寝てひどくならずに治ったよ。志緒ちゃんは風邪ひかなかった?」
 何を、何から言おうかと迷うあいだに、菅はほっとすることを口にしてくれる。
 素なのか、気にさせないように言ってくれてるのかわからないけれど。
 どことなく抜けているし、天然だし、実のところ大丈夫なのかな、この人とか思ってたのだけれど、やっぱりきちんとおとなの人だ。
「志緒ちゃんは弟か妹かいるの?」
「? いないけど。なんで」
 唐突な話題にちょっとびっくりする。
「いや、なんかしっかりしてて面倒見が良いからお姉さんなのかなって思ったんだけど」
 あれは、過ぎた口出しだっただけだ。
「弟とか妹、いないの、私に気を使ってかもしれないなぁ」
 口にするつもりはなかったのに、なんか零れた。しまった。
 怪訝そうな視線を感じる。


  ■

 聞き流してあげるべきか、それとも聞いてあげるべきか。
 隣を歩く志緒は困ったような顔。
 いつも、きっぱりきちんとはっきりしていて、しっかりした子だなぁと感心していたけれど、それだけではないのは当たり前だ。
「聞いてもいい?」
 弱音にも聞こえた声を無視もできずに、踏み込みすぎないように尋ねる。
「やさしいなぁ、菅さん」
 うっすら笑う。
 かわす気だと思った。
 志緒自身が声にしたことに驚いている風だったから仕方がない。これ以上は突っ込まずにいるべきだろう。顔見知り程度の間柄だから。
 だからこそ、吐き出してしまえば良いとも思うのだけれど。
「前にね、おとーさんは後父だって言ったでしょ」
 だから話し始めたことに驚いて、でもその言葉に納得した。


 子連れの再婚では、いろいろ気を使うこともあるだろう。子供はもちろん、親側も。
 しかし続けられた志緒の話はより意外な方に転がった。
「おかーさんのことも若すぎるなって思わなかった? 本当は叔母なの。母の妹」
 口元には淡い笑みがあるけれど、淡々とした静かな声は泣き出しそうにも聞こえた。


  ◇

 やさしさに甘えてしまうことにした。家族以外、誰にも言えていないこと。
「両親が事故で亡くなって、『おかーさん』は私を引き取って、そのせいで旦那さんと別れることになったんだよ」
 もちろん、おかーさんはそんなこと口にも態度にも出さすことはなかった。ただただ大事にしてもらった。
 それは再婚した後も変わりなく、再婚相手も過保護なほどに自分を大事にしてくれる。
 それはすごく嬉しい。だけど、そのぶん心苦しい。
「それは、でも志緒ちゃんのせいってわけではない……ちがうな。確かにきっかけの一つかもしれないけれど、それだけではないはずだよ」
 まっすぐにこちらを見て、誤魔化さずに、ただのキレイ事だけじゃなくて、それでもやさしい言葉をくれる。
 そういう人だって思っていて、打ち明けた。自分の狡さは透けて見えていないだろうか。
「まぁ、独身のおれが言っても説得力はないかもだけどねぇ」
 少し情けないような苦笑いまじりの声。なんでそういうことを言っちゃうかな、この人は。
「でもね、おれは志緒ちゃんよりずいぶん大人だからね、信憑性は年の功を加味しておいて」
「ん。でもね、甘やかされっぱなしっていうのがね」
 まだ大人ではないけれど、何もできない小さな子供でもないはずなのに。
 菅がくすりと笑って頭に手を置く。重い。
「志緒ちゃん、しっかり者だから。もう少し甘えるといいよ。その方がご両親も逆に安心すると思う」
 見上げれば、菅の穏やかな笑顔。完全に子供扱いしてる。こんなことなら話すんじゃなかった。
「しまった。これ、セクハラか?」
 頭に置いていた手を慌ててどける。そうじゃない。
「菅さんはさぁ、……ありがとう。話、聞いてくれて」
 残念な人だよね、という言葉はさすがに飲み込んでお礼を言う。
「話を聞くくらいはいつでも。なんなら、ご両親に甘える練習台に使ってもらっても」
 そしてやっぱりやさしい人だ。
「……じゃ、握手してもらってもいい?」
「甘えるの第一歩が握手なの?」
 不思議そうにしながらも出された大きな手を握る。
 うん。
「がんばるよ」
「だから、頑張るんじゃなくて」
「わかってる。またね、菅さん」
 苦笑いの菅の手を離して、そして笑って見せた。

【終】




Apr. 2019
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