てのひらの光



 通学途中、電車の中から見えていた黒い塔のようなもの。
 普通の住宅地にぽかりと異質で違和感があってずっと気になっていた。
 普段降りない駅で降りて、休日ののんびりした駅前から目的の方向を確認して、さびれた商店街を半分ほど来た場所で立ち止まる。
 視線を上げると塔のような建物はシャッターで閉ざされたお店の真裏にあり、周囲が商店で囲まれていて、どこから入り込むのかわからない。
 人気のない元商店街をうろうろと歩き回り、ようやく店舗と店舗の隙間に細い路地をみつけだし、こそこそと通り抜ける。
 はたから見たら確実に不審者だろう。
 幸い誰にも見咎められず、目当ての建物の前に立つ。
「んー。思ったより小さかったなぁ」
 見つけ出した建物の前に立って見上げる。
 随分古そうなコンクリート造りの建物は、グレイというよりは黒に近い感じに変色している。
 三階程度の高さの建物の屋上には塔がたっていて、色合いと言い、全体的な様子がお墓のようだ。
「うん。でもやっぱりちょっとかっこ良いよね」
 持ってきたカメラをかばんから出し、建物に向ける。
 適当に角度を変えたり、フィルタを変えたりしながら何枚か撮る。
 別に写真が得意なわけじゃないし、詳しいわけじゃない。
 ただ、なんとなく好きなだけ。自己満足。
「うーん。いまいちかなぁ」
 いろいろ撮ってみたけど、なんとなく思ったのと違う感じだ。
「まぁ、良いか」
 気になっていた建物を見つけ出せただけで目的はほとんど達したし。
 帰ろうかとカメラをしまいかけたところで手を止める。
「歌?」
 何を言っているかわからないけれど、うっすらと歌声のようなものが聞こえる。
 あたりを見渡しても、声の主は見つからない。
「……まさか、ね」
 なんとなく声は目の前の建物から聞こえる気がして、おそるおそる入口前まで向かう。
 やっぱり声が近くなった気がする。
 立ち入り禁止の札はかかっていないけど、どう見ても廃墟なのに。
 扉に手をかけると、古いくせに抵抗なく開いた。


 細く開いた扉の隙間から見えたのは暗い室内に高い窓から差し込む淡い光。
 舞う埃にきらきら反射する光の下で金色の髪の女の子が一人、くるくると踊りながら歌っている。
 聞き覚えのあるメロディ。でも歌詞が日本語じゃないせいで一瞬悩んで、思い当たる。
 きらきら星だ。
 まるで映画やおとぎ話の中のような光景に思わずシャッターを切る。
 小さな音とともに強いフラッシュが瞬くと女の子はびっくりしたように止まって、まじまじとこちらを見た。
「あ、ごめんっ」
 大きな目に見つめられ、あわててカメラを下して謝る。
 勝手に入り込んで、ドアの隙間から見つけた女の子を激写とかどんな変質者だ。
 幸い、こっちも女だし、女子高生だし、不審者だっていう誤解を解くのは比較的容易な気がする。
 あ、でも、日本人じゃなさそうだから、言葉が通じなかったらどうしよう。
 あれ。でもなんでこんな廃墟に女の子が? いや、それを言ったら私もだけど、そうじゃなくて、えぇと。
 無言の女の子を前にして、思考がぐるぐる空回りする。
 こちらを凝視したままの女の子は口元を歪め、我慢できなくなった様子で噴き出した。
「ごっめーん。面白いから思わず観察しちゃった」
 語尾にハートマークでも付きそうな弾んだ声。流暢な日本語。
 なんだ、言葉通じるんじゃないか。
「おーい。おねぇさん、起きてるー?」
 反応できずに立ち尽くしていると、女の子は近寄ってきて眼前で手をひらひらさせる。
「……起きてる」
 金髪にきれいな目の色のいかにもな女の子が日本語を話していることに妙な違和感を持ちながら返す。
「カメラ、かっこいいね。きれいに撮れた?」
 興味津々で手元のカメラを覗き込む。
「どう、だろ」
 何も考えずにシャッター押したからな。まぁ、オートモードになってたから、それほど変なことになってないと思うけど。
 期待に満ちた目の女の子に応えるべく、操作して今撮った写真を画面に出す。
「あれ?」
 雰囲気ある階段に仄かな明かりが差す、割といい感じの写真が撮れていた。
 でも、その真ん中にいたはずの女の子の姿は欠片もない。
「あーあ。やっぱりダメかぁ」
 一緒に見ていた女の子はため息まじりの声を漏らす。
「やっぱり?」
 つまらなさそうに階段の方へ向かう女の子の背に声をかける。
 ん? 背中に、何あれ。
「がっかり。結局あれね。お化けの仲間ってことかなぁ。どう思う?」
 振り返った女の子はどこかいたずらっぽく笑っていて、すごく試されてる気がする。
 でも、どう見てもあの背中を見た後じゃ答えは一つしかない。
「天使なの?」
 さわり心地の良さそうな純白の羽根はひよひよと小さく動いていて、作り物には見えなかった。
「一応ね。だからって何かできるわけじゃないし、役立たずだけど」
 ひょいと階段に座って天使はあいまいに笑う。
「でも、きれいだよ」
 でも、って言い方はおかしかったか。
 でも、天使はうれしそうに笑う。
「ありがと。で、あなたはカメラマン?」
「ちがうよ。普通に高校生。カメラはただの趣味。全然うまくないし、好きなだけ」
 なれるわけないし、なろうなんて考えたこともない。
「そうなの? かっこいいカメラもってるから、目指したりしてるのかと思った」
「仕事にするのは大変だと思うよ。良いの。私は、きれいだなぁと思うのを撮りたいだけだから」
 憧れがないと言ったらきっとウソになるけれど、そこまでの覚悟もない。この年になれば、わかる。
 天使は小首をかしげたままこちらを見つめる。
 なにもかも見透かすような大きな目。でも、それ以上何も言わないでいてくれた。
「じゃ、私が写せなくて残念ね?」
 自分がきれいだと暗に言い切る天使に思わず笑う。
「そうだね」
「ま、仕方ないから中を案内するよ。こんな廃墟だけど、素敵なところも結構あるし」
 天使は立ち上がって手招いた。

 
 建物を一巡し、外に出た少女が屋上に向かって大きく振る手に応え、手を振りかえす。 
 名残を惜しむようにカメラを構えた少女を見納めにして建物内に戻る。
「急がなくてもいいのにねぇ」
 声はもう届かないけれど、きっといつか気付くだろう。

【終】




Aug. 2014
関連→連作【カラノトビラ】