「私、今から別行動にするから」
は?
短い宣言の中に突っ込みどころが満載で声も出なかった。
そもそも優花が「スノボに行きたい、瑞希は滑れるでしょ、教えてよ」と誘ってきたのだ。
滑れるけれど、さほど好きじゃないし、寒いのが苦手だから難色を示したにもかかわらず「どうしても!」と言われ付き合ったのに。
ゲレンデについて早々、優花は見た目の良いインストラクターにつられて初心者向けレッスンに行ってしまった。
つまり初っ端から別行動しているから今更と言えば今更なんだけど。
好きでもないスノボに来て最初から最後まで単独行動。どうしろと。
「え? なに? 宿はどうするの?」
スノボはこりごり、一刻も早く帰りたいという雰囲気ではない。
どちらかといえばにまにまと機嫌が良さそうだ。
「やだなぁ。カレのところに泊まるに決まってるでしょ。瑞希は泊まるでも帰るでも好きにしてくれていいからね」
選択肢をあげる私優しいとでも言いたげににこりと笑う。
なんというかほんとに悪気がないところがたちが悪い。
こういう子だってわかってるのになんで友達やってるんだろうなぁ、私も。
「わかった。じゃあね」
来るのは億劫だったものの、滑り始めてしまえばそれなりに楽しめている。
宿だって今更キャンセルしても料金は満額とられるし、もったいない。
もう少し滑って、チェックインをしてのんびり温泉を満喫しよう。
その前に昼ご飯だな。ラーメンにしようかカレーにしようか。
「瑞希もすてきなカレシ見つけてね」
雪山に彼氏を探しに来たわけじゃないんだよ。
返事を考えるのも面倒でひらりと手を振って見送る。
「健くーん。おまたせー」
甘ったるい声を出しながら遠ざかる優花を肩越しに振り返る。
視界の端に朝見たあのインストラクターが手を上げたのが見えた。
「やだなぁ」
興がのって上級向けコースに上がって来たものの雪が降りだしてきた。
とはいえ滑っている人はいるし、降りられないほど視界が悪いわけでもない。
「のんびり行くか」
颯爽と滑る上級者の邪魔をしないよう気を付けつつ安全第一に……と思っていたのに。
目の前を何かが横切った。
ぶつからずうまく避けられたと思ったのに、その先にウサギらしき生き物がいて慌てる。
回避回避、久しぶりの割に勘は鈍ってない、やればできる子だ、私。
などと思っていたのにその先にくぼみやこぶが続いて、最終的には転ぶ羽目になった。
「やらかしたかも」
微妙にコースから逸れた気がする。人の気配がしない。
その上雪がひどくなってきた。
手近な樹の幹にもたれ大きく息を吐く
先ほどの連続回避で少々疲れたし、久しぶりに転んだダメージもあるし、雪で視界も悪くなってきた。
下手に動くより、ここは少し様子を見がてら休憩するべきだろう。
空の様子からするとさほど長くは降り続かないように見えるし。
「調子に乗ってこんな方まで上がってくるんじゃなかったなぁ」
大人しく宿に行って温泉を堪能するべきだった。
なんかうまくいかない時って重なるよなぁ。
降る雪の動きをぼんやりと眺めているとへこんだ気分におそわれる。
良くない傾向だ。だからといってここで焦って動いてもより悪い方向に進む気がする。
「おーい。大丈夫ー?」
場にそぐわない軽やかな問いかけに辺りを見回す。
木立の中に大きく手を振る人影が見えて手を振り返す。
足元も視界も悪いのに何の苦もなさそうに近づいてきたのは髪の長いきれいな女の人だった。
「あの、寒くないんですか?」
真っ先に聞くことではないが、思わず口に出ていた。
足元はブーツではあるものの、薄手のニットにロングスカートというとても雪山にいられる格好ではない。
すぐそこに家があって出てきたとしてもコートくらいは着てきそうなものだ。
「私、寒さには強いの。それよりあなたは大丈夫? 怪我は?」
「あ、大丈夫です。ケガもしてなくて、ただ雪が強くなってきたからどうしようかなって」
気がつけばさっきよりも雪がひどくなっている。休憩は失敗だったか。
「そうねぇ。ちょっと止みそうもないわねぇ。良かったら麓まで送りましょうか?」
なんてありがたい申し出。
実はお宅でしばらく避難させてもらえないかお願いするつもりだった。
「え、と。でもこの雪の中、どうやって」
スノーモービルでもあるのだろうか。
女性はいたずらっぽく笑う。
「よいしょ」
ふわりと体が浮く。
「ぅえっ?」
抱き上げられた?
「しっかりつかまっててね」
言うと同時に女性は私を抱き上げたまま飛び上がった。
気がついたら麓だった。
あれ、私いま空を飛んでいた?
「豪胆ねぇ。叫び声一つ上げないって」
けらけらと笑いながら地面におろしてくれる。
おぉ。足元がふわふわする。
「驚きすぎて声も出なかっただけですよ」
辺りが真っ白で空を飛んでいる感覚が薄かったせいもある。
「普通空を飛ぶ謎の女の存在自体にも怯えると思うの」
そう言われてみればそうかも? でも助けてもらったしなぁ。
見た目も普通にきれいな女性だし。薄着だけど。
「だからそういうところが豪胆だとね、ところで宿までの道はわかる? ちょっと辺鄙なところに降りちゃったんだけど」
たしかにゲレンデの賑わいは全くない、人通りもない場所だ。
目印になるような建物もない。そもそも雪で視界が悪いんだよな。
「えぇと、あっちがゲレンデですよね」
「わかった。うん。送るよ。宿の名前は?」
首を左右に振って手を引かれる。
これ、迷子にやるやつでしょ、知ってる。
「助かります、ありがとうございます」
不案内な場所で視界の悪い雪の中を彷徨うのは避けたい。せっかく無事麓までたどり着けたのに。
「たまには下界をうろつくのも悪くないしねぇ。ついでにおいしいものでも買って帰りましょう」
にこにこと楽しそうにしてくれていることにほっとする。迷惑になっていないなら良かった。
「あの、じゃあ、もし都合が良ければ夕食を一緒にしませんか? 宿の食事、一人分余ってるんです」
どうせ支払うならキャンセルしなくても良いかと連絡しなかったから食事も二人分用意されているだろう。
せめて一人分の食事だけはキャンセルしておくべきだったのにあの時はそこまで頭が回らなかったのだ。
食べ物を無駄にしたくはないので一緒に食べて行ってもらえると助かる。
「豪胆というか危機感がないのかなぁ。見ず知らずの、人間かどうかもあやしいもの相手を食事に誘う?」
「え、でも親切だし。あ、でも一緒にごはんはこっちの都合だから、無理だったら断ってくださいね」
慌てて伝える。
助けてもらって上に無理強いとか、恩を仇で返すにもほどがある。
「いや。せっかくだしお言葉に甘えるよ。楽しみだ」
にこりと笑う顔に嘘はなさそうだ。
「私も楽しみです」
宿のちょっといい料理、一人で黙々と平らげるより料理の感想とか他愛のない話だってしたい。
散々な一日と思っていたけど、これはプラマイゼロ、どころかプラスじゃないかなぁ。
「お風呂はどうします?」
小さめな宿ではあるけれど料理と温泉に定評がある旅館なのだ。
食事の時間までゆっくり温泉につかりたいところだ。ただ、不特定多数と湯につかるのが苦手な人もいるだろうし、そもそも私とは初対面だしで誘うのもどうかと曖昧に言葉をかける。
「あぁ、うん。私は温泉には不向きなんだ。雪女だから」
「……は?」
「え? まさか私が普通の人間だと思ってたわけではないでしょう? 空を飛んだんだよ?」
こちらの驚きを上回るように驚いた声を出される。
いや、そうだけど。そうだけどさ、雪女とは思わないじゃない。じゃあ何だと言われたら困るけど。
「この部屋、あったかいけど大丈夫ですか?」
「このくらいで溶けちゃうほどやわじゃないから安心して。割と環境に適応してるのよ、夏だってどうにか過ごせてるんだし」
そういうものなの? 雪女って、夏場でも一応活動できるんだ? 謎だ。
「そんなことより、あなたは早く温泉に行ってらっしゃいな。外でずいぶん冷えたでしょ」
ぐいぐいと押し出されるように部屋を出る。
戻ったらもしかしたらもういないかも、などと少し思った。
まぁ、杞憂だった。
一人で温泉を堪能して部屋に戻ったら食事の準備が済んでいた。
そして浴衣に着替えた雪女ににこやかに迎えられた。
「部屋でシャワー借りちゃった。配膳もさっき来たばかりよ。良いタイミング」
気が抜ける。別に悪い意味じゃなくて。
「じゃ、食べよっか」
「うれしい。贅沢」
おおきな座卓に所狭しと並べた料理の前に座り手を合わせる。
いただきます。
「あ、お酒飲む? ビールも日本酒もあるけど」
「いいの? まずはビールかな」
にこにこと嬉しそう。私も一緒に飲めるのはうれしい。
ビールの栓をあけ瓶を傾けてみせると雪女はグラスを差し出す。
うん。良い感じに注げた。
「じゃ返杯。貸して……えぇと今更だけど名前聞いても良い? 私は六花」
「瑞希」
急に真面目な顔をして何を言い出すかと思ったら。笑いをこらえるために思わず真顔で答えてしまう。
「瑞希との出会いに、乾杯」
少し照れた表情。だからさぁ、こっちも照れるでしょ、そんな顔で言われたら。
それに出会いに感謝したいのはこっちの方なんだけどなぁ。
「ところで、一緒に来てるカレシ? 友達? はどうしたの?」
「友達。イケメンインストラクターをつかまえたから、そっちと一緒に過ごすって」
自分からスノボに誘っておいてひどいよねぇ、と愚痴交じりに経緯をこぼす。
「それはひどい、けどさぁ。なんでそんな子と付き合い続けてるの? 瑞希の口調からしてこれが初めてってわけじゃないんじゃない?」
あ、察しが良いな。
「なんていうか幼馴染だからさ、情があるというか、積極的に付き合いを切るのも面倒なこともあって、惰性かなぁ」
ご近所さんで幼少期から家族同士でそれなりのお付き合いがあると疎遠にするのも少々やりづらい。
「しがらみがあると難しいかぁ。人間は大変だ。ま、でもその自分勝手な幼馴染のおかげで瑞希と出会えたんだし、それは感謝だよねぇ」
「私の方こそだよー。六花と一緒にごはん食べた方が絶対楽しいし」
優花は自分のことばかりで、こっちの話を聞く気がないからなぁ。
手配も何もしないくせに宿や食事の文句も言いがちだし。
改めて考えると、ホントになんで『友達』してるんだか。真面目に距離を置くことを考えよう。
「これっきりなのが残念過ぎる」
「え? いつでも連絡くれれば会えるじゃない。私、ひとっ飛びよ」
六花はいたずらっぽく笑う。
「……連絡、できるの?」
そもそも。どうやって?
「適応してるって言ったじゃない。スマホくらい持ってるよ……あ、家に忘れて来た」
ポケットを探っていたが入ってなかったようだ。
部屋の片隅にあったメモ帳に少し考えながら携帯番号を書いてくれる。
「多分、あってると思う。瑞希の番号も教えてもらっていい?」
自分の番号って一瞬判らなくなるよね。
ということで自分のスマホで番号を確認してからメモを渡した。
「たのしかった。じゃあね、またね。連絡してね」
あのまま宿に泊まって朝食も一緒に取った六花と宿の前でわかれる。
「うん。電話す……」
「六花」
同年代くらいの背の高い男の人が六花の肩をたたく。
「わざわざ迎えに来たの?」
言葉とは裏腹にうれしそうな六花の声。
えぇと?
「瑞希、これ、私の夫。時間もないし、次に会った時、きちんと紹介するわ」
そう送迎のバスが出発するんだよ、まもなく。
なんだよ、夫って。夫さんも雪女……雪男なの? 謎を増やさないでよ。
言葉が出ず、あわあわしている私を六花はバスへ押し込んだ。
「次回のお楽しみ。またね」
Feb. 2025