ねがわくは、



 思い出す。
 凄絶なまでの桜を目にする度に。


「すっごい、桜」
 学校からの帰り道。
 神社の桜に目を奪われる。
 朝通ったときには気づかなかったのに。
 満開。
「桜ってさぁ、ひかってるよね。ライトアップされてなくても」
 三歩先に行く少年に声をかける。
 少年はちらりと桜を見上げ、その後ふりかえる。
「桜の下に埋まってるモノ、知ってる?」
 微笑み。
「? 死体ってヤツ?」
 良く聞くフレーズ。
 元々は小説かなにかに使われてたんだったっけ?
 このくらい壮絶な咲きっぷりだと何やら信じたくもなる。
「はずれ。小さい頃、聞いた話。単なるお伽話だろうけど、真珠が埋まってるんだって」
 突飛な発想。
「何で、真珠?」
「ある村の小高い山の上に一本の桜の樹があったんだ」
 柔らかな声。先に歩いていく。
 もう一度、桜を見上げて目に焼き付けてからその後を追う。
「その村にはね、言い伝えがあって……そうそう、その村には海があって真珠の産地だったんだけど。で、その村では子供が産まれた時に一粒の真珠を贈る風習があったんだって。お守り代わりだろうね」
 アスファルトの地面、ゆっくりゆっくり踏みしめて。
 振り返らない背中。
 どんな顔で、話してるんだろう。
「コドモはね、成長して叶えたい夢ができたときに、山に登って真珠を桜の樹の下に埋めるんだって」
 少年は夜空に手を伸ばす。
「その樹、限定なんじゃん」
 アタリマエか。
 笑んだ気配。
「……それを埋めた翌年、掘り返して真珠がなくなってたら夢は叶うんだって。もし、まだ残ってたら努力不足ってコトで持ち帰ってリトライ」
 微妙なハナシだなぁ。お伽話とはいえ。
「なくなった真珠はどこにいったと思う?」
 んー。当然。
「養分になった」
 夢のないオチだな。我ながら。
 でも少年も肯く。
「そう。だから桜は夜灯るの。その村の桜の子孫なんだよ。夜ひかってみえる桜って」
 あ。そこに戻ってくるワケか。
 少年が足を止め、ふりかえる。
 もう、家の前か。
「じゃ、」
「手を出して?」
 また明日。といって家に入ろうとしたところを止められる。
「?」
 言われるままに手を差し出す。
 手のひらに少年の手から落とされた、わずかにあたたかな感触。
「なくさないで。これは桜から生まれたモノだから」
 手のひらに視線を落とす。
 淡く灯る薄桃色の真珠。
 小さな、小さな光源。
 落とさないよう、潰さないよう、そっと握って顔を上げる。
 コトバの意味を聞こうと。
 ありがとうと言おうと。
 でも、そこには誰もいないただ闇。
 ……手をひらけば確かにある儚い粒。
 ねぇ……?


 話してくれた言葉、声。
 背中、足音、空気、どれも鮮明に覚えているのに。
 あの真珠も変わらず手元にあるのに。
「……あれは、誰だったんだろ?」
 灯る桜を見て呟く。
「なにか言った? しかし立派な桜だなぁ。いかにも神木って感じで」
 隣で見惚れている。大切な人。
 差し出された手をつなぐ。
「ねぇ、桜の下に埋まってるのって何か知ってる?」

【終】




Apr. 2003