ねがい、ひとつ。



「お姉さまのドレスが欲しいわ」
 初対面の私の言葉に本日から義姉となる幼いながらに美しい令嬢は少し困った顔をされた。
 それでもすぐに微笑みつくる。
「どんなドレスが良いかしら。自分で選びますか?」
 両親を亡くしたばかりで泣きぬれていてもおかしくないのに、突然やってきた叔父とその子供にひるむことなく対応してみせた。
 貴族令嬢ってすごいと純粋に感心した。
 ちなみにこの当主のいなくなった伯爵家に嬉々として乗り込んできた父は貴族ではない。
 亡くなった当主の妹君と駆け落ち結婚した裕福な商家の三男坊というのが父である。
 つまり令嬢の叔父ではあるものの血縁はない。
 とはいえ子供である私には血縁がある、と思うなかれ。
 私は父が外に作った、愛人の子供である。どこをどう取っても平民だ。
 ちなみに妹君は愛人とその子供である私の存在を知り、世を儚んだと聞いている。
 全く罪深い。
 その罪深い父はさらに罪深いことに伯爵家を乗っ取ることにしたらしい。
 こちらはまぁ、実家である商家の思惑もあるようだ。
 貴族と深いつながりができれば商売がやりやすくなるからな、さもありなん。
 ついでに私は妹君との子供ということにしておけば良いだろうと浅はかな考えで連れてこられたわけだが。
 普通にばれるんじゃないかな。
 ご令嬢は幼いからともかくとして家令とかさ、そういう上の方の使用人はそこまで馬鹿じゃないだろ。
 とりあえず、こちらはこちらで出来ることを進めなければいけない。
 ドレスを見せてくれるというお姉さまと手をつないで立派な階段をゆっくりと上がった。


「どうですか、似合いますか?」
 選んだドレスに着替えてお姉さまに見せる。
 くるりと一周まわることも忘れない。
「良く似合うわ」
 どちらかと言えばあまり表情を動かさない令嬢がふんわりとやわらかく笑みを浮かべた。
 かわいい。
「おかしな子だって思いませんか? 私のこと。お姉さまのドレスをねだるなんて」
「いいえ。妹ができてうれしいの。これからよろしくね、セイディ」
 私を愛称で呼んでお姉さまはそっと抱きしめてくれた。
 少し胸が痛んだ。


「お姉さま、私もご一緒していいですか?」
 お姉さまには婚約者がいた。
 家格の同じ伯爵家の四男でお姉さまより二歳年長の十四歳だと聞いた。
 それなりに整った見た目をしているがお姉さまに対する態度は最悪だった、
 にこりともしないばかりか冷たく蔑む視線、暴言。
 あまりの態度に二人の席に乱入した。
 ……少し嘘だ。もともと同席はするつもりだった。
 なるべく愛らしく見えるような笑顔と振る舞いをしながら婚約者殿の隣に座る。
 上目遣いにはにかむような笑顔を取ってつける。
「はじめまして。セイディです。お姉さまの婚約者さま、とっても素敵な方なのね」
「セイディ、失礼よ。お茶ならこちらで」
「君は妹にまでその態度なのか。セイディのような可愛らしさを身につけたらどうだ」
 お前が婚約者としてのふるまいを身につけろ、とは心の中にしまっておいて無邪気に見える笑顔を浮かべる。
「やさしいんですね、婚約者様。お姉さまがうらやましい」
 にこにこにこにこ、笑顔の大安売りである。
 単純な婚約者殿は気を良くする。
「あれのことは気にしなくていいよ、セイディ。僕はイーライだ」
 記憶するのも面倒だけれど、これからのことを考えると、そうもいかない。
「イーライ様、私とも仲良くしてくださいね」
 イーライの手を両手でぎゅっと握る。
「セイディみたいに素直でかわいい子なら喜んで」
 節穴め。
 まぁ、お手軽なことは助かるけれど。
 気づかれないようにちらりとお姉さまの様子を見る。
 悲しみも怒りも何も感じさせない薄っすらとした微笑みをたたえてお茶を飲んでいた。
 その感情を見せないところは貴族らしいのだろうけれど、まだ子供なのにそこまで律する必要はない気がする。
 隣に座る感情駄々洩れ男は少し見習った方がいいとは思うが。
「お姉さまは淑女の鑑のようで憧れます!」
 イーライの態度が悪すぎて思わず本音がこぼれ出る。
「セイディはやさしい子だね。あんなのに気を使うことはないんだよ。セイディは今のままで充分に素敵だよ。無口で何を考えているかわからないような女になっては駄目だよ?」
 お前、もう黙れ! 
 声になりそうな言葉をお茶と一緒に飲み込む。
 気軽に人の頭をなでるな、気持ち悪いんだよ!
 なにを言ってもお姉さまを貶める言葉に変えられそうでもう黙ることしかできなかった。


「おまえとの婚約は破棄する!」
 恒例の婚約者の仲を深めるためのお茶会の席でイーライは突然そんなことを言い出した。
 そして隣に座る私の肩を抱き寄せる。
 婚約者同士の茶会に何故私が、それもお姉さまの婚約者の隣に座ってるかって?
 話すと長くなるので察してください。
 ちなみに初回から数年たってますが、毎回この配置です。いろんな意味で心臓が痛い。
 そして背筋を這う悪寒。
「代わりにセイディを婚約者にする!」
 うわ、口づけしようとするな、気持ち悪い。
 了承してないぞ、なにを勝手に婚約者変更しようとしてるんだ。
「…………それは、難しいかと」
 感情を表に出さないお姉さまが困惑した声をお出しになる。
「おまえのような陰気な女ではなく愛らしいセイディこそが僕の妻にふさわしい。おまえの許可など必要ない」
「えぇと、確かに私の許可は必要ないのですが、法が許さないか、と」
 困惑声のままお姉さまはちらりとこちらを見る。
「法だと!? セイディも立派なドネリー伯爵令嬢だ。おまえは生まれで差別するのか、最低な女だな」
 罵倒されてもお姉さまはいつも傷ついた顔をしない。ただ静かな表情で目を伏せるだけだ。
 しかし今は困った表情を浮かべている。
「そう、ですわね……セイディが望むなら」
 あきらめないで、お姉さま。
 今までの私の行いのせいもあるだろうけれど、望んでないよ、この状況。
 それにおっしゃった通り法が許さない、この馬鹿は気づいていないけれど。
「破棄について、私に否やはありません。詳細は叔父と話し合ってくださいませ」
 お姉さまは静かに頭を下げ、部屋を出ていく。
 置いていかないで!
 イーライの腕を振り払い、あとを追いかけていきたい気持ちをぐっと抑える。
 せっかくここまで来たのだ。あと少しの我慢だ。
 恥じらう振りでイーライから顔を背けつつ解放されるまで苦行の時を過ごした。


 さて、その後すったもんだはあったもののお姉さまの婚約破棄は無事整った。
 イーライは改めて私に婚約を申し込んできた。
 満面の笑みで抱き寄せてこようとする腕をかわす。
「無理ですね、お姉さまも仰っていたでしょう? 法が許しません」
「何故だ、何も問題ないはずだ、セイディは間違いなくドネリー家の血を引く娘だろう」
 うん。何もかも間違っているんだ。
 ドネリー家の血は一滴も引いていないし、そもそもね。
「男同士の結婚は、許されていないんですよ、ご存じなかったですか?」
 愛らしく見える角度で首をかしげてみせる。
「は?」
「私は男です」
「は?」
 理解力ないなぁ、全く。
「たとえ女だったとしても、何の落ち度もないお姉さまを蔑むような男、願い下げです。ごきげんよう、お姉さまの前に二度と顔を出さないでくださいね」
 騙されただとかなんだか喚いているけど無視をする。
 勝手に勘違いしただけだろう。
 ずっと女装をしていた自分に非がないとも言わないけれど、婚約者がいるのも関わらず他の女に手を出そうとする己の屑さが全ての原因だろう。つまり同情の余地はない。
 さてさて、面倒ごとは粗方片付いた。
 手間はかかったけれど、さほど難しいことではなかった。
 問題はこの後。どう転ぶかは全くわからない。
「ま、それでもね」
 ようやくここまで来たことに自然に笑みがこぼれた。


「お姉さま」
 庭に出ていたお姉さまの後ろ姿に声をかける。
 振り返ったお姉さまの目が軽く見開かれる。
「…………セドリック」
 いつもの女装ではなく、本来である男の格好をしている僕を見て本来の名きちんと呼んでくれる。
 初めからそうだ。
 男の僕がドレスをねだっても咎めることも遠ざけることもなく、そして女性でも通るような愛称をつけてくれた。
 わがままを言う突如現れた弟にいつでも優しかった。
 でもそんなこと関係なしに、一目見た時から好きになっていた。
 お姉さまの前で跪く。
「あなたの傍にいさせてください。本来、許される身分ではないことは承知していますが、それでもあなたを守りたいのです」
 屋敷で暮らすようになってからすぐに気づいた。
 使用人たちがお姉さまのことを軽んじていることを。それはお姉さまの両親がそうだったことに起因することも。
 そんな中、お姉さまは卑屈になることなく、だからと言っておもねることもなく、静かにまっすぐだった。
「あなたは叔父様の嫡男で、伯爵家を継ぐべき人間ですよ」
 立つように促されるが首を横に振る。
「いいえ、それはあなたのもの。僕は伯爵家とは縁もゆかりもない。父に至っては伯爵家の敵同然です」
 小狡い立ち回りでいろいろやらかしていた証拠は握っている。屋敷から追い出すのはさほど難しくないだろう。
「愛しています、お姉さま……いえ、お嬢様。下働きで構いません。何でもします。お屋敷においてください」
 平民の自分は傍らに立つことはできない。ただ元気でいる姿が見られる位置にはいたかった。
「……なんでも?」
 お姉さまがしゃがむ。目線が合う。
 揺れる瞳に魅入られたように反射的にうなずく。
「お嬢様なんて呼ばないで。……名前を、呼んで。おねがい。一人にしないで」
 頼りなげな小さな声。
 そっと手を握る。
「アディ」
 あの時、愛称で呼ばれたのが嬉しかったから、それを返すつもりで囁くように呼んだ。
 この時見た、はにかむような笑顔は一生心に残るだろう。


【終】




Oct. 2025