みちびきと月



 △ △ △ 

「どうして人は祠を作りたがるんだ」
 苛立ちとうんざりが半々に混ざった声がすぐ耳元で響く。
 もう少し、もう少しボリュームを抑えるか距離をとってほしい。耳が死ぬ。
「平穏と安寧を求めて、かねぇ」
 肩に乗った相棒を手で払う。
 また耳元で喚かれたらたまらない。
「安寧?! マジか? その安寧の為に作られた祠が俺たちの安寧を脅かしているわけだが?!」
 ぱたぱたと羽ばたきながら、わざとらしいくらいの大声。
 距離を取っておいてよかった、本当に。
 この距離でも十分すぎるくらいにうるさいのだ。難聴になったらどう責任を取ってくれるつもりなのか、このカラスは。
「いや、でもその祠は私たちの食い扶持でもあるんだし」
 人ひとりがようやく通れるだけの迷路めいた路地を通り抜けて出たのは雑居ビル群の中にある小さな空き地。
 そこの真ん中に一メートルほどの小さな鳥居と社殿。
 設置されてから、ある程度の年数がたっているのだろう。
 朱塗りだった鳥居の色はほぼ剥げてしまっているし、社殿の屋根は傾いている。
 そして周囲は冷蔵庫や自転車やごみ袋などが散乱堆積している。
 鳥居があると不法投棄がなくなるという説があったが、これを見る限りガセのようだ。
「食い扶持なー。確かにな、確かにそうなんだがなぁ……もう少しまともな祠に出会いたい」
 祠とごみとを交互に見ながら深々と溜息をつく。
 うん。そのくらいのボリュームだと耳にやさしい。
「まともな祠もたぶんあるんだろうけど、そういうところに私らは派遣されないんじゃないかなぁ、意味ないし」
 おかしくなった祠をどうにかするのが職務なのだ。
 そしてきちんと祀られた、問題ない祠にわざわざ参るほど私は信心深くはない。
 あ、でも。
「アカツキが各地の祠を詣でれば、おかしな祠も減るんじゃない?」
 見た目はカラスだけれど、この相棒は霊鳥で不浄なものを祓う力も持つ。
 完全にダメになったものはともかく、まだどうにか一線を越えずに済んでいる感じの祠をアカツキが訪うだけでも多少は浄化されるはずだ。
 それを繰り返していれば、手の施しようもない祠は減るだろう。
 そうすればアカツキの愚痴も減る。
「はぁ? なんで俺がそんなことを。金にもならなんのに」
 うん。まぁそうだよね。わかる。
 けどさぁ、徳の高いと言われる霊鳥がそんな拝金主義で良いの?


 ▼ ▼ ▼

 こちらにあきれた視線を寄越す小娘は名を白兎という。
 名前通りに真っ白な髪と赤い目を持つ小柄な少女、とは言ってももう二十歳になったんだったか。顔立ちも幼げなので成人しているようにはとても見えないが。
「アカツキ、俗物過ぎない? 霊鳥なのに」
「なにを言う。お金は大事だろーよ。今の世の中、饌を手に入れるのだって金がなきゃ始まらない」
 自給自足の世の中であれば育てた作物を供えれば済む話だが、今時それがかなうのはごく一部の人間だろう。
「まぁねぇ。神職でも税金は払わなきゃいけないしね。あぁ世知辛い」
 眉尻を下げ、白兎は小さく首を横に振る。
 いや、その可愛らしい見た目で税金の話だされる方がちょっとアレだわ。
 そもそも目の前の禍々しい祠を見て、『食い扶持』で済ます神経の持ち主だった、こいつは。
「ほんとに見た目詐欺だなぁ」
 黙っていればお人形のような神秘的な愛らしさなのに。
「しゃべるカラスに言われたくないかな」
「霊験あらたかな八咫烏様に何という暴言!」
 相棒だから気安い態度も許してやっているが、敬意が足りない! 敬意が!
 小娘の何倍生きてると思ってるんだ!
「さっきから大きな声出さないでよ、おじいちゃんと違って若い私の耳は繊細なんだから」
 耳のあたりで結わった髪を左右それぞれの手で持ってひよひよと揺らす。
 そのうさ耳もどき、ねじり切ってやろうか?
「そもそも、私ははじめっから祠退治はお仕事で、それは生活の為で、適材適所だと思って納得してるの。それをアカツキがぎゃあぎゃあと文句ばかり煩いの。やる気がないなら黙って見てなさい!」
 聞き分けのない子供じゃないんだからという指摘はもっともだとも思う。が。
「人間のしでかした不始末のしりぬぐいをするっていうのがどうもなぁ」
 信心があればこのように祠が穢れることもなかったはずなのだ。
 こんなことになるなら初めから作らないでいた方がマシだったのに。
「信心の代わりに対価貰ってるんだからその辺は割り切って。もしくは人間である私に免じて?」
 小首をかしげて可愛らしげに笑う。
 わざとらしいあざとさだな。まったく。
 だいたい白兎が人間かどうかは少々疑問が残るぞ?
「ま、この中身もない無為な会話にじれてきているようだし、そろそろ片付けようか」
 着いた当初は祠の周りにぼんやりと陰が差す程度だった。
 それがこの無駄話の間に陰は濃くなり、大蛇のような形をとりずるずるとこちらに向かってきている。
「私が可憐でかわいくておいしそうだか、仕方ないよね」
 にこりと作られた白兎の笑顔はひどく酷薄なものに見えた。


 △ △ △ 

 この祠がどうしてここに出来たのかは知らない。
 説明があったような気もするけれど、どうでも良いので聞き流した。
 商売繁盛を願ったのか、何らかの問題があって鎮めるためにおいたのか。
 どちらにしろ当初は祈り祀られていた祠は人々の想いにより生じた。
 しかし時が経つにつれ人々から忘れ去られた祠は、祈りの代わりに周囲の雑多な感情をくらい歪み、肥え、最終的にはじけて周囲を汚染し人間に悪影響を及ぼす。
 そうなる前に穢れを処理するのが私とアカツキの仕事だ。
 祠の前でぐだぐだと益体もない話をしていたのも実のところ祠から穢れを誘き出すための時間つぶしだった。
 穢れはなぜか私のことが好きなようなのだ。
 そんなものに好かれても、全然うれしくない。
 嬉しくはないけれど、ただ立っているだけで祠から出てきてくれるので処理は楽なのだ。
 我ながら使い勝手がいい餌だ。
 祠から這い出てくる蛇のような靄から一定の距離をとりながら後ずさる。
「思った以上に長いぞ……でもそろそろ出切るかな」
 頭上で穢れの様子をうかがっていたアカツキから静かな声が届く、
 その落ち着いた声がなぜ平常に使えないのか、良い声なのに。宝の持ち腐れだよ、アカツキ。
 まぁ、それはそれとして。
「了解」
 体をほぐすためその場で軽く跳ね、ぐいっと伸びをする。
 そのまま空で握った手に顕現させた大鎌を一振りする。
「完全に死神なんだよなぁ。うさぎなら杵のほうが似合うのになぁ」
 杵は扱いにくくない? あれは餅つくのに特化してるでしょ。
 それに穢れは餅じゃないから食べられないし。
「白兎」
 短く名を呼ばれると同時に穢れに向かって走り飛び跳ねて鎌を一振り。
 穢れに触れると同時に真っ白な光がはじける。
 目を開けているのも光が収まると穢れはすっかりなくなり、祠はくずれて瓦礫と化している。
「相変わらず見事だな」
「特技だからね」
「祝詞覚えたり、鎌以外の獲物だったりすれば表向きの仕事もできるんだけどなぁ」
「人には向き不向きがあるからね」
 覚えようとしたこともあった。無理だった。
 問答無用でサクッと一撃が向いてる、私には。
 どちらにしろ表立つには容姿が目立ちすぎるし。
「お仕事終わり。何かおいしいもの買って帰ろうかー」
「……」
「アカツキ?」
 いつもならリクエストをしてくるアカツキが無言で肩に乗ってくる。
「……追加のお仕事の連絡」
 無駄にいい声が耳元でささやかれる。
「聞きたくない!」
「俺だって聞きたくなかったワ!」
 だっから耳元で叫ぶなっ。
 耳が死んだ。もう何も聞こえないんだ。そういうことにさせてください。
「祠なんて嫌いだー」
 アカツキの叫び声がとどろいた。

【終】




Nov. 2024