その道の先にある  おまけ <その後。>



「また、始末書ですか?」
「……人聞き悪いですねぇ」
 通称【隔離部屋】に戻ってきた凪埜はかるく笑う。
 その言い方では、しょっちゅう始末書を書いているみたいではないか。
「きみもねぇ、もう少しうまくやることを覚えればこんな端部屋に追いやられなくて済んだと思うんですけど」
 のんびりとした口調の年長の刑事に苦笑いを返す。
「それはこっちの台詞ですよ、浅利さん。隔離された上、厄介者のおもりさせられているような人に言われたくないです」
 一見、刑事には見えない、学者然としたおだやかな雰囲気はどことなく久我を彷彿させる。
 なんとなく、こういうタイプに弱いことに最近気がついた。
 自分のおもりに浅利をつけた人間の人選は的確だと思う。
「私は調べものも、その整理も嫌いではないし。ほら、もう年だからね。老体に鞭打って現場走り回るのもしんどいしね」
 隠居老人のような口調だが四十代後半というのは、そんな年齢ではないだろう。
 だいたい、こんな場所に放り込まれているということは、浅利自身も主流から外れた厄介者だからではないのだろうか。単に、人の良さにつけこまれているというだけなのかもしれないが。
 穏やかな表情は煙幕のようで、イマイチ実態がつかめないでいる。
「まぁ、でも単独行動は控えてください。ばれてうるさく言われるのも面倒でしょう」
 単独行動どころか、女子高生を一緒に連れてました。あまつさえ、その子のもつ特殊な力を利用していたなんて、当然言えるはずもない。この件がばれなくて良かった。
「こどもの命がかかってなければ、越権するつもりはなかったんですけどね」
 犯人逮捕など、時間さえかければ確実にたどり着けただろう。
 ただ、その時間がこどもにとって致命的になりかねないと思ったから、理世までも巻き込んだ。
 実際のところ、この件に関しては上にばれるよりも理世の父親である久我にばれることのほうが怖いかもしれない。
 ……ヤバイ、それは確実にマズイ。久我家、出入禁止の上、理世と接近禁止されるだろう。こんな中途半端でゲームオーバーなど、冗談ではない。
 ばれないように注意しなくては。
「凪埜くんは見た目に反して、割とまじめだから、損をしているよねぇ」
 どういう評価だろうか、それは。褒められているのか?
 返答を苦慮してるあいだに鳴りだした携帯に出る。着信表示はこどもが搬送された病院。
 そこからの報告に思わず笑みがもれる。
「ま、人一人の命助けて、始末書で済むなら安いもんですよね」
「せいぜい反省してみせてください」
 微妙な忠告を残して、資料を繰る仕事に戻る浅利に肯きを返し、始末書に向き直る。
 こどもの容態が安定したと、伝えたら理世はどんな顔をするだろう。
 普段、あまり表情を変えない理世の笑顔が見えたら良いのになどと思う自分に苦笑いが浮かんだ。

【終】




Sep. 2009
関連→連作【道】