未定な予定と想定外



「腐れ縁もここまで来ると嫌がらせだな」
 あてがわれた研究室の隣のネームプレートを何気なく確認して溜息をこぼす。
 そこに書かれた名前は自分の名の次に見慣れたものだった。
 見ず知らずの人間が隣でなくて良かったとほっとする反面、今後煩わされるであろうあれこれが予測できてげんなりする。
 学院を無事卒業して、こうして王立研究所に勤めることがかなって、夢と希望をもって明るく進もうとする若者にこの仕打ち。
 がっかりだ。
「いや、ヤトは夢と希望に満ちた明るい若者ではないと思うよ。キミ、基本薄曇りみたいな性格じゃないか」
 出たな、諸悪の根源。
「おれが薄曇りなのはミナイに振り回されてるせいだ。奨学生として学院に入った時は意気揚々、期待に胸を膨らませた溌剌とした子供だったよ」
 言い返すとミナイは胡乱な表情をこちらに向けた。
「嘘は良くない。期待や希望や自尊心やらにまみれた同世代の子供たちの中で、キミだけはひときわ浮いていた。もちろん明るく元気だったからじゃないぞ、達観したような佇まいだった」
 失礼な。緊張して表に出てなかっただけだ。たぶん。
「ミナイは落ち着きがなくて目立ってたけどな」
 集まっていたのは八歳から十二歳の子供たち。とはいえ、試験に合格した、それなりの教育を受けているものばかりだ。
 教師の指示に従い、粛々と移動する者たちの中、ミナイだけが好奇心の赴くままにあちらこちらへとふらふらと脱線していた。
 そう。あの時幼心に思ったのだ。
 あれにはかかわらないでおこうと。
 その後おれは学ぶわけだ。
 世の中、思い通りにはいかない。
 生まれ育った小さな町では、貧乏ながらも食い詰めるほどではなく、勉強はできたので王立学院に推薦してもらい試験は上位合格、順風満帆と言っていいルートをたどって来たのに。
 指示された教室の自席の隣にはミナイがいた。
 教室内でもやはり落ち着きのないミナイの巻き添えをくらい教師に叱られた時に、やはり自分の勘は正しかったと思った。
 関わってはいけない人間だ。
 席は隣だが、なるべくかかわらないようにしようと気持ちを引き締めたが世の中は無常だった。
 こちらの決意など気づくそぶりもないミナイは人懐っこい笑顔で毎度毎度巻き込んでくれた。
 おそろしいことに学院を卒業するまでずっと同じクラスで隣の席で逃れるすべはなかった。
 途中からはおそらく教師陣の思惑が多分に含まれていたはずだ。
 ミナイの面倒はヤトに見させておけば安心だ、と。
 それでも卒業すれば離れられると思っていたのに。
 世の中、ほんとにままならない。
 個人研究室は退官した方々の空いた部屋が適宜割り振られるので新人が近くの部屋に置かれる可能性は低い。
 同期である他の三人は同じ棟ですらないくらいだ。
 それにもかかわらずミナイと自分は隣同士。
「ともかく隣がヤトで心強いよ」
 初めて会った頃から変わらない屈託のない笑顔。
 可愛らしい言葉を吐いているが、額面通り受け取ったら馬鹿を見る。
 裏に隠された言葉の意味はよくわかっている。
 ヤトが隣にいれば面倒な書類や申請はやってもらえるから助かる、だ。
 お世話代は給金に反映されますかね?
 ミナイが起こした問題に巻き添え食らって減給されたりしませんよね。


 色々と心配はしていたのだけれど、新生活は思った以上に順調だった。
 良く考えてみれば、個人にあてがわれた部屋が隣同士とはいえミナイとは専門が異なり、配属されたチームが異なる。
 個室へは一日一度程度、いるのもわずかな時間だ。おそらくミナイも同様だろう。
 寮はさすがに別だし、お互い忙しくしていて見かけること自体まれだ。
 たまに顔を合わせても挨拶程度という状態で三年。
「平和だ」
 チームの研究が一段落つき、久々に自分の個室でのんびりと資料に目を通す。
 入所当初より個室にいられる時間は増えてけれど、それはあくまでも比較してであって、今日のようにのんびりお茶を飲みながら腰を落ち着けていることは少ない。
 かたり。
 隣の部屋から音がしたことに少々驚く。
 めずらしくミナイも在室しているようだ。
 声をかけに行こうかと立ち上がりかけたところで、隣室のドアがバタンと閉まる音と走り去る足音が聞こえて座りなおす。
 あわただしいが元気そうで何よりだ。
 ミナイのチームもそろそろ落ち着くという噂だ。
 久しぶりに食事にでも誘おう。
 向こうのチームの様子も聞きたいし、近況も知りたい。
 うまくスケジュールが合うと良いんだけど、タイミングがずれると自分の方が時間が取れなくなりそうだからな。
 とりあえず誘いのメッセージをいれて、資料に頭を切り替えた。
 ミナイのことだ。返事は一月後でもおかしくないと思っていた。
 それが三日後、了解の返事とともに空いてる日付が送られてきた。
 素早い返事。大人になったね。
 などと思ったおれが馬鹿だった。
 少しの良いことのあとには大きな落とし穴がある。
 学習したはずだろ、学生時代に散々。
 ここ数年、平穏が続いただけで忘れてしまうなんてなんて情けない記憶力なんだ。
 お互いに予定をすり合わせ、『予約はまかせて!』というミナイの言葉に半信半疑ながら指定されたレストランに行く。
 高級店というほどではないけれど、庶民であるおれたちが普段使いはしない、ちょっと良いお店だった。
 案内されて奥の個室に通されるとミナイはすでに席に着いていた。
 時間前に来ているなんて!
 当たり前のことだけれどミナイ相手だとすごくえらい! という気持ちになってしまう。今までがひどすぎただけだけれど。
「や。久しぶり。ちょうど会いたかったからいいタイミングだったよ」
 に、と笑って片手を上げる。
「ミナイがこんなにきちんとした店を予約するとは思わなかった」
 もしかしたら職員食堂かもしれないと思ってたからな。
「ふふふー。私も大人になったのよ。さ、食べよ食べよ。お任せでいろいろ頼んでおいたから」
 邪魔されずゆっくり話したいからまとめて出してもらったと、テーブルには様々な料理が既に出されている。
 向かいに座りテーブルにそっと触れる。
 このくらいのランクの店ならば適温や状態維持のテーブルか食器に魔法付与くらいはつけていてもおかしくない。
 まとめて出されていても冷めることなく最後までおいしく食べられるだろう。
「気が利くな、ミナイ」
 給仕が料理を運んでくるたびに会話が中断するのは確かに煩わしい。
「内部のこと、あまり大っぴらに聞かせられないしねぇ」
 守秘義務に引っかからない範囲とはいえ、外に漏らさないに越したことはない。
「じゃ、とりあえずお疲れ」
 グラスを合わせ、食事を始める。
 お互いの近況や共通の友人の話、最近出た論文や研究室の話などとりとめのない話を一通りして、ふと無言の時間ができた。
 長い付き合いだ。無言であっても特に気まずさもない。
 まだたくさん残っている料理を食べているとミナイが真面目な顔をしていることに気がつく。
「どうした?」
「うん。ちょっと相談があるんだよね」
 なんだろう。その真剣な顔を見ていると悪寒がする。
「研究所ってさぁ、なんだかんだ雑務多くない? 提出書類も多いし、呼び出しも多いし、個人の研究がなかなか進まない」
 呼び出しが多いのは書類不備のせいでは?
 おれはそんなには呼び出されないぞ。
「だからさぁ、私の仕事をやってくれる複製人形を作ろうと思ってて」
 なに言ってんだ、こいつ。
 あぁ、でもどこかのチームがやっていたな。人の代わりに作業する人型機巧を作るとか。
 まだ荷を右から左に移動させる程度のことしか成功していないと聞いている。
 おそらくそれをベースに持ってきてどうにかしようとしているのだろうが。
「作るの、手伝ってくれるよね」
「やめておけ」
 間髪を入れずに却下する。
 そもそもなんでおれが手伝う前提なんだよ。
「え、なんで? 理論的にはできるんだよ。ほらこれ見てよ」
 テーブルの食器を端によけて設計図を広げる。
 なんでこんなもの持ってきてるんだよ。
 まだ下書き状態で、アイデアや覚書が無秩序に書き散らかされているが、ざっくりとやりたいことは読み取れる。
 なるほどね。うん。力業な部分もあるし調整も必要だろうけどミナイの言う通り出来るとは思う。
 さすがだ。
「ヤトにはさぁ、この辺の理論の補完とか試作とかやってほしいんだよ」
「だから、やらないって。ミナイも作ろうとするな」
 絶対ろくなことにならない。
「絶対便利だよ。めんどくさい事務処理も丸っとお任せ」
「だからやめろって」
 しつこいミナイに何度も作るなと念押しをしてその日は解散した。


「やりやがった」
 部屋に戻ったら『件の複製人形が完成したからお披露目する』とのメッセージが届いていた。
 勢いよく突っ伏して机にぶつけたせいだけではなく頭が痛い。
 なにも見なかったことにしようかと一瞬考えるが、放置した分だけ被害が大きくなると思いなおし慌てて隣室を訪ねる。
「ほら見て! 私は自分の頭脳が怖いよ!」
 おれはミナイの話の通じなさが怖いよ。作るなって言っただろうが。
 ミナイの隣には本人と寸分たがわぬ姿の複製人形が座っている。
「わたし、すごい」
 少々舌っ足らずだが声もミナイと同じだ。
 自分の声からサンプルとってれば当たり前か。
 確かにね、すごいよ。ある程度こちらの意も理解しているようだし。
「余計な作業はミナイ二号に任せて、私は研究三昧。完璧!」
「めんどうはまるなげ。わたしはおさんぽへいってきます」
 ぎゅっとこぶしを握る。
 うん。かわいいな。見た目は大人だけど中身は幼児だな。
「ちがう。おまえは書類を片付けるの」
「じぶんでやれー」
 こうなると思ったんだよ。
 自分と同じものを作ったら同じような行動とるだろ、普通に考えて。
 どうするんだよ、これ。
「ヤトー。製作者の言うこと聞かないんだけど」
「ヤトぉ。おさんぽ、いこ」
 二号からくいくいと袖を引っ張られる。
「ヤトは私と話すの!」
 ミナイ本体は力任せに腕を引っ張られる。
 面倒ごとが増えただけじゃないか。だからやめておけと言ったじゃないか!
 どうしようもなくて深々と溜息をこぼす。
 これって両手に花なのでは、などと少し思う自分にもあきれた。


 その後、二号の改良になし崩しに付き合うことになり諸々巻き込まれてひどい目に遭ったのは別の話……というかもう思い出したくもない。

【終】




Jan. 2025