眠交電車



 眠れない。
 枕元の時計を手探りで引っ張り出し顔に近づける。
 バックライトを付けて浮かび上がった表示は【2:32】。
 十二時すぎにはベッドに入ったはずだからかれこれ二時間以上、寝られないまま、ぐだぐだ寝返りだけを繰り返してるわけだ。
 大きくため息をつく。
 平日ならば、それでも目を閉じて、呼吸を整えて、出来るだけ眠れるよう努力するのだけど、幸い週末、明日は……日付変わってるからもう今日か、……土曜日だし、ガッコは休みだし。
「起きるか」
 灯りをつけてベッドから抜け出す。パソコンとエアコンの電源を入れる。
「ったく、この寝れねーのは、どうにかならないかな」
 あっても月に一、二度で、病院に行くほど深刻ではないが、眠たくても寝られないというのは結構なストレスだ。
 湧き上がる欠伸をかみ殺しながらパソコン画面を眺める。
 ブラウザを開き、表示された検索サイトに【眠れない】と打ち込み検索ボタンを押す。
 結果で出てきたページを上から順番にぽつぽつ押していく。
 病院・製薬会社のサイト、あやしげな本の紹介販売サイト、個人のブログ、質問掲示板などなど、半ば寝ぼけた頭で流し読みする。もともと真剣に読み込むつもりもなく、暇つぶしだ。
「電車?」
 いくつ目のサイトだっただろうか。
 のどかな風景に赤い電車が走っている写真が全面に表示されている。その右下に【眠れない?】と書かれた小さなボタン。
 タイトルも何もないわけのわからないサイトだけれど、このボタンが検索に引っかかったのか。
 ボタンをクリックすると画面が変わる。
 【登録完了しました。おやすみなさい。《眠交電車》】の薄紫の文字だけが白背景に書かれている。
「げ、こわ」
 反射的にブラウザをとじる。
 あんなほのぼのした写真使っておいて、ワンクリック詐欺か? 請求額はなかったけれど、性質悪い。
 何度目かの欠伸をかみころす。
 パソコンいじる気もそがれたし、ゲームをやる気分でもない。
「寝るか」
 まぶたもさすがに重くなってきたし、今なら眠れるかもしれない。
 パソコンの電源を落としてよろよろと布団にもぐりこんだ。


 電車の音が聞こえる。
 鄙びた駅舎に入ると、改札に駅員がいたことに少し驚く。
 雰囲気で、無人駅かと思っていた。
 モスグリーンで統一された制服姿の駅員は口元に笑みを浮かべる。
「水弥一真(みずやかずま)様ですね?」
「……はい?」
 なんで名前を知ってるんだ? 不審さが声ににじむ。
 知り合いか?
 改めて駅員を見る。
 どこかで見たことあるような気がしなくもないが、制帽を目深にかぶっているせいで、口元以外、確認できず、けっきょく良くわからない。
「眠交電車へようこそ。わが社はあなたに快適な眠りをお約束します」
 あやしすぎる。
 駅員のはりついたような笑顔が胡散くささを強調する。
「もちろん、ただでとは申しません」
 こちらが黙っていると駅員は少々困ったような苦笑いを浮かべる。
 だいたい、その話運びはおかしくないか?
 無償です、というならわかるが、対価を取られて尚且つ得体のしれない話にのる人間がいるか、ふつう。
「ただより高いものはないというのが世の常」
 心のうちを読んだかのようなタイミングで駅員は続ける。
「水弥様には多少のお力添えをいただきたく存じます」
 なんか当たり前のように引き受ける方向で話が進んでないか?
「難しいことではありません。水弥様には電車に乗って、一人の人に会っていただきます。その方と話をしていただくだけという、たいへん簡単なものです」
 簡単だとか、そういうことではなくて。
「断る」
 眠れないのは鬱陶しいが、面倒ごとに巻き込まれることを考えたら、まだ我慢できる。
「まずは説明まで。必要なものは水弥様のお宅に後日お届けいたしますので、本日のところはよい眠りをお楽しみください」
 一層笑みを深くして駅員は丁寧に頭を下げた。


 妙な夢を見た。
 ベッドの上に起き上がり、顔をしかめる。
 ずいぶん鮮明に残っている、会話と言うよりは一方的な駅員の口調。
 寝る直前にワンクリック詐欺のような怪しげなサイトを見たせいだろうけれど、それにしても不可解だ。まぁ、夢なんて基本は辻褄の合わないおかしなものだけど。
 それにしても良く寝た。
 カーテンの隙間から差し込む陽射しのまぶしさに時計を見る。
 十二時近いな。
「腹減ってるはずだよ……」
 のろのろとベッドから出て、キッチンに向かう。
 こういう時一人暮らしは不便だ。黙っていても食事を出してくれる親のありがたみが良くわかる。
 まぁ、その前にたたき起こされるか。
 とりあえず食パンをそのままくわえ、湯を沸かす。
 カップにインスタントコーヒーの粉を多めにいれ、湯が沸きあがる前にパン一枚を体に納める。
 よし、ちょっと落ち着いた。
 なに作るかな。
 沸いたお湯を勢いよくカップへ注ぎ、混ぜずにそのまま飲む。
 冷蔵庫に焼きそば発見。
「よし。焼きそばにしよう」
 キャベツがないからもやしで、玉子あるから目玉焼きつくって……。
 フライパンを熱し、焼きそばをつくっていく。
 水を少々投入、ふたをしたところで、玄関から微かな音がきこえる。
 郵便だろうと玄関に向かう。
 落ちていたのは茶封筒、差出人は【眠交電車】。
「あ?」
 慌てて表がえすとあて先には【水弥一真様】とだけ。住所も切手も消印もない。
 ドアを開けてアパートの通路を確認するが、人影はない。
「なんだよ、これ」
 びりびりと封を切り中身を取り出す。
 薄い便箋に整った文字が並ぶ。
 【眠れない夜には同封の定期券を持っておやすみください。】
 封筒を逆さに振って、出てきたカードには【眠行 使用期限:無期限 眠交電車】と印字されている。
「なんだよ、これ」
 夢じゃなかったのか?
 笑みを浮かべた駅員の顔が思い浮かぶ。
 気持ち悪い。
 定期券と便箋を封筒につっこむ。
 こげくさい。
「……? って、焼きそばかっ」
 あわててキッチンに戻り、蓋をとると、もわりと湯気がたちのぼる。
 水は蒸発しきって、麺は焦げかけ、固まってしまっている。
「固焼きそば?」
 そういう問題でもない気がするが、食べられないほど焦げきってるわけでもない。とりあえず味付けをして皿に盛りつけた。
 ……まずそう。


 二日連続で寝られないとか、どんなイヤガラセだよ。
 ぐだりと寝返りをうつ。
 確かに起きたのは遅かったけれど、ベッドに入ったのは日付が変わった、一時過ぎ。充分に眠くなってからだ。
 そして今の時刻は三時過ぎ。眠たいのに寝られないことに腹がたってくる。
「あれ、ホントに効くのか?」
 気味が悪くて、玄関に放置したままの茶封筒の中身を思い出す。
 あやしいことこの上ない。
 わかってはいるけれど、水が飲みたくなってしまったし。
 布団から出たついでだ。
 台所でかわいたのどを潤し、玄関から茶封筒を持ってきて中身を取り出す。
 こうなったら、どうにでもなれ。
 届いた経緯は謎だけれど、書いてある文字も意味不明だけど、それ以外は別に普通だ。
 本気でこれ持っていたら眠れるとか、信じてるわけじゃないけれど、プラシーボ効果でも、この際良い。眠らせてくれ。
 信じてない時点で、効果半減のような気もするけれど、細かいこと考える気力もない。
 便箋に書かれていたとおり、定期券をもって再び布団にもぐりこんだ。


「ようこそいらっしゃいました。水弥様」
 相変わらず笑みを貼り付けた駅員が頭を下げる。
 ……ええと、つまり眠れたということか?
「本日はこちらの方にお会いしてください」
 こちらの言葉を待たず、駅員は内ポケットから一枚の紙をとりだす。
 差し出されたのは四、五歳くらいの女の子がうつった写真。
 この子に会って、どうしろっていうんだ。
 しゃべらせないようにしているとしか思えないタイミングで駅員は続ける。
「もちろん、断るという選択肢はございません。いってらっしゃいませ、良い旅を」
 丁寧な姿勢はくずさないけれど、なんというか、これが慇懃無礼というやつじゃないだろうか。
 四の五の言わず、さっさと行けと言われたほうが……それはそれでムカつくか。
 無言の圧力に負けて、おとなしく停車中のレトロな赤い電車に乗り込む。
 ほかに乗客のいない、がらんとした車内。
 ドアに近い座席に座ると扉が閉まり、心地よいリズムをたてながら電車は走り出した。


 束の間、眠っていたようだ。
 目が覚めると外には花畑が広がっていた。
 程なく停まった電車は、ドアを開けたままなかなか動きださない。
「ここで降りろってことかぁ?」
 まったく、説明不足にも程がある。とりあえず、動き出さない電車の中にいつまでもいても仕方ない。
 駅舎も改札もないのでホームから直接花畑に降りる。
 ふくらはぎ辺りまで花に埋まり、辺りを見回しながら進む。
 春っぽいあたたかな陽ざし。風は穏やかで、花は咲いてるし、まったりとした気分になりそうなものなのに、人の気配がないせいか、不安な気持ちになる。
「……泣き声?」
 どれだけ歩いたころか、ゆるい風に紛れて微かな声がとどく。
 足を速め、声の主の姿を見落とさないよう目を配る。
「いた」
 うずくまっているせいで、頭のてっぺんだけがわずかに花の間から覗いている。
 子どものそばに近づき、かがんで声をかける。
「どうしたの? 大丈夫?」
 驚いたように顔をあげた少女の目は涙にぬれて、真っ赤になっていたけれど、たぶん写真の子どもだ。
「ママが、迷子なの」
 しゃくりあげながら、たどたどしく伝える。
 迷子なのはママじゃなくて子どもの方なのだろうけれど、下手につっこんで、余計に泣かれたら困るので触れないでおく。
「一緒に探してあげるから、行こ?」
 出来るだけ安心させるように、笑みを浮かべて伝えると、少女はまばたきして、そしてはにかむような笑みをうかべる。
 手を差し出すと、小さな手にぎゅっと握り返された。


「ぅあ、朝?」
 良くわからないまま、夢から放り出されたような、妙な気分だ。
 起き上がり、手の中にある謎の定期券に目を落とす。
「せめてもうちょっと説明して欲しいよなぁ、意味わかんなすぎ」
 指先でカードをはじき、ベッドから抜け出す。
 次は絶対、説明させてやる。
「……っていうか、次もやるのか?」
 自分の思考に思わず眉をひそめて、とりあえず定期をベッド脇に放り出した。

【終】




Mar. 2011
関連→連作【眠交電車】