last letter



 カノジョは微笑って、言った。
 そして、いなくなった。
 ボクには、カノジョの残した言葉のイミがわからなかった。なぜ、姿を消したのかも。
 だから、ボクは彼女を追おうと思ったのだ。
 どこに、行ったのかはわからないけれど。
 きっと、見つけられる。なんて根拠のない自信があった。
 ずっと、一緒にいたから。
 カノジョの行きそうなところも、スキな場所も全部知っているから。
 ――街の小さな骨董屋。
 カノジョは、通りの窓から店内をよく覗き込んでいた。
 古びた円卓の上に座る、淡い青硝子で作られた天使の像がお気に入りで。
 でも、コドモみたいに窓に張り付くカノジョの姿は、見られなかった。
 ――ひょろ長い、さびれた塔のてっぺん。
 周囲の建物よりずっと背高な塔の、今にも壊れそうな階段をカノジョは軽やかに駆け上った。
 平らな屋根の上で、仰向けに寝転んで。
 刷毛で塗ったみたいな水色の空をひとりじめみたいにして。 
 手を伸ばして、抱きかかえるように。
 でも、今日の空は鈍色。
 カノジョは、いない。
 ――蒼色から藍色に変わる海。
 いつまでも、カノジョは眺めていた。
 どこまでも透明な蒼が、沈む陽によって燃えるように染まり、それさえも呑み込む深い深い藍色になるまで。あきずに。
 でも、砂浜には影もなく、足跡もない。
 ただ、規則的に響く波の音だけ。
 だれも、いない。
 それでもボクは、カノジョがあとから来るのではないかと。
 カノジョがそうしていたように、砂浜に座って待ち続ける。
 やがて汐は満ち、ボクの足をぬらし、そしてまた干いていく。
 カノジョは来ない。
 ボクの確信なんて、ただの独りよがりだったのだ、と。
 それを認めたくはないけれど。
 寝転がる。
 空にはわずかな星々。
 それから、いつの間にか中天までのぼりつめた月。
 その白光が鋭すぎてボクは目をそらす。
 そして、気づく。
 今にも波にのまれそうな場所に小さな光。
 月光に、反射して。
 まるで、道標みたいに見えて。
 ボクはその光をすくい上げる。壊さないように。
 手の平の中、月明かりを受けて煌くのは間違いなくカノジョの一部。
 いつも、ずっとつけていた耳飾り。
 海色の真珠石。
 ……ほんとうは初めからわかっていたのかもしれない。
 帰っては来ないと。
 還ってしまったのだと。
「ねぇ、ボクもキミと一緒にいたかったよ。ずっと」
 波にとける声。
 とおく、波間に閃きがうかんで、消えたひかり。

【終】




Feb. 2005