きみのいるはし



「何してるの?」
「トモダチ待って……って」
 突然の声に何の疑問も持たずに答えかけてカスガは顔を上げる。
 肩くらいの高さにある橋の欄干に同じ歳くらいのオンナノコが足をぶらぶらさせて座っていた。
 さっきカスガが来たときにはいなかったはずなのに。いつのまに……。
「っーか、あぶねーって」
 すぐ後ろは川で、そこそこの高さがあるし、流れは緩やかだけど落ちたらケガするだけですむかどうか。
「へーきだよ、慣れてるもん」
 いたずらっぽく笑って身軽に欄干の上に立つ。
「ほらね。キミもやる? それともコワイ?」
 む。
「怖いわけないだろっ」
 自慢じゃないが運動神経は悪い方じゃない。
「やってやろーじゃん」
 カスガは欄干に手をかけた。


 目を疑う。っていうのはこういうことをいうのかもしれない。
 橋の欄干に足をかけているカスガの姿を見つけてトキヤは駆け寄る。
 一人で橋を乗り越えて何する気だ。あぶなすぎ。
「カスガっ」
 呼ぶとカスガは欄干にかかった手と足はそのままに振り返る。
「何して……あ」
 欄干の上に立つ女の子に気づく。さっきまでいなかったような気がしたんだけれど……。カスガの陰になってて気づかなかったのか?
「だってさ、ぁ」
 カスガは言い訳するようにつぶやく。危ないことをしたのを見咎められたと思っているのだろう。……それは、そうなんだけれど。困惑するトキヤと少女を交互に見るカスガの様子で挑発されて同じことをして見せようとしたのだと察しをつける。
 とりあえず少女のことは勘違いだということにしておこう。
「良いから、さっさと降りる」
 しぶしぶとカスガは足を下ろす。それを見てついでに少女にも声をかける。
「キミも降りた方がいいんじゃない?」
「だよっ、おれだってさっきそう言ったんだぞ?」
「結局、おんなじことやろうとしてたら意味ないって」
 ため息をつく。
「だって、コイツが怖いんだろなんて言うから」
「違うの? 私は平気だよ。今まで落ちたことないもの。怖がりなんだね」
 少女は欄干にしゃがみこむ。見ているほうが怖い。ちょっとつついたらまっさかさまだぞ。
「別に、怖くたっていいと思うんだけど」
 少女はまじまじとこちらを見る。なんか変なこと言ったか?
「おれは怖くないぞー」
 横からカスガが口を出す。そういう問題じゃないって。
「だからってやるなよ、カスガ。見てるおれがイヤだから」
 釘をさす。そうでないと今にも再挑戦しかねない。
「わかってるって。せっかくの夏休み、ケガしたらもったいないし」
 カスガは少女からちょっと離れた位置の欄干にもたれる。
「つまんないの」
 少女はふてくされたような顔をする。
「じゃさ、一緒に遊びいこ」
 カスガは少女の方を見て笑う。
 少女は驚いたような顔でおそるおそるたずねる。
「良いの?」
「もちろん。な?」
 トキヤがうなずくと少女はほっとしたように笑う。
「おれはカスガ、こっちはトキヤ」
「キミは?」
 手を差し出して尋ねる。
「タカナ」
 応える小さな声。伸ばされた手は重なる前にかき消えた。
「え?」
 あわててのぞき込んだ橋の下は相変わらず静かな流れが続いている。
『ありがとう』
 ふわりと降ってきた声にトキヤとカスガは顔を見合わせる。
「ばいばい」
「またなっ」
 見上げた空にきらりと小さく光がまたたいた。

【終】




Jul. 2005
関連→連作【トキヤ・カスガ】