かえる夜



 それはむきだしのタマシイ。
 迷い、彷徨う。
「あぶないな、アレ」
 すれ違う人間たちには見えていない、影のない人物を眉をひそめて見つめる。
「放っておくわけにもいかない、か。生きてるみたいだし」
 あのままの状態でいれば確実に呑まれてしまうだろう。そして二度と帰れなくなる。
 ため息ひとつついて、そちらに足を向けた。


 自分の馬鹿さ加減にあきれる。
 必死でバイトを重ねてお金をためて、入りなれない店で挙動不審になりつつ選んで買って、綺麗にラッピングしてもらって、喜ぶ顔を想像してにやけてみたりした。
 なのに何故だかそれを渡す当日、今現在公園をくまなくなめるように探し回ってる。渡すはずのプレゼントを。
 約束の時間に間に合うだろうか。っていうか見つかるのか?
 下ばっかり向いていたせいでこった首をほぐすついでに公園の時計を見上げる。八時五十三分。あ、待ち合わせ時間、何時だっけ?
「あの、どうかされたんですか?」
 やわらかな声が突然かけられる。天の助け?
「待ち合わせ……じゃない、探し物をしてるだけ」
 声の主はひょろりと背の高いキレイめの顔をした優男。
「手伝いましょうか? 何をなくしたんです?」
 世の中まだまだ捨てたものじゃない。
「ありがとうございます。えぇと手のひらにのるくらいの白い箱なんだけど」
「どこで落としたんですか?」
 公園で探してることから察しろ。ここで落としたはずなんだよ……多分。
 表情を読んだのか優男は苦笑して質問を重ねる。
「いつ気づいたんです? どうしてなくなったんです?」
 どこか妙な質問。だけどまじめな感じだから真剣に考える。
「いつって三十分、……もっと前か? ポケット確認したらなくて、焦って」
 タダでさえ遅刻してるのにプレゼントまでなくしたなんて言ったら、と想像したら簡単に怒ってる顔があたまに浮かんで、それで……ってことは待ち合わせ時間はとっくに……なんかおかしくないか? いつもならお怒りメールがんがん入ってるころなのに連絡ひとつないし。携帯、どこやったっけ?
 優男は困ったような笑みを浮かべてこちらを見る。その目があまりに穏やかで、気持ちがすっと落ち着く。
「おれ、なにやってるんだろう」
「大丈夫、ちょっと道に迷ってるだけです」
 目を伏せた静かな表情。意味深な言葉。
「えぇと、変なシュウキョウの人?」
 ちょっとヤバイのにつかまっちゃったか?
 優男は曖昧に笑うと、こちらの手をそっと握る。かたい感触。
 なんだよ、おい。
「とりあえず、アナタのいるべき場所に帰ってください。三上俊也さん」
 なんで名前知ってるんだ、と聞こうとした時には真っ暗な闇にのみこまれた。
――
「あ、多佳子ぉ」
 目をあけるとそこには待たせているはずのカノジョの顔。感情が爆発する寸前の。
「ゴメンっ。遅刻してっ。プレゼントもっ」
 怒られる前に謝ってしまえとばかりに言って起き上がる……起き上がる?
 周囲を見回す。公園なのには間違いない。ただ人気のない植え込みの陰で、背中がじんわり冷たいのはなんでだ?
「なにワケわかんないこと言ってんのっ。遅いから電話してみたら木陰から俊也の着信音鳴ってるし、おそるおそるのぞいたら死んでるみたいに倒れてるし。なのに、間抜け面で目ぇ覚ましたと思ったら遅刻とかワケわかんないこと言うしーっ」
 言葉が泣き声混じりになる。
 そういえば風邪気味で寝不足だったっけ。そのせいで倒れたのか?
「ごめん」
 抱き寄せようと手をのばしかけて手の中にある小さな箱に気がつく。あぁ、こんなとこに。
 多佳子の膝の上にそれを置いて泣き顔を引き寄せた。


「覚えてない、みたいだな」
 無事に身体に返った青年の様子を見つめてほっと呟く。
「おシアワセに」
 小さく笑って公園をあとにした。

【終】




Dec. 2006
関連→連作【幽想寂日】