いつまでも、



「トーキーヤー」
 大声とともに、どんどんとドアをたたく音。
 目をこすりながら時計を見る。八時半。
「ちょっと待って、今行く」
 窓を開けて、カスガの大声に負けないように返事をする。
 入り込んできたひやりとした空気に思わず鼻を押さえながら、あわてて窓を閉め、階段を駆け下り、玄関のドアを開ける。
「あけましー」
「おめでとー……早いよ、カスガ」
 朝から元気いっぱいのカスガにトキヤはため息をつくように呟く。
「だって、初稽古が思ったより早く終わったんだよ。風邪ひいたまぬけなセンセーがいてさぁ……今まで寝てたのか?」
 とがめるような口調。
「ゲームの途中で寝てた。カスガが来なかったらお母さん帰ってくるまでそのままだった。アブナイ」
 ばれたら怒られただろう、確実に。新年早々それは避けたい。お年玉の額にも響くだろうし。
「おれのおかげ」
 胸をそらすカスガにトキヤはうなずく。
「で、あがってく?」
「それよりさぁ、初詣いこー」
「いいよ。着替えてくるからちょっと待って」
 パジャマ代わりにしているジャージでさすがに出かける気にならずに、言いおいて家の中に戻る。
「三十秒な。三十、二十九、二十八」
 背後から大声のカウントダウンが追いかけてきてトキヤはあわてて階段を駆け上った。


「誰もいないな」
 近所の、鳥居と祠くらいしかない小さな神社。
「学校裏の八幡さん行けばよかったかな?」
 そちらなら拝殿もあるし、もう少し人もいるだろう。
「いーよ、別に。こういうとこの方が願いごと聞いてもらえそうじゃない?」
 根拠があるのかどうなのか良くわからないことを言ってカスガはお賽銭を投げ入れて手を合わせる。
 トキヤもそれに倣うように手を合わせ、目を閉じる。
「ぬしの願いはかなえよう」
 唐突に聞こえた声に二人は顔を見合わせる。
「何?」
「だれ?」
 きょろきょろと首を動かす。が、それらしき人はどこにもいない。
「ここじゃ、ここ」
 しびれを切らしたのか、いらだったような口調。
 カスガは視線を落とす。
「あ。トキヤ、下」
 カスガの指差す先を見下ろしトキヤは肩を落とす。
「ぜんっぜん、かなってないよ。おれの願い」
 そこにいたのは全長三十センチほどのキツネ。それを見てがっくりと呟くトキヤを慰めるようにカスガが背中をたたいた。


「頼みがあるのじゃ」
 いつの間にか、カスガの足に張りついたキツネは二人を見上げて言う。
「だって、トキヤ」
 どうする? とカスガは視線を送る。
「そんな義理、なくない?」
 キツネの首のあたりをつまみカスガの足から引き剥がす。
「だねー。帰ろっか。ばいばい」
 賽銭箱の上に移動させられたキツネにカスガは手をふる。
「せめて話を聞かんか。まったく近頃の若い者ときたら」
「っぐ」
 キツネはカスガのコートのフードに跳びつく。首がしまってもがくカスガをたすけるためにトキヤはキツネをはたきおとす。
「っおい。なにするんだよ、死ぬって」
「ふつうさ、頼みがあるんならそれなりの態度ってものがあるんじゃないのかと思うんだよね」
 にっこり、笑顔を作ってトキヤはキツネを見おろす。
「あーあ。怒らせちゃった」
「ザンネンだねぇ。誰か他の人見つけて頼んでね。行こう、カスガ」
 トキヤはカスガの手を引く。
「すまんかった。人などめったに来ないので、つい」
 すすり泣くキツネの声にカスガは足を止める。
「ちょっと、かわいそうじゃない? 話くらい聞いてやらない?」
「……お人よし」
 トキヤは苦笑いしていうとキツネに向き直る。
「何の用だったわけ?」
「豆腐屋につれていって欲しかったんじゃ」
 うなだれてキツネは言う。
「とーふ屋? なんてこの辺にあったっけ?」
「見たことない。それに元旦からやってないんじゃない?」
 近所のスーパーだって今日はおやすみだ。個人商店だったらほぼ確実に休みだろう。
 トキヤの指摘で肩を落としたキツネがあまりにも哀れっぽくてカスガは抱き上げる。
「何が欲しかったんだ? コンビニで買えるものなら買ってきてやるぞ」
「あぶらあげ」
 ぽそり、キツネが呟く。
「なんだ、オナカすいてたのか」
「わしじゃなく、あやつが」
「あやつって?」
「相棒やが。風邪ひいたきに、元気出るように思て」
 今にも泣きだしそうなキツネの顔をのぞきこんでトキヤは安心させるように微笑う。
「あのさ、あぶらあげだったらうちの冷蔵庫に入ってるから、持ってくるよ。カスガは一緒に待ってて」
「りょーかい」
 片手にキツネを抱えたままカスガはトキヤに手をふって見送った。


「かたじけない。ぬしらの願い、一つを必ずかなえよう」
 あぶらあげを手に、深々とあたまを下げるキツネにトキヤは苦笑いする。
「いいよ、そんなの。それより早くともだちにもっていってあげれば?」
「そうそ。おれたちもう帰るし。早く良くなるといいな」
 キツネはもう一度ぺこんとあたまを下げると祠に入っていく。
「なぁ、トキヤ。何お願いしたんだ?」
「もう変な面倒ごとに巻き込まれませんよーにって」
「あぁ、だからかなってないって言ってたのか」
 カスガはくすくすと笑う。
「そう。あと、さ」
 となりを歩くカスガの耳元にもう一つの願い事をささやく。
 カスガはびっくりしたような顔をしたあと満面の笑みを浮かべる。
「おんなじ、おれも」
 先に走り出したトキヤをカスガは追いかけた。

【終】




Jan. 2007
関連→連作【トキヤ・カスガ】