とぼとぼ歩く。
三月までは、なっちゃんと、イズミと一緒に帰った道。
今は、一人。
同じ高校に行った二人は、きっと二人で、私がいないことなんか気にしないで、帰ってる。
「学校ちがっても、ずっと仲良しだよ」って、言ってたのに。あんまりメール来なくなったし、たまに来ても、楽しそうな学校の話ばっかりで、ふーん、って感じ。私いなくても、良いんだって。ずるい。私だけ一人。つまんない。
シャッターが下りている店が大半の、寂れた商店街を通り抜ける。
足下にちょうどあった空き缶を蹴飛ばす。
からんからんと、静かな通りに大きくひびく。
転がった空き缶に追いつき、もう一度蹴りかけたところで小さな音を拾う。
「?」
耳を澄ませる。
まだ幼そうな、女の子の声。なんだか聞き覚えのある旋律。歌ってる?
声のもとを辿るように、ゆっくりと辺りを見回しながら歩く。
店舗と店舗のすきまの細い路地の前で立ち止まる。
声はその路地の向こうから聞こえてきている感じ。
「この奥ってドラキュラのお墓だよね」
って言うウワサが小学校の時にながれてた。
コドモのころ、遠目で見た黒っぽい灰色の建物は外国のお墓みたいに見えたから、誰が言い出したか知らないけれど、割とあっさりと信じられて広まった気がする。
今はさすがに信じてないけど、変な人がいるかもという方向でちょっと怖い。
でも、まぁ、女の子の声が聞こえてくるくらいだから危ないこともないだろう。
そっと路地に入りこむと、すぐにちょっと開けた場所に出て、目の前にコンクリート造りの古びた建物が現れる。
もともとは何に使われていた建物なのだろう?
屋上の中央部分にコンクリート製の塔が建っていて、そのせいでやっぱりお墓っぽく見えた。
数段の階段をのぼり、重厚な扉に耳を近づけると、中から声が聞こえる。子どもが入り込んで遊んでるのだろうか? こんな不気味なところで?
半分怖いもの見たさで、扉にそっと力をかける。
思ったよりもかるく動いた扉のすきまからのぞきこむ。
「とっもだち、ひゃっくにん、でっきるっかなっ」
薄暗い建物の中に、奥の窓から入りこんだ光がほこりに反射してきらきらはねる。
その光の真ん中、何かの台の上にすわっている金髪の女の子。
歌っているのは……一年生になったら、だったっけ? 小学校の入学を楽しみにしてる歌。
女の子は繰り返し何度も何度も同じ歌を楽しそうに歌う。
だんだん、はらがたってくる。
「できないよ、百人なんて」
ぼそり、呟いた声はきっちり女の子に届いたようだ。
「なんで?」
ひょい、と台からおりてふわふわとこちらに近づいてくる。
白いワンピースのすそが一緒になってゆれる。
三・四年生くらいだろうか。
不思議そうに尋ねるというよりは、なんだか挑戦的に聞こえた。
「なんでって、出来るわけないし」
そんな、カンタンじゃない。
「それは、おねーさんが出来ないだけじゃないの?」
にこにこ笑って言ってるけど、ちょっと。
「あんたに言われる覚えないんだけど」
「図星だ!」
無邪気に笑う。
むかつく。
「コドモにはわかんないよ」
自分だけ、一人で。
クラスはなんだかいつの間にかグループ出来てて。人見知りだし、声かけるの苦手だし。ひそひそ、なんか言われてる気がするし。どうして良いかわかんない。
ともだちって、どうやってなるんだっけ? なっちゃんとイズミとはどうやって仲良くなったっけ?
「あー、ごめん。泣かないで?」
小さな手が、うな垂れた私のあたまを撫でる。やさしい声と手に余計に涙がこぼれる。
「うーんと、おねえさん、名前は?」
「…………キミカ」
目をこすって涙を拭い、顔をあげる。
同じ目線に女の子の顔。
……あれ? この子、私よりだいぶ背が小さかったような気がするんだけど。
「え? あれ? なに?」
浮いてる。二十センチくらい?
女の子の背中にひよひよと動く白い羽。
「本物?」
思わず手をのばしてさわる。やわらかい。
「うぁ、びっくり」
女の子はあまりびっくりしてない風に言うと着地する。
「天使?」
「んー。いちおう。問題児だけどねー」
女の子は羽をぱたりと一度動かしていたずらっぽく笑う。
「なんでこんなとこにいるの?」
こんな薄暗いところに。たった一人で。
「問題児だから」
なんだか大人びた苦笑いを浮かべる。
「さみしくないの?」
「平気。たまにおねえさんみたいに迷い込んでくる人もいるしね」
なんか、すごいな。かっこいい。
「私って、だめだなぁ。一人はこわいよ」
「それ、普通じゃない? 私はここで、一人で一人だから平気だけど、みんながいるトコで一人だったらやっぱりイヤだよ?」
しずかな声。
そっか。
「あのね、心配しなくても大丈夫だよ。きっとすぐにともだちできるから」
「……ほんとに?」
天使の言葉なら、本当かもしれない。
「うん。でも、だまって待ってるだけじゃダメだけどね。ちょっとは頑張らないと」
言ってることはわかる。
自分から話しかけないと、って。ホントは、はじめっからわかってた。
ただ、それで無視されたらとか考えて怖かったから。でも、一人でいるのはもっと嫌で。
「……できるかな」
「大丈夫だよ。だって、私に平気で話してるし。おんなじだよ」
天使がくりかえし大丈夫だよ、って言うからホントに大丈夫な気がしてくる。
「うん。がんばる」
「うん。応援してる」
にこにこ笑って手をふる天使に手をふりかえして、扉を閉める。
夕暮れになった商店街を、顔をあげて歩く。
がんばろう。
そして、報告に来よう。
ぜったい。
Apr. 2011
関連→連作【カラノトビラ】