見つけて。
だれでも良いから。
――ほんとうは、それがアナタなら良いのに。
妖精かと、思った。
イルミネーションに彩られた木の下で、幹に手を触れている少女のことを。
実際のところ、お伽話を信じるような少年期はかなり昔に通り過ぎてしまっていたし、その少年時代でさえそういう――非現実的なことを盲信するようなタイプでもなかった。
だから、その時その少女を見て妖精か? だなんて一瞬でも思ったのは、多少入っていたアルコールとかれこれ一週間近く続いていた微熱のせいに違いない。
呆然と立ちすくむこちらを少女は無表情に見つめ返す。
その様子があまりにも現実離れして見えて目をこする。
まばたきを数回して目を開けると、そこに少女はもういなかった。
その後、見かけることのないままに十日ほどたつと、少女のことは忘れかけていた。
正しく言うなら酒と熱の見せた幻くらいにしか思えなくなっていた。
だから同じ場所で、同じ姿の少女を見かけたときには驚いた。
大きく息を呑み、瞬きをする。
今日はお酒も飲んでいないし、風邪も完治している。
幻を見るような要因は思い当たらない。
少女は振り返る。
あの日と同じような無表情。
つ、と少女の足元に視線を落とす。
足は、ある。その下には影も。
そして少女の顔に視線を戻す。
ガラス玉のような少女の目を見つめる。
何をしているのだろう。
決して早い時間ではない。日付もそろそろ変わっている頃だろう。
そしてココはわざわざ見物に来るほど出来の良い電飾がされているわけでもない。
その証拠に辺りを見回しても他に人はいない。自分と少女以外には。
長い間、見つめあった。
そんな気がしただけで、本当は大した時間ではなかったのかもしれないのだけれど。
少女の表情が柔らかくゆるむ。
「コンバンハ」
あいさつと一緒に白い息が空気に溶ける。
「……こんばんは」
ぁあ、現実だ。
少々ほっとして返した声が間抜けに響く。
「ワタシのこと幽霊かなって思ってるでしょ?」
面白がっているような声が、先ほどまでの妙な非現実感を払拭した。
「そ、んなことはないよ」
嘘ではない。
人間なのか? とは思っていたけれど。
「ほんと、かなぁ?」
まるで信じていない風に少女はいたずらっぽく笑った。
高校生か中学生か微妙な年頃だ。
いまどきのコにしては小柄で化粧もしていないようにみえる。
長い髪に白い肌。
はじめ見た無表情が嘘みたいな無邪気な笑顔。
「キミは、何をしているの。こんな所で。……前もここにいたよな?」
少女の表情が一瞬厳しいものになる。
「ぁあ、あの時もおにぃさんだったんだ。キブンテンカンだよ」
それは見間違いだったように少女は何でもないように応える。
「気分転換?」
「受験勉強のね」
伸びをする。
「こんなところで?」
「そう。人気がなくって、誰かに見られることもほとんどなくって息抜きにはちょうどいいから」
幹に背をあずけて少女は屈託なく笑う。
「でも危なくない? こんな人気のないところで」
「人のいるところの方が、危ないよ」
どこか突き放すような呟き。
確かに、それは言えるけれども。
「それなら、さ。こんな夜遅くじゃなくて明るいうちに出歩いたほうがいいよ」
「だって、可哀想じゃない?」
天を仰ぐ。
「何が?」
唐突な言葉に眉をひそめる。
「自分で好んでもいない電気巻きつけられて、だからといって誰にも見てもらえなくてさ。誰か、一人でも見つけてくれてたら報われる気がしない?」
樹を見上げて、同意を求めているわけでもなく、独り言のように。何を言いたいかよく判らない。
というか、話が逸れてないか?
この年頃のオンナノコっていうのはこんなものなのだろうか。
「それは、キミの事?」
思わずこぼれ出た言葉に少女は穏やかな笑みをこちらに向ける。
「アリガトウ」
どういう意味か聞き返そうとした時、既に少女は低い柵を跳び越えて公園からいなくなってしまっていた。
「……ワケ、わかんね」
小さな後姿を見つめて、呟いてみた。
翌日。
ほぼ、同じ時間。同じ場所に少女の姿を探す。
「居るわけ、ないか」
毎日、来ている訳ではないだろうし。
半分、ほっとして相も変わらず光をまたたかせる木の横を通り過ぎようとして足を止める。
木の下に白いかたまり。
近づき、目を凝らすとコートだとわかる。あの少女が着ていたものと同じに見える。
……。
手を、のばしかけて躊躇う。
何故、こんなところに落ちているのだろう。
マフラーや、手袋といったものならまだわかる。
が、普通コートを忘れていくだろうか。
たとえ、昼間であっても外でコートを脱げるほど暖かい季節でもない。
嫌な予感。
が、このまま立ち去るのも何となく……後味が悪いというか。
「まったく」
意味のないぼやきを口にしてコートを拾う。
その下に。
コートに隠されていた。
地面の下から白く、細い。
「――っ」
飛び下がる。
それは、招くように。
助けを、求めるように。
目が、はなせない。
誰の、手だ……?
「良かったね、見つけてもらえて」
一度掘り返されてやわらかくなった地面に立って少女は相手に微笑う。
その視線の先には半分透けた少女。
自分とよく似た格好の。
こちらを見て、そして空気にとけた。
微笑ってくれたような気がした。
――
「あのおニーさんには、かわいそうなことしちゃったかな」
小さなぼやきは夜に紛れ込む。
それはカノジョの希望で。
生前の彼女が一方的に想いを寄せていただけで。
それでも、叶えたいと思ったのは。
ただ、それがキレイな想いだったから。
無意味であっても。
届かない声を残す。
「オヤスミナサイ」
Jan. 2005