ホール



「っは?」
 完全に聞き流していた結城はテキストから慌てて顔をあげる。
「きーてなかったなぁ?」
 むくれた様子で西村は言う。
「ごめんって。でもテスト直前に話かけるお前の方が悪いと思う」
 周囲はテスト十分前の悪あがきをしている者がほとんど。
 ごく少数の、完全に諦めて話し込んでいるのもいるが、結城としてはまだ希望を捨てていない。
「今更、無駄じゃない?」
 頬杖をつく西村の机の上はテストを受ける準備万端、といった風に筆記具以外はしっかり片付けられている。
「それは悟りきった意見だとは思うけどさ。西村みたいに頭良い奴には判らないギリギリの葛藤というものがあるんだよ、一般人には」
「わかった。楽しんでるんだな?」
「……。あとで、な」
 半分くらいは本気で言ってる辺りが厄介だ。まともに付合ってたらキリがない。
 とりあえず放っておくことにして、結城は再度テキストに目を落とした。。


「昔、うちにラジコンがあったんよ」
 テスト最終日を何とか乗り切って、打ち上げ代わりにファストフードに立ち寄る。
 打ち上げというからには、ぱぁっと散財したいところだが懐事情がそれを許さないあたりが物悲しい。
 ポテトをつまみながら、何の脈絡もなく始まった西村の話に結城はつづきを促す。
「車の?」
 子供の頃遊んだ赤いラジコンカーをぼんやり思い出す。すごく大事にしてたけど、どこに行ったんだっけ、あれ。
「そうそう」
「で、ラジコンの車がどうしたって?」
「そうじゃなくてさ。それを見て思ったんだよね」
 テリヤキバーガーで口の中がいっぱいなので結城は目線だけで先を促す。
「思ったコト、ない? 自分の行動は神の手の内だって」
「は?」
 お釈迦様の手の中で暴れる孫悟空が脳内に浮かぶ。
「西遊記じゃないよ?」
 結城の思考回路を見通したのか、間髪入れずに西村は口をはさむ。
「良くわからないが、で、神の手の内が何?」
「子供の頃ってさ、神サマの存在信じてなかった?」
「んー。信じてたって言うより、いたね。当たり前に」
 微妙にずれていく行先が謎な質問に、結城はとりあえずついて行く。
 空の上には天国があって、まっ白いひげをはやした神サマがいて。
 地面の下には地獄があって、そこには怖い顔した閻魔サマ。
 そんな風だと思ってた。当たり前に。
「ね。で、空の上の神様は、リモコンを持って地面にいる人間を動かしてる。ラジコンカーで遊ぶみたいに。って思ってたことがあって」
 眉間にしわを寄せてサラダを食べる西村をまじまじと結城は見つめる。
「……」
「ふと思い出すとすごくヤだよね。今こうして向かい合って食べてるのも、全部。コントロールされてるとしたら」
 想像してみて、確かに嫌になる。
 どこまでが自分の意思で動いているのか、とか、答えの出ない深みにはまっていく感覚。
 西村は気分を和らげるためにか人差し指で自分の眉間をほぐしている。
「なんでそんなこと思い出した訳?」
 なんで、こっちにそういうこと話す訳? と続けたいのを結城は抑える。
 テスト明けで解放感たっぷりの浮き立つ気持ちが、すっかりなくなってがっかりだ。
 結城がブルーな気分になっているにも関わらず眉間のしわが取れた西友はからりと言う。
「だから。無駄なあがきしても結局、結果は決まってるかもよっていう」
 言葉の意味を捉えるのに結城は時間をかけてしまう。
 なんだか、すごく現実的なコトを言われた気がした
 つまり、あれだ。テスト前に放置したのが気に入らなくて、嫌がらせなわけか?
「ここまで引っ張っておいて、それが、結論か?」
「世の中、なるようにしかならないんだったら必死になるコトないよねぇ」
 のんびり言う西村に結城は軽い殺意を覚える。
「で、テストの邪魔されて? その上、うきうき気分まで削がれて?」
 言いながら溜息が漏れる。
「これも、運命ってやつじゃない? ごちそうさまでした」
 いつのまにかトレイを空にしてしまった西村はにこにこ笑っている。
 毒気を抜かれ結城も笑った。
 これも運命なら仕方ない。

【終】




Apr. 2000