タイトル(たいとる)



 たまごたちの夜。

「トーキーヤっ」
 声に合わせて跳ねるようにやってきた同級生にトキヤは上履きをかばんにつっこみながら返事をする。
「何、カスガ。悪だくみ?」
 こんな口調の時は、だいたいそうだ。
「今日の夜、ヒマ?」
 カスガは靴をはきながら他のクラスメイトに聞こえないように呟く。
「抜け出す気か? また? 怒られるぞ?」
 案の定。
 先月、夜に家を抜け出してしっかりお説教を食らったのに。
 親からだけでなく、センセイからも。
「せーっかく、春休みになったんだし。ぼーけんの季節でしょう」
 カスガの場合、春夏秋冬お構いなしのはずだ。
「で、今度はどこ?」
 結局、トキヤも一緒に行ってしまうので同罪なのだけど。
「例のソーコ」
 こっそり、耳打ち。
 通学路から少し路地を入り込んだところにある会社の倉庫は近所のコドモの間では有名だ。
 早朝や、夜に中から子供の騒ぐ声が聞こえる、とか変な影がゆらゆらするのを見た、とか。
 幽霊屋敷ならぬ化け物倉庫。
 平日の昼間はフツウに会社の人が使っているのでどこまでホントかわからないが。
「どーやって入り込むんだよ」
「あそこの倉庫、大体毎日八時くらいに閉めるんだよ。その前に入り込めば平気だろ?」
「何でそんなこと知ってるんだ」
「剣道の帰りに通るんだよ」
 わざわざその道を通らなくても帰れるはずだが虎視眈々と機会を狙っていたらしい。
「だから、さ」
 満面の笑み。
「りょーかい。ちゃんとおれんち泊まるって言って来いよ?」
「いつもどーりな」
 トキヤはトキヤで、カスガの泊まりに行くと伝えて。
「ん。じゃ、七時半に角のトコ集合」
 お互いのこぶしを軽くぶつけて約束する。
「あとでなっ」


「わり。遅くなった」
 キャップを被ったカスガは息をはずませて言う。
「カスガ、そのカッコ……」
 全身黒ずくめの姿を見てトキヤはフクザツな表情をうかべる。
 外灯の下、いかにも悪いことをしますと主張している。
「キブン、キブン」
 妙に浮かれてカスガは気にしない。
「ど? まだいる?」
 細い路地から倉庫の方を覗く。
 倉庫も、その隣にある事務所もまだ明るい。
「今のトコ、事務所で仕事してるみたい。倉庫に人の気配はないから、入っちゃうか?」
 タイミングを外すと入り込む前に鍵をかけられてしまう。
「だな」
 顔を見合わせて頷く。
 音を立てずに、そろそろ。でもさっさと。
 外灯にあたらないように、事務所の様子をうかがいつつ倉庫に入り込む。
 しんと静まりかえった倉庫。
 左右にスチールの棚がずらっと並んでいる。
 どこにもあやしげなところはない。
「奥、行っとこう」
「……思ったより小さい倉庫だな」
「その上、散らかってる。ほこりっぽい」
 奥に向かって歩きながら小声で評する。
 棚のない空いたスペースには何やらごちゃごちゃいろんなものが、つつけば崩れそうなバランスで積み上がっている。
 空気はどことなく砂っぽい。
「もーちょっと、整理せーとんしとけって感じ?」
 棚に入りきらないらしい段ボールも点在している。
「おれだったら、こんなトコで仕事したくない」
「どーかんっ」
 倉庫の奥、大きめの段ボールが一応秩序だって積んであるように見える隙間に入り込む。
「ここなら、簡単に見つからないだろ」
 もしヒトが来たとしても影からこっそり移動できそうだ。
「じゃ、デンキが消える前にお弁当にしよっ」
 背負っていたリュックをカスガはおろす。
「さすが」
 準備がいい、というべきか悩んでトキヤは語尾をにごした。


「まーさかっ、こんな時間まで付き合わされるとはねぇー」
 女の声にトキヤとカスガは息をひそめる。
 それほど近くにまでは来ていないようだ。
「スミマセンって。ちゃんと晩飯おごりますから。倉庫までついてきてイヤミ言わないでくださいよー」
 ナサケナイ男の声。
 ふ。と倉庫が暗くなり、がらごろろがしゃん。と重たい扉が閉まる音。
 パキン、と鍵をかけたらしい音が倉庫に響く。
 男と女の声が遠ざかっていく。
「行った、かな?」
「も少し、静かにしてよ。懐中電灯の光で気付かれたらまずいし」
 忘れものー、とか言って戻ってこられたらやばすぎる。
 暗がりの中、手探りでお弁当とお菓子の残がいを片付ける。
 裏手で車のエンジンがかかり、そして走り出す音を確認して指で丸を作る。
「オケ?」
「OK」
 同時に懐中電灯のスイッチを入れる。
「っうわっ」
 カスガは懐中電灯を落とす。
「?」
 トキヤはカスガの照らしていた辺りに懐中電灯を向ける。手のひらサイズの大きなクモが光から逃げるように隙間に逃げ込んでいく。
「びびったー」
 大きく息を吐いてカスガは懐中電灯を拾う。
「おまえの声にびくったよ、おれは」
「キライなんだよっ。なんで、あんなに足がいっぱいついてる必要があるよ?」
 口を曲げてカスガは言う。
「おれは、足がない奴の方がヤだけどね。……っぷ」
 先に歩きだしたトキヤが突然立ち止まる。
「どした」
「サイアク。クモの巣」
 顔でクモの巣を破壊したトキヤは袖口でぬぐう。
 ふいてもふいても、まだ絡みついているような感触がキモチワルイ。
「これなら、化け物倉庫ってウワサがたつはずだよ。やだなぁ。もう、何にも出てこないといいなぁ」
 クモが既に化け物と言っていいほどでかい。
「……カスガ、あれなんだ?」
 トキヤの指差す方向を見るとなにやらぼんやり灯りが飛んでいる。
「ホタル、とか」
「こんな時季に? それにしては、おっきくないか?」
「じゃ、火の玉?」
 そんなのは夏にお墓に出てくるべきもので春の倉庫に出るのは間違っている。
 ふよふよ近づいてくるモノを、目を凝らしてみる。
 いつでも逃げ出せるように体勢を整えて。
「トキヤ、なんか羽根がついてるよーに見えるのは気のせいか?」
 ちょうちょのようなモノが光をまとっているように見える。
『ちょーど、良いところにっ。みえてるー?』
 光の球からオンナノコの声。
 トキヤとカスガは顔を見合わせる。
「見てないし、聞こえてないってことで」
「……多分オレたちにとって、ちょーど悪いトコロ、だよな」
 こそこそ相談してうなずく。
『ねぇ、ねぇってばぁ』
 目の前にまでやってきてとんでいるのは絵本に出てきそうな妖精。
 ちょうちょのような羽根の動きを目で追わないよう二人は下を向いて歩を進める。
『コドモのくせにぃ。見えないなんて純粋なココロの欠片もないわねぇ。……んー、見るからによいこの顔はしてないわぁ』
 失礼な言いぐさだが二人は無視を続ける。
『っもう。かわいげないコたちねぇっ。こっちは命かかってんだからぁ』
 妖精はトキヤの髪を思いきり引っ張る。
「っ痛」
「おい、おまえ、トキヤに何してるんだっ」
 カスガは妖精をつかまえる。
「ばか、カスガ」
『なーんだ。やっぱり、見えてるんじゃない。ね、助けて?』
 羽根をつままれているクセに妖精は悪びれない。
「ごめん、トキヤ。でも、こいつタイドでかい」
「ホント。セーサツヨダツケンはおれたちにあるのに」
 トキヤはつままれたままの妖精に目を合わせて言う。
 握りつぶすのなんかカンタンだ。ホントにやったら気持ち悪いことになりそうだけど。
『わるかったってばぁ。仲間がクモに食べられそうで、急いでたんだもんっ。少しくらい口が軽くなったって仕方ないでしょうぅ』
 何やら意味不明のイイワケをしながら妖精はバタバタ手足を動かし暴れる。
「ほんっと、聞かなきゃ良かったよな」
 クモ、と聞いてカスガはがっくり肩を落とす。
『聞いて見捨てるほど、人でなしじゃないわよ、ね?』
 カスガの手から自由になった妖精は慌てているようには見えない笑顔を浮かべる。
「しょーがないな」
 トキヤはカスガを引っ張り上げる。
『きまりっ。はやく、はやくっ』
 ぱたぱたとはしゃいで先に飛んでいく。
 その後に続きながらカスガはぽつんと呟いた。
「あんなタイドだと、助けがいがない」


『おっそーい』
 棚と棚の間、オトナ一人がやっと通れるような通路の行き止まりから文句の声。
 懐中電灯で照らすとトンボみたいな透明な羽根の妖精が、きらきらひかるクモの巣に大の字になって張り付いている。
「でっけぇ、クモの巣」
 トキヤたちも張り付けられそうなくらいに大きい。
「これだけおっきいと、作ったクモも大きいだろうな」
 トキヤの言葉にカスガは顔をしかめる
「ヤなことゆーなよ」
『そーなのよ、おっきいのよ』
『はやくはやく。クモのいない今のウチに助けてよっ』
 ちょうちょ妖精とトンボ妖精が口々に言う。
 うるさい上、どちらも態度が大きい。
「とりあえず、手で触りたくないよな」
 先ほど、顔に被っただけでじゅーぶんだ。
「……入口のトコにほうきがあった。取ってくるよ」
 カスガは言うと同時に走り出す。
『ゲンキねっ』
『走れっ、走れっ』
 助かることがわかってるせい、と言うより元々だが緊迫感がない。
「お気楽だなぁ」
『だってぇ、クモが戻ってくるのっていつも朝方だもん、ねぇ』
『そうそう。クモの巣でねばねばするのは気持ち悪いけどぉ』
「……たっだいま」
 竹ぼうきをかかえたカスガが戻ってくると妖精二人は今まで以上にはしゃぐ。
『やったね、これでやっと自由の身』
『日頃の行いがいーとピンチの時にはちゃんと助けが入るのねっ』
「いー性格」
「あつかましー。カスガ、おれがやろっか?」
 横をすりぬけるカスガにトキヤは声をかける。
「へーき。本体がいなけりゃ、怖くないし」
 カスガは剣道の構えをして竹ぼうきをクモの巣に振り下ろす。
 面、一本。
『っうわ。らんぼー。もっとてーねーにあつかっか……きっ』
 トンボ妖精は一刀両断されたクモの巣に張り付いたままバランスを崩す。
 ちょうちょ妖精がそれを助けようとして固まる。
『くっ、』
「……げ」
 妖精の目線を追ってカスガは振り返る。
 棚の下から出てきたのはカスガの顔より大きそうなクモ。
 戻りは早朝じゃなかったのか?
 トキヤの横をすり抜けすごいスピードで近寄ってくる。
 これだけ大きいと妖精たち丸飲みどころかトキヤたちもかじられかねない。
 カスガは持っていた竹ぼうきを投げつける。
 音と振動に驚いてかクモは立ち止まる。
「カスガ」
「ん」
 カスガが妖精二人をつかみ取りポケットにつっこむ。
 『ぎゃん』とわめき声が聞こえたがムシする。
 トキヤはそれを確認して棚にある箱をぶちまける。
 中に入っていた細かい金具が大グモに降りかかる。
「行くぞ、カスガ」
 先に行くトキヤを追いかけてカスガはその残がいを跳び越した。


『やったー』
 倉庫入り口あたりまで戻ってきて四人は息をつく。
「マジに食われるかと思った。こえぇー」
『ブジでなによりー』
 誰のせいでこんな目にあったと思ってるんだ。
 恨みがましく妖精をにらむが全く堪えてない。
「つかれた」
『ありがとね。お礼に何か欲しい?』
 トンボ妖精は何とかクモの巣をはがし終わり言う。
「……別にいいや」
「おれも。だって、ろくなことにならなさそーだもん」
『あ。かわいくない』
『まったくだわ』
 妖精二人は顔を見合わせ悪だくみの顔をする。
 そしてトキヤとカスガに近づく。
 ちゅ。
『おれい~』
『うれしい?』
 頬に触れた小さな小さなくちびる。
 トキヤとカスガの声がそろう。
「……びみょー」


「……おい」
「……にゃー。もぅちょっとぉ」
「もうちょっとじゃない、起きろっ」
 大きな声にトキヤは目をさます。
 横ではカスガが寝返りをうってもう一眠りしようとしている。
「やっと一人起きたか。なぁに、やってんのかな、倉庫の中で」
 まだ若そうな男が立っている。
 怒ってはいないようだが。
「……ごめんなさい」
 こういうときは先にあやまってしまうに限る。
 そしてカスガをゆすって起こす。
「にゃ……おはー……あれ、だれ?」
 寝ぼけてる。
 男はがっくり肩を落とす。
「探検するのはいいけど、せめてばれないように撤収するくらいのコトしろよ。緊張感ねーなぁ、寝ぼけるほど熟睡かよ」
 お見通しらしい。
「あーっ」
 やっとアタマがはっきりしてきたらしいカスガは慌てて立ち上がる。
「開けたのがおれで良かったなぁ。他のおっさんだったら家に通報されるぞ」
「……ははははは。ごめんなさい」
 カスガはごまかし笑いをしてあやまる。
「いーよ。おれも経験あるし。でも、おまえら学校は?」
 やれやれと言いたげに男は肩をまわす。
「春休みー」
 二人は声をそろえる。
「げ、うらやましい……ほら、おかーさんたちにばれないようにさっさと帰りな」
 ふにゃ、と笑う。人のいいにーさんだ。
「はーい」
「おにーさん、もーすこし倉庫片付けた方がいいよー」
「ほっとけ。いそがしーんだよっ」
 さっさと行けといわんばかりに手をふって男は言う。
 カスガたちも手をふりかえした。
「ばいばーい。シゴト、がんばってねー」



 ニワトリたちの朝

「タイカくーん」
 間延びたあまったるい声。が、これにだまされてはいけない。曲者なのだ。
 内心を隠しきり声の主に顔を向ける。
「なんですか?」
 どうせろくなコト言わないぞ、この人は。
「オーダーでーす」
 受話器をおろしながら指に挟んだメモを振る。
「……いま見積もりやってるんですが」
 手、放したくないなぁと言うのを控えめに進言する。
「私ねぇ、この間倉庫でカマキリに遭遇しちゃってさぁ。また出るとコワイじゃない?」
 あんたがコワイよ……なんてことは後輩としては言えるわけない。
 仕方なく立ち上がり、メモを受け取る。
「……サキエさん。これ、ぼくのお客さんじゃないです」
 メモの頭に書かれている会社名に眉をひそめる。
 こういうモノは担当営業に渡せよ。
 もしくは自分で対処しろよ、営業アシ。
「だって、外山さん忙しそーだし」
 おれだって忙しいわっ、なんてことは……言えない。
「……行ってきます」
「ありがとぉ」
 にっこり、トドメを刺すような微笑にがっくり肩を落とした。
 惨敗。


 夏はサウナ。冬は冷凍庫とサイアクな時期が終わり春の倉庫は過ごしやすいと思っていたら大間違い。
 春の陽気に誘われて出てくるのは毛虫やクモやカマキリ等々あまり直面して楽しくない昆虫。
 おまけに古いせいでひび割れた壁の隙間から得体の知れない蔓植物は生えてるし…………ろくでもない。
 タイカは溜息をひとつ吐いてリストの上から順番に部材を出していく。
 ふよふよと揺れるモノが視界の端に入り思わず固まる。
 何度見ても慣れない。
 コンクリ床の割れ目から、光合成があまりできずに青白い色をした蔦がすきま風に揺れている。
 キライなんだよっ。
 虫類もこういう微妙に気色悪い植物もっ。
 げし、と段ボール箱にケリをいれて八つ当たりしてみる。
「オトコノコだもん、へーきよねぇ?」
 なんてサキエは言って、もろもろ押し付けて来るが。
 男女平等とかいいながら、いい性格してる……。
 腹を立てるだけ労力のムダだ。
 リストのモノをすべてそろえ終わって事務所の戻ろうと……。
 足を止める。
 何か、違和感。
 見なれてるはずの倉庫にあってはならないモノが視界の済みにひっかかったような……ひっかかってないことにしよう。
 ここのところ残業続きで疲れている。
 余計なことを考えず仕事をさくさくこなして今日こそはめざせ定時退勤。
 タイカはさっさとそこから離れることにする。
「?」
 進めようとした足が何かにひっかかって進まない。
 足元を見る。
 気のせいの産物がくっついているように見える、が何にも見なかったことにしてムリに足を動かす。
 足が重い。
『見て見ぬフリはいかんのぅ。義を見てせざるは勇なきなりと言うであろう』
 足下のそれが何やらワケの分からないことを言う。
 疲れてる。絶対疲れてる。今日はこのまま早退した方が良い。
『いやはや。別に兄さんは幻を見てるわけではないぞ。……しかし、その年になってわしを見られるというのは純粋というか……バカかの?』
 失礼な言いぐさに力が抜けしゃがみ込む。
 そこにいるのは小人、といえばそうなのだがそれほど愛らしいモノでもないような生き物。
「離していただけませんかね?」
 これが現実にいようと、いなかろうととりあえず仕事に戻りたい。
『いや、話せば長くなることながら』
 そうではないとつっこみを入れるべきだろうか。
 いや、でも一応足からは離れてくれてはいるんだが。
『わしらはここに長年住んでいるんだがのぉ。ここはナゼだが、たまり場みたいにいろんなものが好んで住んでいるんだが、わしらもその中の一人じゃ』
 もっと簡潔に話せば長くならないのだろうがこの小人じじぃ、かなり耄碌してるようだ。
 このまま、そろそろと動けば気付かれずに立ち去れるかもしれない。
 しゃがんだまま、足を動かす。
 が、こういう時はなぜだか素早い小人はタイカの足にタックルをかけてくる。
『まだ、話は途中じゃ。若者はせっかちでいかん。で、のぅ。わしらは栄養をここの地下から頂いておるのだよ。ここは元々放牧地でのぅ。そのせいか栄養がよいのじゃ』
 そりゃ良いことで。
「じゃ、このままここでゆっくり住んでくださいよ。おれに構わず」
『トコロが、じゃ。その栄養源を最近横取りする輩がおってのぅ。困っておるのじゃ』
「そんなの、当人同士で話し合って解決してくださいよ。おれには関係ありません」
 構ってられるか。
 立ち上がる。
『冷たいこと言うのぅ。わしとおまえさんの仲じゃないか』
「どんな仲ですか……」
『ダメなのじゃよ。あれとは種が全く違っておって話が通じない』
 全くこちらの話を聞いていない。
「そんなの、おれだって通じません」
 この小人で通じなくて、タイカが話し合いできるはずがあるだろうか。
『いや、話し合ってくれなくても良いのじゃ。ただ奴らを撤去さえしてくれれば』
 自分らでやれ。と言いたいところだが、結局話を長引かせるだけでろくな結果にならない気がする。
 それならば自分でさっさと片付けて仕事に戻った方がマシ。
 そう結論づけてタイカは大きく息をつく。
「何をしろって言うんですか?」


『これを抜いて欲しいのじゃ』
 小人が指差すのは青白い例の蔦。
「……」
 できれば触りたくないと同僚全員の共通の思いからままそこにずっと居座りつつけているモノ。
 当然、タイカも触りたくない。
 って言うか、素手では絶対にゴメンだ。
 倉庫各所に置かれた軍手をはめ、その上から部材を入れるように置いてあるビニール袋をはめる。
『重装備じゃの。そんなコトしなくともかみつかんし、毒もないぞ?』
 なら自分でやれ! と言っても無駄なのでとりあわずしつつ青白いひょろひょろをつまむ。
『そんな上の方をつまんでもぬけないぞ。根っこに近い方をつかむのじゃ』
 そんなことはわかっている、がココロの準備って言うモノも必要なのだ。
 下の方にあるじゃまな段ボールをどかしてタイカは言われた通り根の方をつかみ引っ張る。
 ずぶ。と何だか微妙な感触。
 ぬけた部分に持ち直してもう少し力を入れる。
 ぶぶぶ。細い隙間から土の付いた根が抜けてくる。
『ほら、もっとじゃ』
 思ったより深い根を何度も持ち直して引っ張る。
「いったい、どこまで続いてんだっ」
『……さぁ、のぅ? 大体見えてる部分の数倍は根があるとは言われておるが』
 タイカは手を止めて青白い部分を見つめる。
 ざっと見て二メートルほど。と、言うことは根は十メートルくらいあるということだろうか。
 ……今、抜いた部分は一メートルといったところか。
 ゆっくりやっている場合ではない。
 力を込める。
 ずぽ。
 突然手応えが軽くなりトキヤはしりもちをつく。
『ぉお。今回のは短かったのぉ。良かったのぉ』
 ぱちぱちと拍手される。
 やかましい。
「じゃ、そういうことで」
 時計を見るともう一時間もたっている。
 予定外だ。
『お待ちなされ。お礼にこの蔓を持っていかれるが良い』
 いらない。
 何に使えというんだ。
「お礼は、おれを呼び止めないことのがありがたいです。では、さようなら」
 ふりかえらずにタイカはさっさと立ち去った。
『せっかちじゃのぅ』


「いつまで倉庫で遊んでるの?」
「……聞かないでください。不慮の事故です」
 怒ると言うより呆れ声のサキエにタイカは疲れきった声を出す。
「ったく、要領悪いなぁ。タイカくんは」
 あんたのせいでこうなったようなモノだ。とは言えずにタイカは溜息を吐く。
「つくづくそう思ってるところです」
「見積もり、溜まってるの貸して。やっとくよ」
 サキエの手が差し出される。
「ありがとうございます」
 鬼の目にも涙?
「倉庫に行ってもらっちゃったし、ね」
 設計書の束を受け取りニガワライをうかべている。。
「よろしくおねがいします」
 素直に好意を受け、手を合わせる。
「うん。だから、また倉庫に行ってね? ゴメンね?」
 代わりにメモを渡される。
「……う。了解しました」

【終】




Dec. 2002
関連→連作【トキヤ・カスガ】