ひかる雪



 たった一つで良かった。
 それさえ、あれば。


 さむくて、凍えそうな冬。
 ……何でこんなところにいるんだろう。
 誰にも、見向かれないままに。


 クリスマスには良い思い出がない。
 小さいころ、枕元にあったおもちゃはことごとく自分の希望するものとはかけ離れたものだったし。
 事故ったり、彼氏と別れたり、入院したり、……だったり、とにかくろくな事がない。
 降り出した雪に、肩を寄せ合って歩くカップルや、道行くシアワセそうな顔した人たちを見ているのも癪でイルミネーションに彩られた木の下で道に背を向けて立つ。
「寒く、ないですか?」
 ふと、風から遮られる感覚。
 自分に向けられた言葉だとは思わず反応が鈍る。
 振り返ると背の高い青年が柔らかな笑みをたたえて立っている。
 キャッチセールス?
 イブの夜、一人で立っている女など良いカモだろう、確かに。
 何だって、いいや。
「寒い」
「ですよね」
 笑みがより和んだものになる。
「キャッチ?」
 尋ねる。
 人恋しくて。
 たとえキャッチセールスだとしても、話が出来ることが何だかうれしくて、尋ねた。
 青年は自身の顔を指差す。ちょっと困った顔がかわいい。
 うなずき、肯定する。
「ちがいます。雪宿り。まさか降り出すとは思わなくて」
 雨宿りなら聞くけど雪宿りなんて聞いたことがない。
 それも、この程度の雪なら走って帰ったほうが早いと思うのだけれど。
 変な人。
「あ、笑われた」
 思わずもれた笑みに、青年は拗ねたような顔をする。
 が、すぐにもとの笑顔に戻る。
「これ、どうぞ」
 冷えてしまっている指をこすっていると青年はポケットを探り、すでに封の開いたカイロを渡してくれる。
「あ、ありがと」
 あったかい。
「どういたしまして。良ければこれもどうぞ」
 返事を待たずに青年は使っていたマフラーをかけてくれる。
「手馴れてるね?」
 あたたかいマフラーをありがたく巻きつけながら言うとにっこりと笑顔が返ってきた。
 ほんとに慣れてるな?


「私ねぇ、ついてないんだよね」
 その穏やかな微笑に、たまっているものが吐き出したくなり口を開く。
「うん?」
 やさしいけれど何もかも見通すかのような目。
「今度はうまくいくって思ったのになぁ、何でこんな風になっちゃうんだろうね」
 自嘲的に笑う。ちょっと。
 穏やかな青年の顔が、ほんの少し曇る。
「アナタがそんな顔しなくてもいいのに」
「ごめんなさい」
 柔らかな声。浸みわたる。
「私、シアワセになれるかなぁ?」
「……何か、欲しいものはありますか?」
 質問には答えないまま吐息のように尋ねた青年に微笑いかける。
「うん。欲しいものはあったんだけどね。私はカレの中に残っているのかな?」
 たとえ、どんな形であっても。
 青年はうなずく。痛々しい表情で。
「やさしいね」
 こちらを想ってくれているのがわかる。
 初めて会った人間をこんなに思い遣っていては身が持たないだろうに。
「ぼくは、やさしくないです……ごめんなさい」
 伏せた瞳。謝る必要なんてないのに。
「でもカイロくれたし、マフラーも。話も聞いてくれたし」
「気づいて、みえるんでしょう?」
 かすれた声。
「私が、もういないってこと? それともアナタが……」
「消すものだということ」
 笑みを消し、感情を見せずつむがれた言葉。
「うん。いいよ。待っていても仕方ないしね。代わりにあなたが来てくれたし」
 また、謝罪の言葉を発しそうな青年を指で招く。
 顔が近づく。
 近づけ、触れる。
「これで赦してあげる」
 はなれた、青年の顔はちょっと赤くなって見えた。


 雪に濡れた地面に落ちたマフラーとカイロ。
「さようなら」
 背を向けて、喧騒の中に紛れ込む。
 

 幻さえ、もうなくて。
 それでも残るモノはある?

【終】




Dec. 2004
関連→連作【幽想寂日】