ハツハル




 仲の良いクラスだったと思う。
 ほどほどに進学校の高校三年で受験生というピリピリギスギス、行事なんておざなりになりがちな中、体育祭も文化祭も一致団結。疎外感を覚える人がいないように、分け隔てなく、誰とでも話笑いあえるクラス。
 他のクラスの子からはうらやましいとよく言われた。
 実際のところ、クラスメイト全てが良いクラスだと思っていたのかどうかはわからない。
 少なくとも私は少々煩わしく思っていた。
 表立って反逆するほど不快だったわけでもないから、ほどほどに合わせていたけれど。
「初詣に行こう」
 言い出したのはクラスの中心人物の一人で、受験シーズン真っ只中に、また面倒くさいことを言い出したと思ったのだけれど、その他のクラスメイトは割と歓迎ムードで、妙に居心地悪かったのを覚えている。
「トモは? 行くでしょ?」
 かるく引き気味だった様子に気が付いたのか、真人(まなと)が珍しく声をかけてきた。
「行くよ」
 いかないと答えて盛り上がりに水を差すのも、理由を聞かれるのも面倒で、できるだけ負の感情を隠して答えた。


 真人はいわゆる幼馴染だった。
 小学校一年の途中で三軒隣のアパートに引っ越してきた。
 仲は良かったと思う。
 クラスが違った時もあったけれど、登校班はずっと同じだったし、学校から帰った後もどちらかの家でよく遊んでいた。
 ただ高学年になって、女子と男子で仲良くしていると妙なからかわれ方をしたりして、それが嫌で、どちらからともなく遊ばなくなった。
 その後、新しく家を建てたとかで、小学校卒業に合わせて真人は引っ越し、中学校の学区がわかれて、会うこともなくなった。
 それで付き合いも完全に途切れたと思っていたから、高校で再会した時は驚いた。
 とは言っても、旧交をあたためたわけでもなく、子供の頃を知られている分だけ、なんとなく厄介で、疎遠なまま、三年になって同じクラスになった。
「トモ、久しぶりに同じクラスだね」
 子供の頃のままの呼び方で、変わらないなつっこい笑顔で、空白の時間なんてなかったみたいに声をかけてきた。
「そう、だね。真人。一年よろしくね」
 すごく、久しぶりに名前を呼んだ。


「あ、こんなとこにあったのか」
 参考書が詰まっていた棚の奥から転がり出てきたお守り。
 高三の初詣の時にみんなで買おうということになって、逆らいはせずに買ったものの、ご利益を信じているわけではないから放置して、いつのまにか行方知れずになっていた。
「来年、このお守りを返しにまたみんなで集まろう!」
 当たり前のように、誰かがそんなことを言っていたけれど、結局どれだけの人が集まったんだろう。
 全員が合格できたわけではなかったし、遠方に進学した子もいた。精神的、物理的に行けなかったり、環境が変わればいろいろ難しいこともある。
 私は地元進学で、自宅通学だったけれど、あえて行かなかった。
「お母さん。ちょっと出かけてくる」
 コートを羽織り、携帯と財布とお守りをポケットに突っ込む。
「掃除は終わったの?」
 キッチンで何やら忙しそうにしている母のとがめるような声。
「だいたい。残りは帰ってからやる。直ぐ帰ってくるし」
 それ以上の小言につかまらないよう、さっさと玄関を出る。
「寒」
 冷たい風に吹きつけられて、慌ててコートのボタンを留めた。


 二年ぶりに来た神社は、閑散としていた。
 日中でも大晦日だから準備をしている人たちが多少はいるかと思っていたけれど、全て終わった後なのか誰もいない。
 お守りを返しに来ただけだし、ちょうど良い。
 とりあえず賽銭を投げいれ、形式的に手を合わせたあと。社務所側にまわる。
 中では、何やら作業しているらしい物音がするので、気づかれないようにそっと、返納用の箱にお守りを入れる。
 ふぅ。
 一仕事終えた気分で大きく息を吐く。
 さて、さっさと帰って、中途半端になってる部屋の片づけの続きをしないと。
 ポケットから携帯を取り出し時間を確認する。
「トモ、遅刻」
 唐突に声をかけられて慌てて振り向く。
「なんで?」
 卒業以来、会うこともなかった真人の、相変わらずの笑顔に呆然と立ち尽くした。


* * *

 好きだった。
 今、思い返してみれば、正しくは憧れていた。
 当時はそんな言葉も知らないくらいに幼かった。
 その頃のおれは、引っ込み思案な子供で、突如決まった引っ越しと転校がどうしようもなく不安で、嫌で、ぐずぐずと学校に行けずにいた。
 そんなおれを心配した母親が近所に住む同学年のトモに引き合わせた。
「名前は? 私は智香。みんなトモって呼ぶよ」
「……真人」
 元気いっぱいな笑顔でトモは、もそもそと答えたおれの手をとった。
「真人。明日から一緒に学校いこーね」
 ぶんぶんと手を握ったまま振って、すごく楽しそうに笑ってくれて、なんだか嬉しくて、つられて笑った。
 トモは友達が多くて、だからと言っておれを放っておくこともなく、皆と馴染むように、いつも手を引っ張ってくれていた。
 皆と一緒でも、二人だけでも、トモと一緒なのは楽しかった。
 成長するにつれて、トモと一緒に遊ぶことは少なくなっていたけれど、いつだってトモみたいになりたいって思っていた。


 高校がトモと同じだとわかった時はうれしかった。
 ただ、一年二年とクラスが同じになることはなく、トモはあまり関わり合いになりたくなさそうで、交友が復活することなく疎遠なまま、三年になってようやく同じクラスになれた。
 クラスの中で見るトモは、子供の頃とは全然違って見えた。
 昔の自分のような内気と言う感じではないのだけれど、どちらかと言うとおとなしい雰囲気。クラスの中心には関わらないようにしているように見えた。
 ただ、仲の良いクラスメイトと話しているときは以前と変わらないような楽しそうな笑顔も見られて、懐かしくて、ほっとしていた。


「なんで?」
 目をまん丸くするトモの表情がおかしくて思わず吹き出す。
「偶然だよ」
 ウソじゃない。
 ――今年の初詣の集まりはクラスの半分くらいだっただろうか。漠然とした約束だった割には集まった方だと思う。
 ただトモの姿はなかった。
 なんとなく予測していたから「やっぱりな」とは思ったけれど、がっかりもしていた。
 高校を卒業してしまえば、なんとなく昔のように話せるんじゃないかと期待もあった。
 家を訪ねれば会えることは分かっていたけれど、そこまで改まって話すことがあるわけでもなくて、だから偶然を狙ってた。
 トモが昔のままなら、興味のないお守りでもごみ箱に捨てたりはしないだろうと思った。
 今のトモなら人込みを避けて、誰も居なさそうな時間を狙ってくると思った。
 大雑把すぎる予測が当たったのは本当に偶然。
「真人は昔っから勘が良かったもんね」
 お見通しだったのか、どこか呆れたようなトモの声。
 教室でのどこかよそよそしかったものとは違って、くだけた話し方が思った以上にうれしい。
「良かった」
「なにが?」
「ほら。トモはおれのこと避けてたから。今日は普通だし」
 伝えるとトモは心外そうな顔をする。
「別に避けてないよ」
「でも、あんまり関わらないようにしてたでしょ」
 昔のトモだったら、普通にクラスの中心にいただろうし、そうしたら、もっと楽しかっただろう。
「真人も変わったよ」
 不満が滲んだおれに反して、トモはやわらかく笑む。年長者が微笑ましく見てるような、なんか。
「トモみたいになりたかったから。なのに、トモは知らん顔だし」
 並んで楽しみたかったのに、離れたところでつまらなさそうにしてるし。
 ガキくさいことを言っている自覚はあったけれど、止めどころが見つけられなかった。
「真人が楽しそうにしてるのは、良いなあって見てたよ」
 だから、そういう傍観者的な立場でじゃなくて。
「過ぎたことを今更言っても仕方なくない?」
「じゃ、これからは?」
 訊くと、トモはいたずらっぽく笑う。こどもの頃みたいに。
「それは真人次第かな」


* * *

 どちらからともなく手をつないだ。
「トモはズルい」
 拗ねた声とは裏腹に、見上げた真人の顔は笑っていて、ずるいのはどっちだと悪態をつきたくなった。

【終】




Jan. 2017