ハッピー ハロウィン?



 ピンポーン。ピンポンピンポンぴんぴんポーン。
 玄関チャイムの連打音にトキヤは深々と溜息をつき、ゲームのコントローラーを置く。
「今行くからっ」
 あけてあった窓から、外に向けて声をかける。
 こんなことをするのはカスガしかいない。


「トリック・オア・トリート」
 玄関を開けると平坦な声がトキヤにかけられる。
「……なに、その格好」
 深い藍色の三角帽子に、同じ色のローブ。いかにも魔法使い風な衣装に微妙に似合わない藤のカゴを腕にかけている。
「トリック・オア・トリート」
 カスガは同じ言葉を相変わらず平坦に繰り返す。
「魔法使いならほうきを持ってるべきだよな。そのカゴだったら赤ずきんちゃんとかの格好が良いと思う」
 カスガの言葉に答えず、トキヤはそう評する。
「トリック・オア・トリート」
「とりあえず、ウチ今お菓子ないんだけど。そして、その格好でウチに来るのが充分にいたずらだと思うから、これ以上のいたずらはカンベンしてよね」
 三度繰り返され、トキヤがとりあえずそんな回答を漏らすと、カスガはむくれた顔のままうなずいた。


「っていうかさぁ、お菓子あげるからイタズラさせなさいって、どこのヘンタイだよって感じじゃねー?」
 トキヤの部屋に入り、帽子とローブを剥ぎ取ったカスガは、どかりとベッドに座る。
 ローブの下はふつうにTシャツとジーンズだ。
「……だれ?」
「叔母さん。コスプレマニアで、お菓子作りが趣味。お菓子作りのほうは大歓迎なんだけどさぁ」
 藤カゴをトキヤに差し出しカスガは溜息をつく。
「欲しけりゃ、この服着ろ、とか脅すの。っていうか、無理やり着せ付けられたんだけど。そしたら写真とりまくられた上、飽きたのか、あの格好でトキヤの家まで行けとかいうし」
 もともとトキヤの家には来るつもりだったけどさぁ、とカスガはぼやく。
 途中でぬがなかったのは妙に律儀な性格だからだろうか。単にその方法を気付かなかっただけなのか。指摘するとへこみそうなのでトキヤは別のことを口にする。
「これ、さすがに多すぎじゃない?」
 カゴの中身はクッキーや、マフィン、パウンドケーキ、マドレーヌ、シュークリーム。
「ウチにはまだ倍以上残ってるよ。限度考えろって感じだけど。味は問題ないから……って、そういえばハロウィンなのにカボチャものが入ってないぞ。どうなんだ、これ」
「ハロウィンはべつにカボチャのお菓子を食べる日じゃないと思うけど?」
 たしかにカボチャをくりぬいたお化けを飾るけど。
「わかってるけど。日本でハロウィンなんて雰囲気重視のお祭りだろー。だったら、それらしくカボチャのお菓子を押さえとかないと」
 ぶつぶつ文句を良いながら、カスガはシュークリームを手に取る。
「まーねぇ」
 カボチャプリンは食べたかったかもしれない。焼き菓子ばっかりだ。
 マドレーヌをくわえ、トキヤはコントローラーをひとつカスガに放る。
「対戦、やる? あ、おいしい」
 しっとりして、ほど良く甘くて。思った以上においしい。
「やる」


「くそー、負けたー」
 連敗したカスガはベッドに転がる。
「ジュース持ってくる」
「よろしくー」
 立ち上がったトキヤにカスガは寝転がったまま手を振る。
「……カスガぁ?」
「炭酸希望ー」
「そうじゃなくてさ、これ、ナニ?」
 漫画を読んでいたカスガはようやく身体を起こし、トキヤの指差す床を見る。
「……ぼうし」
 カスガがかぶってきた濃い紺色の三角帽。
「うん。それはわかってるんだけど、なんで動いてんの? なんか仕込んできた?」
 ぴょこぴょこと上下に帽子が動いているのを視界の端に入れながらトキヤはおそるおそる尋ねる。
「何を仕込んでくるっていうんだよー。なんだ、叔母さんの呪いか?」
 帽子の先っぽをつまみあげたカスガは、すぐにそのまま元にもどす。
 なんか黒くて丸くてふさふさしたのがいた。
「見なかったことにして、帰って良いかな?」
「……持ち込んだものはちゃんと持って帰ってくれるならね」
 帽子の下にいた妙な生物を置き去りにしていくつもりだろうカスガに先手を打つ。
「やっぱり?」
「アタリマエ。で、どうする?」
「どうするっていっても……そのまま帽子の中に入れてヒモかなんかでしばってごみに出す?」
 トキヤの問いかけに、カスガは眉をひそめて答える。
「……イキモノってごみに出して良いの? っていうか分別はどーするの?」
 全くもってそういう問題ではないけれど。
「どっちにしろ、マズイよな。いくら得体がしれないっていっても生きてるものゴミにだしちゃ……」
 その先を想像するとさすがに気が咎める。
「これが猫とかならなぁ……ダンボールに入れて拾ってください、とか」
「あー。じゃあ、この丸いのに耳としっぽでもつけてどこかにそっと置いてくる?」
 もう一度帽子を持ち上げると、ナニやら一回り大きくなったようにみえる。
 帽子のとがった方でつついて転がしてみる。目とか口とかは特にないようだ。ソフトボール大のふかふかの毛玉。動いてさえなければ、どうということのない代物なのに。
「とりあえず、そのうち勝手にいなくなるかもしれないし、かまって懐かれると困るし、視界に入れないよう放置しよう」
 希望的観測すぎるカスガの提案は、なんの解決にもなっていないけれど、他に良い方法も思いつかずトキヤは諦めてクッキーをかじった。


 ふわふらころころと視界の端を横切るのには気付いていた。
 それでもカスガが言ったように、目を合わさないように――目があるかどうかは知らないけれど――気を付けていた。
「うゎ」
 本を読み終え、ジュースを飲もうと顔を上げた瞬間、思わず声がこぼれた。
 漫画を一心不乱に読んでいるカスガは声にも気づかず、当然異変に気付いていないようだ。
「カスガ」
「なんだよぉ。今いいところなんだけど」
 Tシャツの裾を引っ張り、呼びかけると不満そうに振り返る。
「げ」
 トキヤの指差す先には黒い毛玉状の生き物がずいぶんな大きさに膨れ上がっていた。
「……えぇと、トキヤ。あんなところにバランスボールあったっけ?」
 カスガの家にのリビングの端っこで、置き場がなく邪魔になっているバランスボールとちょうど同じくらいの大きさだ。
「バランスボールはもっとつるっとしたゴムっぽい触感だと思うんだ。あれ、ふわふわしてるしさぁ、どう考えてもカスガが持ち込んだヤツが大きくなったんだろ」
「おれが持ち込んだって何? トキヤの家に初めから住んでたのかもしれないじゃん。おれのせいにするなよ」
 ひそひそ声でお互いに責任を押し付けあう。
「だって、カスガの帽子の下から出て来たし。カスガの持ってきたおやつを食べてるし」
 毛玉がはりついているかごの中のお菓子はいつの間にか残りわずかになっている。
「っていうかさぁ、やっぱり叔母さんの呪いなんだって。叔母さんのヨコシマな心から生まれたなんかどす黒いものなんだ!」
「じゃ、やっぱりカスガが連れて帰ってよ」
「しまった! じゃなくてさぁ。そうじゃないだろぉ」
 二人のやり取りなどまったく気にせず、毛玉は最後に残ったシュークリームを取り込み、また一回り大きくなる。
「困ったなぁ。居付かれたら、本気で邪魔だなぁ」
 トキヤがぼやく声に抗議するかのように、毛玉はぴょんぴょんと跳ねはじめる。
 ぴょんぴょんと天井にぶつかりそうな勢いで部屋中を跳ね回る毛玉に踏みつぶされないように机の下に二人で逃げ込む。
 ぱんっ。
 風船が破裂したような音にあわてて机の下から顔を出すとビー玉くらいの大きさの黒い毛玉が無数に宙を舞っていた。
「うわ。増えた?」
 舞っていた毛玉が全部床に落ちた後、そのうちの一つをそっとつつく。
 特に動いたりすることはなく、二人は顔を見合わせて大きく息を吐く。
「とりあえず、これはゴミに出してもいいよな」
「毛並みのいい埃みたいなものだろうし、燃えるごみだろ。っていうか、これ片付けるのかぁ」
 部屋全体に降り積もった黒い毛玉をみて、カスガはがっくりと肩を落とす。
「お菓子食べきって、イタズラまでしてくなんて、ろくでもないなぁ」
 それでも生き物じゃなくなっただけましだと思うことにして、トキヤはゴミ袋を広げた。

【終】




Oct. 2017
関連→連作【トキヤ・カスガ】