コドモが居た。
傷だらけのコドモ。
真夏の陽差しの下、アスファルトの上。
動かない瞳。
近づく。
尚、反応ひとつない。アタリマエか。
手をのばす。その小さなアタマに。
「……ナニ?」
子供らしくない平坦な口調が紡がれ、のばしかけた手が止まる。
見えているとは、思わなかった。
「おまえ、オレのムスメになるか?」
気紛れに。それでもホンキで尋ねる。
しかし、コドモは反応をせずに、ただ一点を見続ける。
ムリか。これ以上は。
引っ込めた手を再度のばしかけ、気が変わる。
踵を返す。
迷いがあるときは、やらない。
経験則。
「……ツレテッテ」
背中に、小さな声が届く。
……なんだか、ねぇ?
顔だけふりかえると、焦点をむすんだ目と合う。
その目と、きちんと、向かい合う。
「迎えに来る。残った仕事を片付けるまで、オマエがまだ他のヤツにとられずにいるのなら」
コドモの瞳が哀しげに揺らいだ気がした。
単に願望だったかもしれない。
『ワルいコ』だった。
ずっと、そう言われてきた。
『オマエがワルいコだからだ』
『イいコになってほしいから』
そう言っては、平手や拳骨が与えられた。
泣けば、またそれがふってきたから泣かなくなった。
だから、父母が死んだときも泣けなかった。
つまり、やっぱりそれは『ワルいコ』だということだろう。
そんな『ワルいコ』をよろこんで引き取ろうとする人がいないのも当たり前で。
縁台で空の色がかわっていくのをただ眺めている。
何にもないから。
「……よぉ」
黒い影が差す。
声をかけられなければ顔を上げなかっただろう。
夜が唐突にふってきたのかと思った。
弔問客だろうか。
ここ数日、何人もの人が訪れては線香を煙にかえていった。
スーツではないけれど全身黒服ずくめなのも、それらしいと。
「チガウ。……覚えてないのか?」
微妙な微笑をうかべて、責める風でもなく尋ねられる。
覚えているはずがない。
考えるのを早々に放棄する。
空っぽだから。今以外は。
「じゃあ、再現しようか? 『おまえ、オレのムスメになるか?』」
……変な人。
娘を持つほどの年齢にみえない。
藍に染まっていく空。
「そぉいう問題か?」
苦笑。
眉形の月が藍の空に白く切り込みを入れる。
知らない。
「まぁ、覚えていないなら仕方ない」
軽く肩をすくめ、手がのばされる。
……いってくれなかった。
あの時、言ったのに。
「ぁあ、思い出したみたいだな」
のばした手が引かれる。
やっぱりって、思った。
「悪人だろうと善人だろうと関係ない。オレがオマエを選んだ」
わからない。
「仕方ないな。じゃあ、わかりやすく言おう。このままココに残るか、オレと来るか?」
……。
肯く。
手が頭にのせられる。かるく。
身体が浮く感覚。
黒藍の空に鎌の月がわらう。
かたん。
軽く縁台に倒れる器。
一見、眠っているようにも見える。
夜にとけそうに漂うコドモを引き寄せる。
「キブンは?」
……微笑ったように見えた。
May. 2003