ギフト



 夕暮れ。
 陽が落ちるととたんに風が冷たくなって、ちょっと足早に家に向かう。
「でさ、後ろから声が聞こえるんだって」
 怖がらせるためか、カスガはわざとらしく声をひそめる。
「良い子にしてるかー」
 カスガの話にトキヤは眉をひそめる。
「なんで、冬に怪談話みたいなの拾ってくるかなぁ」
「だって、噂になってるんだって。変質者かもしれないから小さい子をひとりで外に出さないようにしてるって」
「良い子にしてるかー」
 回覧板を持ってきた隣のおばさんが玄関先で母親と長々話しこんでいたと伝えると、トキヤは眉間のしわを深くする。
「盗み聞きは良くない」
「良くない子かー」
「聞こえてきたんだって。声、おっきいんだから。で、さー」
 カスガは問うようにトキヤに視線を送る。
「怪語れば怪至るんだって。この間、聞いた」
「どう言う意味?」
「良い子にしてるかー」
「オバケの話をしてるとオバケが出るってこと」
 小声で意味を伝えたトキヤにカスガは思い切り顔をしかめる。
「それ、おれのせいってことかよー」
「あたまの良くない子かー」
「うっさい」
 ふりむいたカスガは地面に向かって思いっきり怒鳴る。
「だからさぁ、カスガ。こういうのは無視するに限るって……」
 深々とため息をついて、トキヤはげんなりと零す。
「頭の良くない子だー」
「断定するなっ!」
 身長十五センチほどのサンタクロースの格好をしたこびとがカスガを見上げている。
「良い子にしかプレゼントは渡さないぞー」
 どうだ、参ったか! と言わんばかりに胸を張るこびとに、トキヤとカスガは顔を見合わせる。
「いや、親がくれるし」
「こんなちいさいのからもらえるプレゼント、大したものじゃないだろうしねぇ」
「っていうか、さっさと帰らないと怒られる」
 この時季、母親の機嫌を損ねるというのはいつも以上に危険だ。
 クリスマスプレゼントがなくなったり、お年玉が減額されたりと実害が大きすぎる。
「あ、おれもピアノ行く支度しないと」
「じゃ、トキヤ。また明日」
 ちょうど分かれ道なので、カスガはかるく手を振る。
「まてまてっ。袖振り合うも他生の縁と言うではないかっ。ここでわしの頼みを聞いても バチは当たらぬぞ」
 今にも駆け出しそうなカスガの靴にこびとはしがみつく。
「意味わかんないし。どうせ、おれ頭の良くない子だしー」
「縁があればまた会えるよ」
 わざとらしく拗ねた口調で言うカスガに、トキヤもどうでもよさそうにかるく返す。
「困っておるのだ! このままではプレゼントが配れん!」
 足をふって振り落とそうとするカスガにしがみ付きながら、こびとは必死に言う。
 いつまでも離れないこびとをトキヤはカスガの靴からつまみ上げる。
「人を猫の子みたいに掴むな! まったく、このままでは、世の中ろくでもない子ばかりになってしまうだろうが。そうなったらお前たちのせいだぞ」
「たまたま出会っただけで、なんでここまで言われなきゃならないかなぁ」
 トキヤは、むかつく。と小さく付け加える。
「無礼者ー!」
 こびとは足をばたばたと動かし暴れる。
「どっちが? 通りすがりの子ども捕まえて暴言吐き放題って、人に頼みゴトする態度じゃないよね?」
 淡々とトキヤは言うと、こびとを地面に下ろす。
「じゃ、カスガ。ピアノに遅れそうだからもう行くよ」
 言い残してトキヤは走って行ってしまう。
「サンタぁ、怒らせるなよ。こえぇなぁ」
 どちらかと言えば温厚なトキヤが怒ると本気で怖い。
「すまなかった」
「おれは良いけどさぁ。トキヤにもあやまれよ。で、頼みってなんだったんだ?」
 こびとをつまみ上げてカスガは歩き出す。
「どこにいくんじゃ?」
「家に帰るんだよ。遅くなると怒られるんだって。取りあえず話聞いて、手伝えることなら手伝うよ」
 カスガが笑うとこびともほっとした表情をした。
「実は、」


「で、なんでこんなことになってるんだ?」
 夜、こっそり家を抜け出してやってきたカスガにトキヤは不機嫌そうに顔をしかめる。
「えぇとさ。サンタがトキヤに謝りたいって」
「先刻はすまなかった」
 カスガにつままれて、トキヤの前に突き出されたこびとはぺこんとあたまを下げる。
「大体、なんで連れ歩いてるんだよ」
 こびとから目をそらせて、トキヤは文句を言う。
 こういうのとは関わらないに限るのに。
「ほら、ちょっとかわいそうになってさ。トキヤが怒るから」
「カスガはすぐ面倒ごとに首突っ込むー」
 呆れたように言うトキヤにカスガはにこにこ笑みを返す。
「退屈しなくていいだろ?」
「そういう問題かぁ? で、どうしたんだって?」
 悪びれないカスガにトキヤは苦笑いまじりのため息を返す。
「トナカイとはぐれちゃったんだってさ」
「サンタが迷子か……いろいろがっかりな感じ?」
「トナカイの方が迷子なんじゃ」
 不愉快そうにこびとが訂正する。
「どっちでも良いけどね。で、カスガは手伝うの?」
「ここまできたらね。トキヤも手伝うだろ?」
 まだ微妙に機嫌が悪そうなトキヤに、カスガはあえてかるく言う。
「しょーがないなぁ。……で、心当たりはあるの、サンタ?」
 机の上に下ろされたこびとは首をひねる。
「何も思いつかないのか、サンタ」
「トナカイが好きなものとかないの? 食べ物とか、つられて出てくるかもしれないし」
 思いつかないらしいこびとに、トキヤは助け舟を出す。
「おぉ、あやつはピカピカしたものが好きじゃ」
 うれしそうにこびとは手をたたく。
「ぴかぴかしたものって……あ、イルミネーション!」
「かなー。じゃ、イルミネーションのある辺り探そっか」
 コートを着たトキヤはサンタを大きなポケットに突っ込んだ。


「イルミネーションやってる家、結構多いなー」
 こびとを見つけた辺りをゆっくり歩く。
 きらきらのイルミネーションを飾り付けた家を眺めて歩くのは割と楽しい。
「朝までつけっぱなしなのかなー。これって、自分の家のって実はあんまり見えないんじゃないかなぁ?」
 トキヤは不思議そうに呟く。
「あ、トナカイ見っけ」
「……飾りじゃないか」
 カスガが指差す方を見てトキヤはため息をつく。
 ベランダに飾り付けられた虹色のイルミネーションの上を走るようなトナカイ型のライトが設置されている。
 ポケットの中から確認しようと顔を出したこびとが、がっくりとうな垂れる。
「トナカイ、仲間だと思って間違えて来るかもよ」
「それならサンタのイルミネーション探したほうが良くないか? トナカイだってサンタ探してるだろうし」
「それ、あるかも。で、本物じゃなくてがっかりしてるかも」
 サンタ型のライトを探しにカスガは走り出す。
「行動早すぎ」
 あわててトキヤはあとを追いかけた。


 何件か先の家で、屋根にしがみ付いた格好のサンタの飾りのそばで、小さなトナカイが途方にくれていた。
「やった! いた!」
 カスガの声に、こびとはトキヤのポケットから飛び出して、トナカイに駆け寄り、二人をふり返る。
「二人とも、たすかった、ありがとうな」
「良かったなー」
 あたまを下げたこびとにカスガとトキヤは笑ってこたえる。
「お礼代わりに秘密を教えてやろう。二十四日の夜中、サンタは子どもの為に夢を降らせる。空を見上げてみると良い」
 それだけ言い残して、こびとはトナカイにつけられたそりに乗って空に上って見えなくなる。
「帰ろっか」
「そだね。……ちょっと、楽しみだよな」
 にんまりと笑むカスガにトキヤはちょっと空を見上げて、うなずいた。


 クリスマスイブの夜。
 サンタとトナカイが空を駆け回った。
 そして小さなひかりがちかちかと雪のように降った。
 カスガとトキヤだけが、それを見た。

【終】




Dec. 2011
関連→連作【トキヤ・カスガ】