幻実考架



 眠れない夜。
 手には【眠行 使用期限:無期限 眠交電車】と書かれた、胡散臭い経路で手に入れた胡散臭い定期券。
 そして布団に入り目を閉じる。


 見慣れた人気のない改札口にいつものように姿勢のいい駅員が一人。
 定期券の効果は相変わらず抜群で、今日もうまく眠れたようだ。
 帽子を目深にかぶっているのも相変わらずだ。素性がばれているのだから、別に顔を隠す必要はないと思うのだけれど。
「よぉ」
 軽く声をかけるが駅員の格好をしたクラスメイトは返事をせず、胸ポケットから一枚の写真を差し出す。
 当初は営業スマイルで取り繕いつつ、最低限すぎる説明くらいはしていたのに、ここ最近は無言で対応が基本になりつつある。
 まぎれもない作り笑顔での対応も却って腹立たしいから、良いのだけれども。
「写真まで手抜きってどうよ? ひどすぎだろ、これ」
 手渡された写真はピンボケというレベルでおさまらないほどボケボケで、映っている人物の顔立ちは全く判別できない。
 髪が長いようだし、着ているものがセーラー服のような色合いなので、たぶん中高生の女子だとは思う。
 まぁ、電車の停まった先にいるのは一人だけだから、写真の出来はそれほど問題ではない。とはいえ、あからさまに手を抜かれているようで多少ムカつく。
 だが、その辺を指摘しても堪える相手でもないので、無言で改札を通る。
「……どうせ顔覚えないだろ」
 ホームに向かう背中にぼそりとした声が届く。
 確かに顔を覚えるのは苦手だし、そこに『居る』のは一人だけだから写真は重要ではないと思ったのは事実だ。
 事実だが、それだけに腹が立つ。
 ……が、軽口をたたく程度にはこちらに気を許していると思えば、我慢できなくもないこともないかもしれない。
 振り返って言い返したい気持ちを抑え、停車中のレトロな赤い電車に乗り込み、駅員を視界に入れないように席に着く。
 見計らったかのように扉が閉まり、電車はゆっくりと発進する。
 心地良い揺れに身をゆだね、目を閉じた。
 絶対、どこかで仕返ししてやる。


 停車時の大きな揺れで目を覚ます。
 わきでるあくびをかみ殺しながら、ホームに出る。
「モノクロってのは、はじめてだな」
 ホームから先に広がるのは、現実と大差ない街並み。ただ、カラーではなく白黒写真の世界だ。
 ホームから降りて振り返ると、停車している電車の古びた赤色だけが妙に鮮やかに浮き上がっていて妙な感じだ。
 誰かの夢の中であるこの世界にあっても、電車は夢の主と関わりがないからなのか。
 見覚えのあるような街をあてもなく歩く。
「……白黒ってだけで、なんかさみしい感じがするよなぁ」
 現実であれば、人が行き交っているはずの場所に誰もいないというのも大きいだろうが、廃墟にいるような、微妙に落ち着かない気分だ。
 写真の人物を見落とさないように、ゆっくりと進む。
「……これ、うちの学校か?」
 学校名は書かれていないけれど、門や生垣、校舎の配置がそっくりだ。
 よくよく見れば、斜向かいに小さな文房具店があるのも現実とよく似ていた。
「おんなじ学校の子だったら、ちょっと微妙だな……って、制服が違うか」
 この学校が自分の通う学校だとしたら、制服は男女ともにブレザーだ。
 ボケてはいたが、写真の人物が着ているのはセーラー服のように見えた。
「偶然、かな」
 学校なんてどこも大して代わり映えしないし、付近に文房具屋があるのも、ありがちだ。
 そもそも写真の子が、この学校にゆかりがあるとも限らない。単純に風景の一つの可能性だってある。
「どうするかなぁ」
 誰もいない白黒の町と学校をしばらく見比べ、少し迷った後、細く開いた門から構内に入り込む。
 入ってみると、やっぱり自分の通う学校に酷似していた。
 半ば無意識に、いつもと同じルートで教室に向かう。
 下駄箱はあっても、上履きまでは入っていない。多少罪悪感をおぼえながら土足のまま廊下を歩く。
 空いたドアや、窓越しに教室の中を覗き込むがどこにも人はいない。
「外したかなぁ……女子トイレとかにいたらどうしようもないしなぁ」
 いくら誰もいないからと言って、女子トイレまで確認に入るのは抵抗があって、スルーしてきている。
 校舎内をひとまわりしても、結局該当の人物には出会わなかった。
「困ったねぇ」
 独り言はむなしくモノクロの校舎に響く。普段は騒がしい場所があまりにもしんとし過ぎていて、気が滅入ってくる。
 手近な昇降口からグラウンドに出て、ぐるりと見渡すがやっぱり誰もいない。
 そのまま体育館があるはずの方に向かう。
 その足元にころころと転がってきた白黒のボールを反射的に蹴り上げ、手に受ける。
 視界の端で誰かが走り去るのが映って、あわてて振り返り、追いかけた。


「…………朝?」
 カーテンの隙間から洩れる光で時計を読む。
 六時二十八分。間もなく鳴る予定でセットしてあった目覚ましを解除してベッドから起き上がる。
「時間切れってことか?」
 夢の中、渡された写真の人物に会って話をする。
 それが基本だ。必ずしも成功しているわけではないが、接触せずに終わるということは今までなかった。
 中途半端に投げ出したようで消化不良な感じだ。
 手早く簡単に朝食を食べ、支度を済ませて家を出た。


 予鈴まで一時間少々。
 さすがにこの時間帯だと、朝練をやっているらしき声がちらほら聞こえる。が、どことなくのんびりとした雰囲気だ。
 通りがかりに体育館をのぞくと、バレー部がアタックでバスケットゴールにボールを入れようと四苦八苦している。
 わざわざ朝早く出てきて何してるんだ。時間がもったいないと思わないでもないが、あれはあれで楽しそうだ。
 そのまま体育館脇を抜けたところを、見計らったかのようにボールが転がり込んでくる。
 反射的に蹴り上げ、手に受ける。
 あぁ、まだ体が覚えてた。
 夢の中じゃなくても、当たり前にボールをコントロールできたことになぜか苦笑いが漏れた。
「……どこから」
 グラウンドからは離れている。体育館と武道場に挟まれた狭い敷地でボールを使えるようなところではない。
 それなのに夢と同じように。
 視界の端に人影を見つけた気がして振り返る。
 誰もいない。
 釈然としないまま、武道場の横をすりぬけ、当初の目的地の弓道場の戸を引く。
 毎度のようにきちんと揃えられた靴の横に自分の靴もそろえて上がる。
「おじゃまー」
 一応小さく声をかける。
 邪魔しないように配慮しているつもりだが、このくらいで集中を乱すようなかわいらしい性格でもないような気がする。
「サッカーは外でやれ」
 放たれた矢が的にささる小気味良い音と同時に渡井は無表情な顔をこちらに向ける。
「サッカー? あぁ、ボール持ったままだったな」
 靴を脱いだついでに入り口に置いてくれば良かった。
「で?」
 弓を立て掛け、渡井は短く問う。
 珍しく話を聞くつもりがあるらしい。
「昨日のあれは、あれで良かったのか?」
「問題があったのか?」
 曖昧な質問に、渡井は訝しげな顔をする。
「会うことが条件なのに、結局おれ接触できなかったんだけど?」
「……そういうことも、ある。のか?」
 それを知りたいのはこっちなんだが。
 こちらの考えを察したのか、渡井はため息をつく。
「おれはあくまでも仲介であって、全容が見えてるわけじゃない。客がどういう行動をとって、帰るのかは基本的に感知できない」
「って、渡井が助けに出てきたことあったじゃないか」
 夢の中、奇妙な影に追われる羽目になった時、渡井がそれを射貫き、助かった。
「ああいうのはまたちょっと別だ」
 ためらった風に言葉を止め、それでも渡井は続きを口にする。
「要注意の表示がある。だから一定時間経過後、電車が戻ってこなければ、出向くことになってる」
 安眠の代償に面倒事を引き受けるのは納得しているし、そこで起こることに関しては自己責任だと自分で言ったけれど。
「……それ、一言先に言ってくれてもよくないか?」
「守秘義務。要注意だとしても確実に問題が起こるわけじゃないしな。……とりあえず、昨日のは事前も事後も問題ありとは聞いていない」
「なら、いーか」
 いまいち納得がいかない中途半端な説明だが、どうも渡井自身わかっていないこともあるようなので、それ以上は追求せずにおく。
「そっちは、サッカー、また始める気になったのか?」
 以前話したことをしっかり覚えていたらしい。口調はいつも通りぶっきらぼうだが、どことなく気遣うような視線を向けてくる。
「いや。ここに来る途中で転がってきたのを拾って、そのまま持ってきちゃっただけ。やらないよ」
 うちの学校のゆるい部活動程度なら、参加できなくもない。以前のようには走れなくても、楽しむことはできるけれど。
「自分で責任もって処理しろよ」
 どうでも良さげに、渡井は立ち上がり弓を取る。
 こういう適度に踏み込まない感じはすごく気楽だ。
 矢をつがえ、弓をゆっくり引くのを眺める。
 空気が引き締まっていくような感覚。
「夢でもボールが転がって来たっけ」
 どうしてこのタイミングで口にしたのか。
 放たれた矢がいつもとは違い、どこか不安定に飛びだし、的から外れる。
 完全に自分が集中を乱させたのだろう。
「悪い」
「なんだ、それ」
「どれ?」
 謝ったことが気に食わないとかか?
「夢と同じことが起きた?」
「同じじゃない。夢はグラウンドだったし、今は武道場前だった」
 人影があったような気がするけど、見つからなかったとか、場所を除けば同じと言えなくもないが、場所の違いというのは大きい。
「同じ学校内ってことだったら誤差の範囲じゃないか?」
「確かに、うちの学校に似てるとは思ったんだよな、夢の中で。制服違うからうちの学校の生徒じゃないだろうけど、生活圏かぶってるのかねぇ」
 渡井の渋面にあきれたものが含まれる。が、とりあえず何も言わず道具を片付け始める。
「なんだよ」
「大体、客と現実でこうして顔を合わせてること自体、既に異例だしな」
 独り言のように呟いて、そのまま片づけを続行する。
 まともな回答を期待するだけ無駄だったか。
 ボールを持って立ち上がる。
「じゃ、おじゃましましたー」
「一応、気を付けておけよ」
 靴を履いている背中に声が届く。
 何にどう気をつければいいかさっぱりわからないが、その気遣いはうれしい。
「了解。ありがと」


「ボール、どうするかな」
 なんでこんなとこに転がってくるかな。
 バレー部とバスケ部みたいに剣道部か柔道部かなんかと異種混合競技でもやってたのか? それにしては人気はなかったし。
 とりあえず、元あった場所付近に返しておけば、持ち主も気づくだろう。
 邪魔にならず、かといってそれなりに目につきやすそうな場所を目で探す。
 バレー部はもう朝練を終えて撤収したらしい。
 賑やかだった声がなくなり、しんと静まりかえった空間はまた夢の中にいるような錯覚に陥る。
「そのボール、私のです」
 静寂に投じられた突然の声にびっくりして振り返るとうちの学校の制服を着た女子が笑顔で立っていた。
「そうなんだ。はい」
 サッカーボールと結びつかない、小柄で髪の長い女子に手渡そうと近づく。
「それ、あげます」
「は?」
「サッカー、やってください」
「なんで?」
 自分を見つめる女子のまっすぐな眼に苛立ちが浮かぶ。
「サッカーやってる水弥君が好きです。なんでやめちゃったんですか?」
 サッカーやってたことを知ってる?
「なんで、そんなこと報告しなきゃいけないわ
け? 顔も知らない相手に。これも要らない」
 不機嫌を隠さないままボールを渡すが、受け取られず、地面で数度跳ねながら転がっていく。
「ひどい。私はこんなに好きなのに。水弥君、そんなこという人じゃなかったのに。サッカーやめちゃったせいだ」
 あんまりな言い分に、腹立ちを通り越して思わず笑みがこぼれる。
「どう思われても良いけどね。サッカーはやらない。どうでもいい他人の希望を汲む気もない」
「ひどい。ゆるさない」
 言い捨てて女子は校舎の方に走り去る。
 勝手にしてくれ。
「盗み聞き?」
 残されたサッカーボールを拾い、邪魔にならない場所に置きなおしながら揶揄かいまじりに声をかける。
 意外にもバツの悪そうな表情で武道場の陰から出てきた渡井に笑う。
「っていうか、おれが通行妨害だよなぁ、普通に」
 迂回路もないこんな場所で修羅場ってたら、どうしようもないだろう。
「悪い」
「別に、聞かれて困ること話してないし」
 ぐずぐずしていると予鈴が鳴ってしまうので歩き出す。
「良かったのか?」
「さぁねぇ。でも、どうしようもないしな」
「……あれが夢の子だったと思うか」
 渡井はそれ以上は聞かず、話を変える。
「それこそ、さぁねぇ。だよ。あのピンぼけ写真一枚で判別できると思うか?」
「無理だな。クリアな写真でも水弥には無理だ」
 即答か。それも駄目押し付きか。
「事実なだけに言い返せないな」
 どうせ人の顔を覚えるのは苦手だよ。
「……なんか問題があったら言えよ。大した手助けは出来ないと思うが」
「頼りにしてるー」
 相変わらずの仏頂面のままの気遣いに、少し肩の力が抜けた。

【終】




Nov. 2013
関連→連作【眠交電車】