イベント・デメリット



「瑞樹、大量にチョコもらってる~」
 リビングのテーブルの上に色とりどりの包みが山積みになっている。
 手作りっぽい品もちらほら。
「別に、毎年のことだろ」
 ソファの上に寝転がって、高そうなチョコレートのラッピングをびりびりとはがしながらつまらなさそうな声。
「まぁ、そうだけど」
 この双子の兄は見た目がいい。背も高いし、顔もまぁ良いと思う。
 性格は……外面はいいしな、基本。
 成績もそこそこ良いし、運動神経は良いし。
 もてる要素満載で、バレンタインにチョコをもらってくるのも恒例だ。
「私も一個頂戴」
 のばした手をぺしりと叩かれる。
「コーヒー」
 一言。
 いつもなら文句を言ってやるけれど、チョコを分けてもらおうとしている今日はおとなしく従うことにする。自分も飲みたいし。
「で、芽衣。おまえはどうだったんだよ」
 コーヒーを入れて戻ると、封をあけられたチョコがいくつか増えている。
 やったね。食べ比べだ。
「私はねぇ、クラスの子と交換したよ。手作り縛りだったから、瑞樹食べないでしょ」
 何年か前のバレンタインで手作りチョコを食べた後、おなかを壊したせいで身内以外の素人作のお菓子を瑞樹は食べない。
 今回もらった手作りお菓子も廃棄だろう。
 私も知らない人が作ったお菓子は食べたくないし。
 そしてこのチョコ美味しいなぁ。お高いやつだな。パッケージからして。
「そうじゃないだろ。素でぼけてるのか、誤魔化してるのかわかりにくいんだよ、芽衣は。渡したんじゃないのか、先輩に」
 あぁ、そっちか。そっちね。うん。
「渡したよ、もちろん」
 なるべく平然と返す。
 手作りは瑞樹みたいに嫌かもしれないから、市販品だけど、悩んで迷って買って。
 いざとなると緊張して何も言えなくなる可能性を考えて、メッセージカードに書く内容もどうしようかぐるぐるしながらどうにか書き上げて。
 部活の時に渡そうとは決めていたものの、なかなかタイミングがつかめず、結局帰り際、校門を出る直前で押し付けるようにして渡して帰ってきた。
 どんな顔をしていた,確認することもできないまま。
「なるほど。一応渡すことはできたけど逃げ帰ってきたのか」
「なんで、見透かすの!」
「顔に出すぎ、わかりやすすぎ、それに何年一緒にいると思ってんだよ」
 双子だからね、生まれた時から一緒だけどね。
「だって、私は瑞樹のこと見透かせないし」
「芽衣は…………まぁ、そのままで良いんじゃないか?」
 なんか、珍しくすごく言葉を選んだ感があるんだけど。結局のところ馬鹿にしてるよね?
「どうやったら瑞樹みたいに図太く要領よくなれるんだろう」
 二卵性だから当たり前だけど瑞樹とは似ていないのだ。なにもかも。
 私は背も低いし、運動神経もイマイチだし、要領も悪いし。
 おそらく兄の権力でおなかの中で良いとこどりをしてきたに違いない。
「いや、芽衣は顔はかわいいから。大丈夫」
 ぶつくさ文句を言うと、めずらしくフォローが返ってくる。
 いや、フォローか? 顔は、って限定されたね。つまり他はダメダメってこと?
「つまり、取り柄は顔だけだと」
 それなりに見目良い自覚はありますよ。小さな頃は瑞樹と一緒にキッズモデルもやってたくらいだしね。
 そのよしみで今でも声をかけられるし。
「そんなこと言ってないだろ。性格も……素直だし、あーえーと、ほら、その運動神経のなさを発揮して先輩とも知り合えたんだし?」
 素直っていう前に「馬鹿」と言いかけたでしょ。そして運動神経のなさは発揮したくないんだよ!
 たしかに先輩と知り合うきっかけにはなったけど、それがなくても普通に部活で知り合っただろし。
「いや、でもインパクトは残せただろ。そしてアレがなければ、芽衣はあの地味な感じの先輩のこと好きにならなかったかもだし」
 だから、インパクトなんか残したくなかったんだよ。
 入学式の日を思い出してげんなりする。
 そもそもあの日の天気が悪かったのが原因だ。
 多少の不安と期待でどきどきしながら下駄箱で上履きに履き替えて指定された教室に向かうとき、濡れた床で滑って盛大に転んだのだ。
 それもつまずくとか、しりもちをつくとかいう可愛らしいものではない。
 五体投地状態で倒れ、恥ずかしさと痛さとで身動きがとれない私に声をかけてくれたのが先輩だった。
 ちなみに周囲にいたほかの人は遠巻きにしていた。
 まぁ、わかる。突然派手に転んだ新入生にどう声をかけたものかと思うもんね。普通に。
 そんな中で声をかけてくれた先輩はすごいと思うし、それだけじゃないけど好きになるきっかけにはなったと思う。
 でもあんな転び方してたせいか、先輩からは手のかかるちいさな妹くらいの扱いされてるんだよ。
 一緒に歩いていても「転ぶなよー」とか「そこ、段差あるぞ」とか保護者みたいな感じで 完全に恋愛対象には見てもらえていない。
 だからこそ少しでも意識してもらいたくて、バレンタインに告白しようってチョコを渡したのに、結局は決定的な言葉を聞くのが怖くなって逃げだしたんだから、我ながら情けない。
「今更悔やんだって仕方ないだろ。それより明日からどうするか考えれば」
 明日から?
 瑞樹の言葉に目を瞬かせると、あきれた表情で告げられる。
「部活で顔合わすんじゃないのか、先輩と」
 あ。
 え、つまり今日逃げた分、気まずさ二倍だし、結局最終判決が下る感じ?
 どうしよう。


 行きたくないなぁ。
 帰りのHRが終わった後、席に着いたままぼんやりと外を眺める。
 顧問の先生が来る曜日ではないので、休んでも特に問題はない。
 問題はないけれど、会わないことを先延べしてもあまり意味はないというか。
 間が空くほど顔を合わせるのが気まずくなるし、何より会いたいし。
 『ごめん。後輩としか思ってない』とか言われたら、やっぱり辛いなぁ。
 何でチョコなんか渡しちゃったのかなぁ。
 ごちん。
 机に突っ伏すと思ったより勢いづいて額をぶつける。痛い。
「よし、行く」
 小さく声に出して立ち上がる。
 嫌な結果は聞きたくないけれど、毎日この状態でもだもだしているのも辛い。
 さっさと答えを聞いて、良ければ喜んで、悪ければ瑞樹に愚痴って八つ当たりすればいい。
 そうしよう。
 荷物を持って部室に向かう。
 と、意を決してきたものの扉の前で足が止まる。
 あぁ、緊張する。
 深呼吸。深呼吸。
 息を整えて、さて行こう。
「秋山さん、なにしてるの?」
「うぇえええ」
 扉に手をかけたところに後ろから声をかけられて叫び声をあげる。
 び、びっくりした。
 まさか先輩が後ろから現れると思わなかった。
 しばらく教室でグダグダしてたから、先輩のが絶対先に来ていと思ってたのに。
「そこまで驚く? こっちがびっくりするよ」
 いつもと変わらないやわらかい笑顔にほっとする。
「今日は宮地と山崎さんは来れないって」
 先輩の言葉に小さく眉を顰める。
 書道部員は十人くらいいるけれど、顧問の先生が来る日以外の参加者はまばらだ。
 ほぼ必ず来ているその二人が来ないとなると、もしかして今日は先輩と二人だけなんじゃ?
 部室に入ると案の定、誰の姿もない。
 緊張するこちらとは反対に先輩はいつものように机の上に道具を出して準備している。
 考えてみれば、二人きりというのは告白の返事に好都合なんじゃないだろうか。
 隣で黙々筆を動かす先輩をそっと見る。
 何も言う気配がない。
 仕方なく筆を持つ。
 集中できていないせいか、全然うまく書けない。
 合間合間にちらちらと先輩を窺うけれど、完全に集中しているのかこちらに気づく気配もない。
「秋山さん、どうしたの?」
 いつの間にかじっと見てしまっていたらしい。
 筆をおいた先輩が不思議そうにこちらを見ている。
「……えぇと、あの。チョコ」
「あ、おいしかったよ。ごちそうさま」
 そうじゃない。
 私、カード入れ忘れてないよね。ちゃんと好きですって書いたよね?
 わたわたとしていると先輩はにっこり笑う。
 ちょっといたずらっぽく。
「えぇと、それは良かったんですけど……」
 返事を知りたいんだ! とは口に出せなかった。
 でも先輩は察しのいい人だ。言いたいことは気づいてくれるはず。
 っていうか、その笑顔は絶対気づいてる顔でしょ。
 どれだけ待っても、笑顔のまま何にも言ってくれないので仕方なく口を開く。
「あ、の。ですね。……あの、なんか、……なかったことにしたい、感じですか?」
 それでもはっきりは聞けなくて、我ながら要領を得ない聞き方になった。
 笑顔のまま答えてくれないっていうのは、そういうことかなって気もしたし。
 恐る恐る聞いた私に先輩はくすくすと笑う。
「なんでそんな弱弱しい感じなの、いつもの秋山さんらしくない」
 面白がってる。
 こっちは真剣なのに。緊張してるのに! 腹立つ。
 こちらの表情を見て先輩は笑いを引っ込める。
「ごめん。返事ってことだよね?」
 ほら。やっぱりわかってた。
 頷く
「基本、バレンタインの返事はホワイトデーじゃないの?」
 うん?
 言われてみれば、そういうものか。
 そうじゃなきゃ、何のためにホワイトデーがあるのかって話になるもんね。
 そっか。先輩はホワイトデーに返事くれるつもりなのか。
 ……一か月あるよ? 待つの? 生殺し状態で?
「ほんとに?」
「イベントの作法にはのっとっておかないとねー」
 思わずこぼれ落ちた確認の言葉に先輩は楽しそうに答えた後、半紙に向かい筆をとった。


「ねぇ、瑞樹もホワイトデーに返事するの?」
 昨日に引き続き、チョコレートを食べている瑞樹に尋ねる。
「あ? バレンタインの返事ならそうだろ」
 即答か。やっぱりそういうものなのか。
 甘んじて生殺し状態を受け入れなきゃいけないのか。
「なに、先輩に返事はホワイトデーって言われたわけ?」
「そう。先輩はいつも通りの感じに話してくれたし、気まずい感じはなかったんだけど。でも一か月だよ? 待つの、長くない?」
「まぁでも残念な返事だった場合、ホワイトデーの方が良いんじゃないか? すぐ春休みに入って、冷却期間つくれるし」
 ひどい。
 ちょっと考えたけど、不吉すぎて言葉にしなかったのに。
 薄くてパリパリのチョコを数枚まとめて口に入れる。
「早く返事が欲しいなら、普通に告白すればいいだろ。バレンタイン絡めなければ、すぐ返事くれるだろ、さすがに」
 それが出来ればバレンタインに告白しないんだよなぁ。
「まぁ、バレンタインまで告白するのを待ったことを考えれば、ホワイトデーまでのひと月くらい、どうってことないだろ」
 別にバレンタインまで待ったわけじゃないんだよ……きっかけがなくて告白できなかっただけなんだから。
 だから、もう一度普通に告白する度胸はないんだよなぁ。
 今日、返事を催促しただけでも随分頑張ったんだよ。
 頑張ったんだよ、結果は芳しくなかったんだけど。
 ぺしょり、とテーブルに突っ伏す。
「どっちにしろ来週になったらテスト週間で部活ないんだし、先輩と顔合わせずに済むんだし」
 そういえばそんなものもあったねぇ。
「会えないのはさみしいなぁ」
 返事をもらえない状況なのは微妙だけど、顔を合わせる機会がなくなるのはつらい。
「めんどくさ」
 ぐだぐだしてると瑞樹のあきれた声が降ってくる。
 うん。自分でもそう思う。


 ということで、結局再告白もできず、返事ももらえないまま、テスト週間も学年末テストも完了し、部活動再開。先輩とも再会。
 他の部員もいるし、ごく普通に変わりなく淡々と過ごす。
 もうね。ここまで待ったならホワイトデーまで一週間程度なんだし、返事を急がせなくてもね。
 なんて思いつつ過ごしていたら気づけばホワイトデー当日。
 部活中の先輩は今日も何も変わりなく、ごく普通。
 今さらながら、ちょっと駄目だった時が怖くもなって来た。
 その場合でも、先輩はたぶん態度を変えないままでいてくれるとは思うけど。
「秋山さん、秋山さーん、起きてますかー?」
 目の前でひらひらと手を振られる。
「ぅえぁ?」
「もうみんな帰ったよ。部室しめるよ」
 寝てはなかった、けどすごくぼんやりしていたようだ。
 広げただけで、ろくに使わなかった書道具を慌てて片付ける。
「待たせてごめんなさい!」
 先輩はとっくに荷物をまとめ済みだったので焦って立ち上がる。
「いえいえ。こちらこそお待たせしました」
 顔を上げるとにこりと笑った先輩がきれいにラッピングをした箱を差し出す。
 あ。
 不意打ちだ。どうしよう。心の準備できてない。
「ありがとう。すごく嬉しかった。僕も秋山さんのことが好きです。付き合ってください」
 ……なんて? 空耳じゃないよね?
 今気づいた。駄目だった方ばっかり考えていてOKだった場合の今、どんな顔していいかわからない。
「ほんとに?」
 少し照れたようにうなずく先輩の顔を見て、じわじわと実感がわいてくる。
 両想いってことだよね。
 ひと月、うろうろしていた気持ちがようやく落ち着いて、うれしさと安堵で笑みがこぼれた。

【終】




Apr. 2023