エンドレス・サマー



「たすけてくれ!」
 玄関のドアをだんだんだん、だんだんだんとやかましくもリズミカルに叩く音と大声。
 背後にゾンビでも迫っているかのような切羽詰まりようだが、窓から見おろす道路にそれらしいものはいない。当然。
 この強烈な日差しの下ではゾンビの腐敗も捗る。ゾンビだって好き好んで状態を悪化させたくないだろう。動くなら日が沈んだ後、夜が望ましい。
「たすけてーくれー。暑いー。開けてくれないと、ここで倒れるぞー」
 相変わらず軽快にドアを叩きつつ大声。
 近所迷惑だなぁ、いい加減。
 玄関先で倒れられるのも大迷惑だし。
「めんどくさいなぁ」
 でも放置したからと言ってあきらめるようなたちじゃない。
 エアコンの室外機が動いていることから、在宅もバレバレだろう。
 部屋から出るだけでも暑いんだけどなぁ。
 ゲーム機を机に置いて、大きくため息をこぼした。


「助けてください」
 入れてやった麦茶を飲み干し、二杯目を要求するのでポットを渡す。
「おれは世界を救うのに忙しいので、無理です」
「ゲームより、幼馴染兼親友のピンチを救ってくれ」
「とりあえず、部屋で話を聞くよ」
 人のいなかったキッチンは当然エアコンが入れていない。暑い。
 三杯目をグラスに注いだ幼馴染から麦茶ポットを受け取り、自分のグラスにも注いで部屋に戻る。
「まず、褒めてください。夏休み終了三日も前に宿題がすべて終わりました!」
 これを言うのが年の離れた弟妹だったりするなら、まぁ褒めるよ。
 でも同級生相手に褒めるの? なんで?
「あー、えらい。えらい」
 つっこむのが面倒なので褒めるけど。心がこもっていないのがまるわかりの口調だけど。
「でしょ。快挙でしょ。それでここからよ、問題は。俺は恐ろしいものを見たね。ありえない、こんなことがあるのかと絶叫した」
「そーなんだぁ。大変だったねぇ」
 ゲーム再開していいか?
「ここからが大事なとこ、聞いて! 終わった課題をカバンに入れとこうと思ったわけ。そうしたらなんと!」
 持ってきていたカバンをさかさまにする。
 中から飛び出したのはプリントやら冊子やら諸々。
 見覚えのあるやつだ。
「宿題、終わったの持ってきてどうするんだよ」
「甘いな。手つかずの課題がカバンの中に残ってたんだよ。恐ろしいだろ?」
 恐ろしいのはお前の粗忽さだよ。
「まだ三分の二は残ってるじゃねぇか」
 形ばかりとはいえ、褒めたおれの言葉を返せ。
 散乱した課題を教科ごとに分ける。
 うゎ。日本史の問題集が残ってやがる。世界史も。
 どっちもこの問題集以外の宿題はなかったんだから、気づけただろ、やってないことに、もっと早く。
「ちょっと待て。なんでここに『こころ』があるんだ。あ」
 真っ白な原稿用紙発見。読書感想文もやってないのか。
「なんでよりによって『こころ』。読んだのか?」
「逆に聞こう。読んだと思うのか?」
 堂々と言うな。疲れる。
「今から読むのか? もっと短いのに変えろ」
「えぇー。長い方があらすじで原稿用紙埋めやすい。あらすじは適当に検索すればいいし」
「馬鹿。オマエのとこ、恩田先生だろ、あの人、あらすじなんて書いて出したら再提出だぞ」
 去年、姉が同じことをやって再提出させられて嘆いていた。
「マジかー」
「『蜘蛛の糸』とか『羅生門』あたりなら概要知ってるし、サクッと読めるだろ」
 短編集を本棚から引っ張り出して渡す。
「とりあえず感想文を一時間で片付けろ。その間に」
「問題集をやっといてくれる、と」
「提出日確認して、優先順位、考えておいてやる」
 各学科、夏休み明けの課題テスト後の提出だったはずだ。日程表、どこにやったかな。
 本当は放っておきたいが、最低限どうにかしてやるまで、こいつは絶対あきらめない。
 長年の付き合いだから知っている。どうせならその諦めの悪さをもっと違う方向で活かしてほしい。
 ――結局、感想文が終わるまで三時間かかった。
 終わるのか、このペースで。


*************

「終わったー」
 全教科、テストを終え、課題の提出も完了。
 ほぼほぼおれの課題を丸写しだったが、これで煩わされることもないから、どうでも良い。
「助かった。次のお小遣いで必ずおごる」
 期待しすぎない程度に待っておこう。


「ごちそうさま」
 学校近くの人気ラーメン店でトッピングマシマシの大盛ラーメンと餃子を食べて手を合わせる。満足。満腹。
「いやいや。宿題の件では大変お世話になったお礼ですから」
 無駄なニコニコ顔の幼馴染が胡散臭い。
 立ち上がろうとすると腕を摑まれる。
「聞いてください。追試です」
「は?」
「追課題も山盛りです」
「がんばれ」
 腕を放せ。
「俺たち親友だろ。二人で力を合わせて敵をやっつけよう! 俺たちの戦いはこれからだ!」
 一人でやってくれ。
 っていうか、手伝ったら追試にいつまでたっても受からないだろ。
「二人でやれば怖くない!」
 諸悪の根源め。
 倒すべきはこの幼馴染だと今更ながらに気が付く。
 でも簡単に倒せるなら、苦労しない。長年の経験で知っている。
 夏はまだまだ終わってくらないようだ。
 もうやだ。

【終】




Sep. 2022