身近にいる男は繊細という言葉からは程遠くて、だから、なんというか。
未知との遭遇っていうか。そんな感じだったのだ。
「うわっ、ごめんなさいっ」
神社の階段を登りきったところで、人にぶつかってしまい反射的にあやまり、顔をあげる。
こちらの突進でよろめいたのか、二歩分ほど後ろに下がって立ち尽くしたのは男子高校生。学ランを着ているので北高の生徒だろう。などと頭のすみで考えながらも、実は衝撃を受けていた。
泣いていた。というか、涙を流していた。静かに。
「ごめんなさいっ。痛かったですよねっ」
まぁ、痛いから泣いてたんじゃないことはさすがにわかったのだけど、ちょっとどうして良いかわからなくて、そんな風にもう一度あやまってみた。
高校生の男子が、年下女子に泣き顔見られるとか結構、ばつが悪いものだと思うし。
「……コンタクトがずれて」
曖昧な笑みを浮かべながらそんな風に言いかけて、また一滴涙を落とす。
「って、信じないよね?」
やさしげなおっとりした話し方。声を震わせることなく、涙を見なければ泣いているなんて思えない。言い訳に使ったコンタクト云々も、別に信じられるくらいに。
自分で否定しちゃってどうするんだ、この人。そしてこっちはどんな態度を取れば良いんだ。
「自主練?」
鳥居の土台にすわった男に尋ねられ、うなずく。
厳密にいうと、稽古をサボったことを知った兄貴どもに走ってこいと命令されたんだけれど。
受験生が勉強していて何が悪いんだか、まったく。文句言っている時間が惜しいのでおとなしく走りに出たけどさ。
「おれはねぇ、失恋してしまいました」
相変わらず笑み交じりの、やわらかな声。
それは……、それで、あんな風に泣けるのか。
不思議な感覚だ。
「情けないトコ、見られちゃったよねぇ。ナイショにしておいてね?」
まじめな顔で、人差し指を口元にあてる。
誰に? 変な人だ。ちょっと。
「まさか、泣くとは思わなかったんだけど、自分でも。ちょっと、びっくり」
下を向いて言う。
どんな表情をしてるのか、薄暗くなってるせいもあって良くわからないけれど。
「でも、それは……それだけ好きだったんじゃないの?」
もしかしたら、また、まだ、泣いているのかもしれない。どうしよう。
「……そうなのかな?」
あげられた顔には、なんとなく困ったような笑みが浮かんでいる。
「ちがうの?」
「どうだろう。……うん。すごく好きだったのは確かだけど、うまくいく可能性は低いこともわかってたんだよ……。でも、会いに来てももらえなかったことが哀しかったのかも」
ぽつん、ぽつんと静かな声がつぶやく。
会えなかったって、ここでずっと待ってたんだろうか、一人。いつから。どれだけ。
「もう、きっと会えない」
夕焼けに染まった空を見上げて笑った顔が、すごく泣いているように見えた。
なにか、かける言葉を。
「あ、……っっくしゅん」
やば、汗が引いて、冷えたかも。
「ごめん。つき合わせちゃって、かぜひいちゃうな」
ぶるっと身体を震わせたこちらを見て、慌てて持っていた紙袋にてをつっこみ、がさがさ手間取りながら、何やら引っ張り出す。
「女物で悪いけど、これ使って」
首筋にやわらかな感触。ぐるぐると巻きつけられたのは藍色のストール。あったかい。
「って、これ」
プレゼントだったんじゃないのか?
「自分じゃ、処分できないから。これも何かの縁ということで。悪いけど。帰ったらお母さんにでもあげて?」
……いや、別に自分で使うし。
「ありがと」
「こちらこそ。話聞いてくれてありがとう。家に帰ったら、あったかくしてね」
今度は笑顔がちゃんとこちらをむいた。
「おはようございます、先輩っ」
見つけた背中に、割と意を決して声をかける。
振り返った顔は、不思議そうで、でも相変わらずやさしげな雰囲気。
「覚えてませんか?」
かるく首をかしげる相手にヒントを加える。
「半年くらい前、神社で」
しばらく悩んだ顔をしたあと、こちらをまじまじと見つめる。
「……ごめん。わかった。けど、あやまって良い?」
「いいです。別に。男だと思ってたんですよね?」
却って落ち込むよ、それ。
別れ際の言葉の端々から、そうだろうと思ってたけどね。確かに、ジャージだったし、髪もショートだったしね。
だから、がんばって伸ばしたさ。そして今日はセーラー服だ。これなら文句なく女に見えるだろう。
「ちょっと、うわぁ。へこむなぁ。女の子に、あんなトコ見られて、あんなこと言っちゃったの? おれ」
溜息をつくようにこぼす。
なんか、もう。これがアバタもえくぼってやつなのか。かわいいとか思っちゃう自分はもう末期だろう。
気になって、気になって。結局、同じ学校へ追っかけてる辺り、はまってるなぁ。
「これから、よろしくお願いしますね。先輩」
まずは、ここから。
Nov. 2009