DATE



「今しかできないコトって、何よ?」
 週末、気分は明るい。が、隣席はどんより。
 何やら考え込んでるな。不具合でも発生したのか、と垣間見ていたのだけれど。
 何だ、仕事に関係ないことで悩んでたのか。
 独り言なのかどうか判別できなかったが、相当煮えているようだ。
「突然どうしたんです?」
 一段落ついた仕事の手を休めてそちらに顔を向ける。
「いや、ね」
 珍しく、マジメか?
 逡巡してる。
「いいですよ、内密にしておきますから」
 こちらも真面目な顔をして、声を落として告げる。と。
「彼女が、言うワケよ」
 ぼそぼそと呟く。
 何だ、のろけか。
「彼女って、コーコーセーですよねぇ」
 確か、以前「それは犯罪だ」と散々からかった覚えがある。
「思春期ですねぇ。難しいこと考えてる」
 日々、仕事に追われて手一杯な自分には今は昔……。
「そんなジョートーなもんじゃねって。誕生日でさ。どこ行きてーよ、って聞いたらそれだ」
 どう思うよ。
 と言わんばかりに人差し指を立てる。
「……」
 どうよ、って。
「ほら、お前も一応女だし。何してほしい? 誕生日には」
 何だか余計な形容がついてますが。
 ふむ。一考してみる。
「っていうか、ない。やっぱりそういうこと言うっていうのは若さですかね」
 これといって思いつかず、そんな事を応える。
「だ、ろー。誕生日プレゼントもな、指輪とか買ってやろーとか思うじゃん」
「……お金、ないって言ってませんでしたか?」
 指輪という選択もどうかと思うが、それはそれとして困窮してることを知ってるぞ。
「いや、それは置いといてさ。で、一緒に見にいこうって言ったのよ。男一人で行くのごめんだし、好みもわかんねーし」
 まぁ、言ってることは判る。サイズもわかんないしね。
「そーですね」
「ところが、だ。わかってるものもらっても嬉しくない。内緒で買って来てくれなきゃイヤ、だぞ?」
 ……それは。
「かわいー。わかーい。物欲にまみれた私とは違うって感じです。私なら自分の好みの買って欲しいですよ」
 かなり大まじで言う。実際、お金だけ後でくれてもかまわないくらいだ。
 が、相手はこちらの様子を見てがっくりと肩を落としている。
 その姿に首を傾げ無言で尋ねる。
「他人事だと思って」
「のろけに付合って差上げてるんですから」
 否定はせずに言う。が、うなだれている同僚に追い討ちをかけるだけなのも可哀想なので秘策を授けることにする。
 耳元でこそこそと『今しか出来ない事』を教える。
「……本気かよ」
 やりたくねー。と顔に隠さず描いた不審の目に苦笑いでそれに応える。
「他に思いつかないですもん。……まぁ、冗談ですけどね」
 名案を思いつくコトを祈りますよ、とだけ告げて仕事を再開した。


「大正解」
 週明け早々、朝の挨拶もせずにそんな事を言う相手にがっくりと顔を上げる。
 休み明けの仕事はダルイのだ。唐突になんだよ。
 相手も疲れた顔をしている。
「何がですー?」
 だるさを隠さず頬杖をついて尋ねる。
「お前の秘策」
 目が覚める。
「うそ」
「まじ。恨むぞー。しゃれで「どうよ?」っていったらOKでやんの」
「サスガ……どうでした? めだったでしょう?」
 人目を引いたはずだ。
「悪めだちしすぎ。ぜってー援助交際だと思われてたぞ」
 大体私服でも、そんな節があるのに。
 ぶつぶつ文句を言いながら仕事の準備を始めている。
「良かった、ですよねぇ。職質とかされなくて。さすがにそこまでなったら私も罪悪感あるし」
 新聞とかに載ってしまうのだな。
「面白がってるだろ」
「もちろん」
 即答する。
 できれば観察したかった、という言葉は飲み込んでおいた。


 しかし提案した自分も自分だが。
 カノジョ、なかなかやるな。
 まさか『今しか出来ない事』が、『制服デート』だとは。

【終】




Sep. 2000