……寒い。
「冷え過ぎじゃ、ありませんこと?ヒサギさん」
機嫌の変わりやすい相棒に丁寧にお伺いをたてる。
指先の感覚が鈍い。
薄手の上着なんかじゃ間に合わない。
「私には適温だもーん」
可愛らしい声が、エアコンの温度をあげることを許さない。
それどころか。
「っていうかぁ、ちょっと働き過ぎで暑いって感じかもぉ」
勘弁してくれ!
言葉にならない叫びを聞いたのかどうかどうか、ヒサギ嬢は続ける。
「私って、繊細だからぁ。適温の幅狭いのよねぇ。仕事の能率、落ちるんだけどぉ」
甘ったるい、可愛らしい声。
自分が平静なときは、そう自己暗示をかけ聞くことも出来る言葉だけれど。
「そのうっとーしいしゃべり、止めって」
いらつかされる。
だいたい、ムダに口数は多いわ、生意気だわ。
こんなのとコンビ組まされて仕事させられるなんてついてない。
「こんな可愛いヒサギちゃんと一緒に働けて幸せって思った方が良いよー。幸せなんて身近って気付かなきゃっ」
あんたに説教されたくないですが。
「あのさ、口動かすのもいいんですが。仕事も進めて下さいます?」
諦めて、話を建設的な方へ動かす。
納期、間に合うのか? と言わんばかりの仕事がまだ残っているのだ。
「有能なヒサギちゃんに失礼な物言い。やってるでしょー。見て見てっ。もうこんなに!」
言葉通り、確かに着々と進んでいるのは見て取れた、が。
ふふふふふふふふ。
とあやしげな笑い声が被っているのは?
壊れたか?
勘弁してくれよー。
精神的に寒いモノが背を滑る。
仕事の期限も押し迫るこの時期に。
残される膨大な……。
冗談じゃない!
恐ろしい想像を振り払うように大きく一つ、手を打つ。
「休憩しよっ。休憩。ヒサギさんには休息が必要と見た。急がば回れ、よね。……私も、ちょっと温かい物仕込んでくるしぃ」
慌ててまくしたてると、思わず語尾が似てしまう。
いかん、完全に休息が必要だ。
感化されてる。
承諾の返事をしたヒサギを残し、仕事部屋を出る。
室内よりも抑えられた廊下の温度に、ほっと息をつく。
あの中は人間のいられる温度じゃない。
夏場に、真冬並の室温なんて、身体こわす。
廊下に設置された自販機でホットココアを買い求め、無人のベンチに腰を下ろして、指先から、体内から、ゆっくり温めた。
作業効率をあげるため生まれた、個性を持つコンピュータ支援ソフトは現在急速に普及しつつあった。
だがしかし、人間の生活向上の為、作られたモノのはずなのに、そのモノの為に環境を合わせられている様では、向上への道程は遠い。
Au. 2000