come agein



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 ハロウィンもお盆も同じようなものだろう。たぶん。
 やってる国が違うだけで。たぶん。
 たぶんとしか言えないのは日本ではただの仮装の日と化していたからに他ならない。
 うっすらと死者が戻ってくる日だと聞いた覚えがあるくらいだ。
 ちなみにお盆も死者が茄子かキュウリに乗って帰ってくるという程度の知識くらいしかない。
 うち、仏壇もなかったし、そういうのやる家じゃなかったからな。
 盆踊りは子供のころ町内でやっていったのに行ったことはあったか、そういえば。
 あれも死者が混ざってるとか聞いた気がする。ホラーだ、普通に。
 えぇと何の話だっけ。
 思考力が散漫になっていて、ほんとに困る。
 そうそう、本来ならお盆にやるべきことなんだろうけれど、今回はハロウィンで良いかって思ったんだ。
 ……まぁ、次回はないのだけれど。


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 明日は月曜日。
 どうして休みの日はあっという間に過ぎてしまうんだろう。
 土曜日も日曜日も最低限の家事しかしていないのに、他の時間はどこに消えた。
 BGMがわりにつけっぱなしになっているテレビはハロウィンのにぎやかな街の様子を流している。
 子供の仮装は可愛らしいし、大人の手間暇かけている仮装は見応えがある。お面をかぶっただけのような簡易な仮装も、本人たちが楽しそうで何よりだ。
「……良いなぁ」
 ぽろりとこぼれるように落ちた自分の言葉に苦笑する。
 今になって、それを言うのはないだろう。
 去年のハロウィンの時、同じような様子を見て「来年は一緒に仮装しようか」とおどけて言われて「絶対イヤだ」と返したのは私だ。
 別に、今だって仮装がしたいわけじゃない。
 そうじゃなくて。
 あの時「じゃあ何の仮装する?」って答えてたら、違う状況になったかなって少し思ってるだけだ。
 何も変わらなくても、それでも思い出す会話一つは増えたのに。


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 さて、仮装をすると決めたはいいけれど、何に化けるべきか。
 あまりおどろおどろしい血みどろなのは却下だ。生々しくてドン引きだ。
 ばっちりメイクで女装するというのは笑いも取れていいかもしれないが、あまりに緊張感がなさすぎるか。
 死神も定番だし、顔も隠せるところが良いんだけれど、ちょっと道連れ感がありすぎて笑えない。
 可愛らしく着ぐるみ系とか? ハロウィンにしてはホラー感がなさすぎる気もする。ほのぼのは出来て良いかもしれないけれど。
 こんなことで悩んでいたらハロウィンが終わってしまいそうだ。
 決断力も落ちてる気がする。困るなぁ。


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 チャイムの音にインターホンのモニターを見る。
 かぼちゃお化けの被り物をした人が一人。
「トリック・オア・トリート」
 くぐもった声は困ったように笑っているように聞こえた。
「ねぇ、……嘘でしょ?」
 聞きたくて、焦がれた声に似ていた。
 誰かのいたずらだ。本人も言っていたとおり。
 お菓子を上げないから悪戯をしでかした。
 それなら。
 玄関に向かいドアを開ける。
「お菓子はないの。でも、だから、イタズラでもいいから、一緒にいて」
 たぶん全うな判断力はあの時になくしてしまったのだ。当たり前に日常をこなすことはできてはいても。
「あのさぁ」
 かぼちゃお化けが怒り損ねたような呆れ声を漏らす。
 考えなしな行動をするといつもこんな声で諫めてくれた。でも今はその続きを封じる。
「いいの」
「良くはないよ」
 結局許してくれるやわらかな声。
 骨ばった手を掴んで家に招き入れる。
「だって、来たのはアナタでしょ」
 いつもみたいに二人でソファに座って、テレビを眺めながら、他愛のない話をする。
 空白ななんか、なかったみたいに穏やかな時間。
 空白の期間に気づかないように。ずっとこの時間を続かせるために。
 浅はかな望みだとわかってはいるけれど。
「……お別れを言いに来たよ」
「やだ。絶対イヤ」
「残念。じゃ、黙って消えるよ」
 立ち上がって歩き出そうとする脚を抱えるように掴む。
「ヤだよ」
「ごめんね。僕もできればずっと一緒にいたかった。困ったわがままも聞いてあげたかった。……一人にしてごめん」
「やだよ」
 見上げればかぼちゃ頭を取った、素の顔。
 当たり前に一緒に生きていくって思っていた彼の顔。
「キミが幸せでいることが僕の幸せだから、どうか」
 声は最後まで届かず、ただ額に触れた柔らかな感触だけが残った


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 その時のことはよく覚えていない。
 気が付いた時には彼女ではなく、見知らぬ黒づくめの少年が目の前に立っていた。
「ご気分は?」
「いや。えっと」
 状況が分からず周囲を見回す僕に少年は静かに笑みを浮かべた。
「ご心配なく。彼女さんは無事ですよ」
 そうだ。一緒に歩いていて事故に遭った。車が突っ込んできて。それで。
 ……死んだのか。
 これは死後の世界とかそういうあれだろうか。少年は死神か?
「似たようなもの、かな。……あなたに一度だけ、彼女さんと会う時間を差し上げられます。どうしますか?」
 それは死者全員に与えられるものなのか?
「いえ。稀だと聞いています。理由はぼくにはちょっとわかりません。上からの指示なもので」
 若いのに苦労しているようだ。疲れた表情をしている。
「会えるなら、是非」
 もう一度だけでも、会いたかった。


 ◆
「やすらかでありますように」
 いってしまった彼も、残されてしまった彼女も
 そのための時間だったはずだから。
 

【終】




Oct. 2021