「じゃんけんぽんっ。……楼(ロウ)の負けっ。ゴー」
拳を握りしめ満面の笑み。
楼は自分の出したチョキを少々恨めしくながめながら立ち上がる。
ぴんぽーん、と催促のチャイムが鳴る。
「今、行くって」
――。
「桜(オウ)、オマエ宛」
宅配のおじさんから受け取った箱を本来の持ち主に渡す。
「? ……花だ」
箱に開けられている窓から見えるのは黄色中心でまとめられた花束。
「見りゃわかるって」
「ねぇ、楼。これダレ?」
箱に張り付けられた伝票の差出人欄には【高山一春】の文字。
「桜アテで来てて、桜が知らなくておれが知ってるワケないじゃん」
受取人、相沢桜。間違っていない。
「だって、私より楼の方が記憶力良いもん。どうせ、ほとんど知り合いかぶってるでしょ」
双子な上、同じ学校、同じクラスとなれば、確かにそうなる。良くも悪くも。
「覚えない。とりあえず、開けて見ろよ。カードでも入っているかもしれないし」
「ん」
桜はうなずいて箱を開ける。
中にはこぶりの花束。そして小さなピンクのテディベア。
「くま公だっ」
目先の欲望に負けて桜は手の平にくまを座らせる。
「……いーけどさ、桜。誰からか判らないモノなのに」
楼は花束にひっかかっていたカードを抜き取り桜に渡す。
「だって、目が合っちゃったんだもん」
ふくれっ面で桜はカードを開く。
送り主は桜の趣味を良く把握しているようだ。メインであろうの花束にさほど興味をもっていないのがちょっと悲しい気もするが。
しかし桜は読み進むにつれて眉が寄せていく。
「桜?」
「あげる」
ぴ、と指に挟んだカードを渡される。
『 相沢桜様
誕生日おめでとうございます。
先日はありがとうございました。
よろしければ、もう一度お会いしたいです。
今週の土曜日、3時に駅前の喫茶店ふぉれすとにてお待ちしています。
来ていただければ幸いです
高山一春 』
「桜、何。ありがとうございますって何したの?」
「記憶にないよぅっ。こんな花送ってもらえるほど感謝されることなんてしてないっ。……大体、何で住所知ってるわけ? 名前とか。ワザワザ名乗って歩いてないよ」
眉間にしわを寄せたまま、桜は呟く。
「桜、くま貸しな?」
花束、カード、テディベアを箱に元通りに収める。
「楼?」
テーブルの上からメモを取り送り主の宛名を控える。
じっとその様子を見ている桜に黙っているようにジェスチャーで伝えて箱を抱え立ち上がった。
「何だったの?」
戻った楼に桜は尋ねる。
「物置に放り込んできた」
「何で?」
危機感のない妹だ。楼は溜息をつく。
「ヤバイって。見ず知らずの人間からのプレゼントだぞ。ストーカーだったら盗聴器入っててもおかしくないぞ?」
気にしすぎかもしれないけれど。
「なるほど。さすが楼、細かいトコにまで気が回る」
「桜が無頓着すぎるだけ。ケータイ取って」
「ん。かけるの?」
携帯電話をもってくると桜はそのまま隣に座る。
「確認。……っと」
番号非通知のボタンを押してからメモにうつした番号を続ける。
『お客様のおかけになった電話番号は……』
お定まりの文句。
メモと液晶の番号を照らし合わせてみる……間違っていない。
「……変」
「って言うか、アヤシイだろ。とりあえず、一人でふらふらでかけるなヨ」
どこか抜けているというか、大雑把というか、考えなしなところがあるので心配だ。
「気にしすぎじゃない? ま、どーせ普段はいつも一緒じゃない」
確かに、学校の行き帰りもほとんど一緒で、友人も割と共通しているので遊びに行くのも一緒のことが多い、が。
「何かあってからじゃ、遅いっての」
ごつ、とアタマを叩く。
「気になる、よね。でも」
「ま、な」
「土曜日、会いに行くのはOK?」
カレンダーに目をやり、桜は尋ねる。
「OKなわけないだろ」
「えぇえっ?」
不満の声。アタリマエだろーに。何を聞いていたんだ。
「おれが代わりに行ってくるって」
「ずるいっ。ていうか、楼のが私より弱いしキケンでしょっ。大体、双子だからって私たち似てないんだから、いくら女装してもムリだよっ。確かに楼、女顔だけどっ。どーせなら逆に生まれたかったしっ」
だんだん主旨から離れたことを口走ってるぞ。それ以上に、聞き捨てならないこと言ってないか?
「こっそり覗くだけ。おれなら顔われてないから平気だろ。ってことで桜はダメ」
「だって、ストーカーでしょ。うちの住所調べてるなら、きっと楼の顔も知ってるって。だからさ、一緒にいこ」
心配、というのも多少はあるのだろうけれど大半は好奇心だろう。顔を見れば判る。
「仕方ないなぁ。けど、くれぐれも一人でふらふらするなよ?」
ここでダメだ、などといえば一人で勝手に会いに行ってしまうだろう。
「了解っ。楽しみ、だねっ」
声をはずませる桜に、楼は深々と溜息をついた。
「まだ、来てないみたいだね」
待ち合わせ十分前。
喫茶店と言うよりはカフェと言った方がしっくりくるおしゃれな店内はほとんど女性客で埋まっている。
数少ない男性もカップルの片割ればかりで高山氏らしき人はいない。
「とりあえず、座ろっ。向こうがみつけてくれるでしょ」
桜は店員の案内に従って席にむかう。
当初の予定ではこっそり確認するだけ、だったはずだ。
が、桜の様子を見るとすっかりそんなことは抜け落ちているようだ。
もしくは忘れたフリをしているのか、単純にこの店が気に入ってくつろごうとしているのか。
どちらにしろ今更止めることなどかなうはずもなく楼は溜息をついてあとに続く。
「相沢桜さん」
入り口を背にして並んで座った楼と桜は同時にふり返る。
背の高い体格のいい大学生っぽい青年。
見覚えが……。
「あなたが高山さん?」
桜が先に口を開く。
「きみは相沢さんのお友達?」
柔らかな、感じのいい笑顔。
桜が軽く眉をひそめる気配。
「……私が桜、ですけど」
いぶかしげな声。
今度は高山氏が眉をひそめる。
「……ぇ? って、じゃあ、キミは?」
人に指を差すのは失礼だぞ。
っていうか慌ててその指を引っ込めた辺り動揺してるのか?
「おれは相沢楼です。桜の、兄の」
「楼。私、何だか謎は解けたかんじだワ」
つまらなさそうに、カップに口を付ける。
「おと、こ?」
また指差すし。
たいがい失礼だな、このニーさん……。
「ぁ、思い出した。花屋のお兄さんじゃん」
一月ほど前、配達中の花を落として歩いていた青年。
それを拾うのを手伝ったのだ。
道理で見覚えがあったワケだ。
「心当たり、有りって感じだよね。楼。ここは楼のおごりね?」
頬杖をついて桜は息をつく。
「……それは僕が出しますけどね。座ってもいいですか?」
困った顔の高山氏はがっくりと肩を落として尋ねる。
促すと楼の向かいに座る。
「で、楼をオンナノコだと思ったのは仕方ないとしても何で名前を間違えたかなぁ? っていうか、どこで名前を知ったかなぁ」
自分に関係がなくなった上、ストーカーと言うには雰囲気の良い青年なので警戒心ゼロで桜は尋ねる。興味津々。
ところで勝手に「仕方ない」ことにして欲しくないんだが?
「だまされたんだ」
テーブルにひじをついて高山氏はぼそり呟いた。
「?」
桜は首を傾げる。
「いや、確かに楼くんのことをオンナノコだと勘違いしたのはおれの手落ちだけども……出たな、諸悪の根元」
注文はおきまりになりましたか~? とお気楽な声。
「あれ、かおちゃんだ」
桜が先に気づく。
中学の時のクラスメイト。
「ひさしぶりー、桜ちゃん、楼くん。いっちゃん、ちゅーもんは?」
ひらひら手をふる。
「知り合い? ってことは住所漏らしたのは薫か」
「正解~。いっちゃんは従兄なの」
全く悪びれずに言う薫に高山氏は苦く呟く。
「おまえ、そんだけ仲良いのに何で間違えるかな」
「かおちゃん、楼と私、見間違えたの?」
サイアクだ。
どうしたら間違えるんだ。どこも似てないのに。
「見たの後ろ姿だけだったもん。知ってる? キミたちって骨格そっくり。髪型同じにしたら後ろ姿じゃ区別つかないよ。さすが双子だよねぇ」
骨格って。
「いっちゃんコーヒーで良いよね」
文句を言いたげな高山氏のオーダーを勝手に決めて薫は厨房の方へ戻っていく。
少々同情しても良いかもしれない。
我が道を行く身内をもつと大変だよな。お互い。
「わかってしまえば大したことじゃなかったね。ま、面白かったけど、さぁ」
桜はぐいっと伸びをする。
「も一つ、質問。高山さん、花送ってくれた時に書いてあった電話番号、現在使われてません、なのは何で?」
アレのおかげで怪しさは倍増したのだ。
「……あ、そっか。引っ越したんだよな。くせで前の番号書いた、かも」
独り言のように高山氏は呟く。
どこか抜けてるというか鈍くさいというか、年上に対して失礼だが。
「なぁんだ。これで謎は全部とけたかな。桜、かえろっか」
微妙に落胆しているようにも見える高山氏にかける言葉も見あたらず立ち上がる。
「んー。高山氏、花束、ありがとね。私が貰っちゃってゴメンナサイ」
こういうトコ、桜はえらい。
立ち上がり、ぺこんと頭を下げる。
「いや、こっちこそ。……間違えてゴメンな? で、楼くん、この間はありがとな。たすかった」
女と間違ったことには少々腹は立つが、感じのいいお礼に笑み返す。
「いーえ。じゃ、お先に」
「ごちそうさまでした」
「いー人だったねぇ」
確かに。
「桜はおごってくれる人はみんないい人なんだろ」
「しつれーだなぁ。楼が花とくまを物置に封印したこと、黙っておいてあげたのに」
「気ぃ悪くするよな、それは。向こうにも落ち度あったとはいえストーカー扱いだし」
「ね、あのくまコ、もらってもいい?」
「良いけど。その代わり枯れた花束も片付けてくれよ?」
放置した花束がどんな状態になっているか、あまり確認したくない。
「楼、じゃんけんぽんっ」
条件反射で手を出す。
「楼の負け、ね?」
にんまりと笑う桜に、楼は深々と溜息をついた。
「ヤラセテイタダキマス」
Aug. 2004