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「はぁぁ」
 大きくため息をつく。
「イヤだなぁ、初めてのカレシと初めてのデートでそんなブルーな顔してちゃダメだと思うよぉ?」
 隣にいるのは一週間前、カレシになったばかりの同級生、だった。三分前までは。
 いや、今もまだ外見だけならそのままカレシなのだけれど、中身は大違いで迷惑なモノ。
「何であんたなのよ」
「なんて言うの? かわいい我が子の成長を見守りたい親心というかねぇ?」
 しみじみとカレシの顔をしたモノは言う。
「だったらおとなしく見守っててよっ。なんで柘植くんの身体のっとる必要があるの? わけわかんないって。……って、いつまで手ぇにぎってんの」
 つないでいた手をふりほどく。
「それは、さぁ。かわいい娘を見知らぬ男に取られてるのはイヤな父心っていうかね?」
 わざとらしく寂しげに手を眺めているソレににらみを利かせる。誰が、父だ。父親は今日も元気にお仕事に行ってるって。
「あのさ」
「なぁに?」
 柘植くんのかわいい顔に、そのわざとらしく作ったかわいらしさを乗せるんじゃない。
「さっさと出ろ。私がどれだけ苦労してカノジョの座を手に入れたと思ってるんのっ。柘植くんから告白してもらうように仕向けるのだって手間ヒマかけてんだし。ていうか、見てたんだから知ってるでしょ」
 一気に吐き出す。
「桃ちゃんってば、ぶっちゃけすぎー。どうするの、柘植くんの意識が目覚めてたら。まるっと聞かれてるよ?」
 あ?
「そうなのっ? 起きてるのっ?」
 同じくらいの身長の柘植くんの肩をつかみがしがし揺する。
「どーだろ。おれも人様の身体に入るのなんてめったにないことだし、良くわかんないんだよねぇ」
 揺すられたままお気楽に笑う。
「このっ、厄病神っ」
「失礼な。心やさしい守護霊サマに向かって。桃がお母さんのおなかの中にいる頃から見守っていたのに」
「前に聞いたのとはなし違うんだけど」
 たしか三歳の時に車にひかれそうになってたのを助けて以来云々とか言ってたような気がするんだけど?
「細かいこと気にしてたら大きな人間になれないぞ、桃」
「ヒロム、いい加減にしてくれない? さっさと抜けて」
 悪びれない守護霊に声を抑えて言う。
「桃、ちょっと言って良い?」
「…………何」
 困ったような笑顔にいやな予感がしつつ続きを促す。
「おれもさぁ、ちょっとした悪ふざけのつもりだったし、さっさとこのコの身体から出る気はあったわけ」
「だから何」
「怒らないで聞いてくれる?」
「さっさと言って」
 あまりにうっとうしい物言いに語調が強くなる。
「柘植くんの体にぴったりフィットしちゃったみたい」
「……つまり?」
 それって考えたくない事態なんじゃないか?
「うん。一心同体な感じ」
「それは違うでしょ。柘植くんとヒロムの気持ちが一つじゃなくてあんたがのっとってるんでしょーが。勝手に」
「そうとも言う、かな?」
 首を傾げる。くそぅ。かわいいじゃないか。……元が良いからな。
「そうとしか言わないって、ソレは」
 がっかり肩を落とす。どうすれば良いんだ?


「おじゃましまーす」
 唐突に男の声がすぐ近くから聞こえる。いったいどこから? なんて考えているうちに身体に違和感。なんというか窮屈な感じ。
「ハジメマシテー。柘植くん?」
 悩みのかけらさえもなさそうな明るい口調。……内側から聞こえてる?
「ご明察。お身体お借りしています。おれは桃の守護霊でヒロムと言います」
 はい?
「柘植くんの身体はしばらくおれのコントロール下に置かれまーす」
 理不尽なことを元気いっぱいに言われても。
『はぁぁ』
 大きなため息。一瞬自分が吐いたかと思った。ため息の主は隣にいるできたばかりのカノジョ。ちょっと怒ったような顔。
『イヤだなぁ、初めてのカレシと初めてのデートでそんなブルーな顔してちゃダメだと思うよぉ?』
 自分の口が思ってもない言葉をはく。
「おいっ、なに勝手にやってんだよっ」
「だーかーら、しばらく貸してってば。猫被ってない桃、見てみたくない?」
 ニヤニヤ笑っている。感じ悪いなぁ。
「菅田、怒ってるけど?」
 素直にうなずいてやるのも腹立たしいので別のことを言う。
「それだけ桃がおれに気を許してる証拠さー。なりたてカレシ君にはたどり着けない深い愛情あってのこと」
 たたき出せるものならたたき出してやりたい、この悪霊。
『いつまで手ぇにぎってんの』
 邪険に手を振り払われる。
 軽く凹むな。自分にされたんじゃないんだろうけれど。こいつさえ居なければこんな思いしなくてもすんだのに。はらたつ。
「ほら、桃ってば照れ屋だからさー」
 ずいぶんな前向き発言だなぁ、おい。ま、照れ屋だとは思うけど、これは違うんじゃないか?
 でもなかなか新鮮な気分だ。こういう風に怒っているというかすねてる顔って見たことなかった。かわいい。
「そりゃ、カワイイでしょー。おれの自慢ですから」
『かわいい娘を見知らぬ男に取られてるのはイヤな父心っていうかね?』
 親ばか。っていうか、内側と外側と両方でしゃべって器用だな。
「悪霊じゃないって。ちなみに桃とは血はつながってないよー」
 菅田の怒り、これっぽっちも気にしてないな。ま、じゃれてるみたいに見えなくもないし、かわいいし、仕方ないけど。
「柘植くん、キミも相当カレシ馬鹿だよ」
 笑みまじりで、好意的に聞こえる。
 つーか、アタリマエだろーが。付き合い初めたばかりで、プラスずっと好きでやっと告白したのに。これでカワイイなんて思えなきゃ、おかしい。
『私がどれだけ苦労してカノジョの座を手に入れたと思ってるんのっ。柘植くんから告白してもらうように仕向けるのだって手間ヒマかけてんだし』
 ……菅田。
「あんなこと言ってるけど? それでも?」
「おもしろすぎ、菅田」
『起きてるのっ?』
 がさがさと身体が揺れる感覚。必死な表情。
 しらばっくれてくれた悪霊にちょっとだけ感謝する。
 実際のところ、そんなこと知ってたし。そういうところがかわいくて、もうちょっと見てたいなとか思ったりして、告白するのがずるずると延びてたりもしたんだけど
「柘植、結構たち悪いな? かわいい顔して」
「ふつーでしょう。好きなコのかわいい顔は見ていてシアワセなのは」
 うそぶく。ほめられた性格だとは自分でも思わないけどな。
「ところでさ。話は変わるんだけど困ったことが一つあってね」
 何だかいやな予感をさせてくれる口調。
「何」
「柘植くんの身体から抜けられなくなっちゃったとか言ったら怒る?」
 ……怒るに決まってるだろうが。


「何で抜けられなくなるんだよ」
 怒ると言うよりは呆れたような柘植のコトバ。
「さっき桃にも言ったとおり、人様の身体のっとったことなんて今までないからさぁ」
 深刻にならないように、けれど多少は反省の色をにじませつつ呟く。
「ま、良いけどね」
 大きくため息をついたあと柘植は一言で片付ける。おーい。それで良いのか? 桃は未だに呆然としてるっていうのに。自分の身体のコトだろーが。こだわりないにもほどがあるぞ。
「奇行に走ってもらっちゃ困るけど。おれじゃないって思われない程度に行動してもらえれば問題ない、しばらくは。『見てた』んだから行動パターンはある程度読めるだろ?」
 かわいげないっていうか、かわいいっていうか。なかなか食えないお子サマだなぁ。
「そのうち、ひょいと抜けたりするんじゃないの? ただ、菅田の守護霊はできなくなっちゃうけどな。……ちなみに菅田の守護が出来ないからってストーカー行為はゴメンだぞ。絶対」
 そんな力いっぱい言わなくても。私生活のアレやコレも見られるって言うのに。いや、見せないけどな。まだな。
「ほら、菅田のことフォローしてやれよ。かわいそうだろ」
 怒る気力もなくして、がっくりへこたれている桃に心配そうな視線。
 ま、いいか。多少難点はあるけれど。
「合格」
「……は?」
 柘植は不審そうに言う。
「うん。だから桃のカレシとして取り敢えず合格。ちょっと見た目を裏切ってかわいげなかったり、たち悪かったりするけれど。その辺にはおれも大人だし、目をつぶっておいて差し上げましょう」
「何であんたにそんなこと言われなきゃいけない……」
「そ、おれは桃の守護霊さんだから。大事にしてやってな、桃のこと」
 言わなくても大丈夫だろうことをあえて口にする。
「アタリマエ。とりあえず、あんたがおれから抜けてくれないとそれも出来ないんだけどな」
 乗っ取り状態にさほど不満もないような口調。ホントに変なヤツだなぁ。
「いや、あれウソ」
「何がっ」
 反応、早っ。愉しいなぁ。
「抜けられないっての。もう少し柘植くんと話したかったからさぁ。ついねぇ。ってコトでおれは抜けます。桃へのフォローは柘植くんよろしく。おれは反省の為、しばらく姿を消します」
「それ、単に菅田に怒られたくないから逃げるって……」
 最後まで聞き終わる前に柘植の身体からするりと抜け出した。


「逃げるってだけだろっ」
 自分の声が耳から入る。あ。抜けたか?
 軽くジャンプしてみる。動く。妙な脱力感は残るけれど。
「菅田」
 魂抜け状態の菅田の肩を揺する……反応なし。今度はもう少し強く揺さぶってみる。
「ヒロムのばかー」
 叫び声と言うには弱い呟きと同時にうつむいていた顔を上げる。
「菅、田……おれ、だけど?」
 なんといって良いかわからずに、間抜けなことを言う。
 まさか、思いもしなかったから。
 ……泣いてるなんて。
「柘植、くん?」
 涙をうかべたまま。泣き声の名残を残して。
「そ。どうしたの?」
 守護霊が入っていた間のことは知らなかったふりをして尋ねる。
 菅田は首を横にふって涙を乱暴にぬぐって笑う。
「なんでもない」
 その顔がすごく、すごくかわいくて。
 ちょっとだけあの守護霊に感謝してみた。

【終】




Jan. 2006