雨月(うげつ)



 雨が降る。
 月を隠す。
 見えない月を観る。


「半身、か」
 本から顔をあげ、吐息のようにこぼす。
 伝説と化したそれは、それでも一部には根強く残る。一種、信仰のように。
 自分の半分。欠けて生まれてくる自分たち。
 だからその半分の欠片に焦がれ、探す。
 異性に限らず、当然恋人とも限らない半身は、ただ自分と近しい時季に生まれるという。
「どうした。ぼんやりして」
 今に始まったことじゃないけどな、と付け加えた友人をかるくにらんでみせる。失礼な言い種だ。
「本読んだ後、トリップしてた」
 買い物袋をおろし、テーブルにおいてあった本を手に取り、中をぱらぱらと見る。
「半身信仰、ね」
 含みのある言い回しに、藍方(あいかた)は目顔で問う。
「いや。単におまえが気にしてるのかと思っただけ」
 買物袋の中身を片付けながら、良は告げる。
「気にしてないって言ったら、嘘になるよ。おれは、半身を食っちゃったんだから」
 代々、双児で生まれる家系で、互いが互いを半身とするのが常であるなか、片方が胎内で消え一人で生まれてきた。
 二人分の『力』をその身に宿して。
「自虐的だな。考え方次第だろ。藍方が二人で生まれてきたら、流希(りゅうき)とラキは居なかったぞ」
 お茶を入れて戻ってきた良の、諭すような声にため息を返す。
 確かに、自分が死んだとされたからこそ、弟妹である二人は生まれた。
 すべては家の都合で、それも善し悪しだとは思うのだけれど。
 それでも大切だから、いいことだと思いたいのも本当だ。
「わかってるけど、愚痴。(りょう)、付き合いいいから」
 出してもらったお茶を飲み、藍方はほっと息をついた。


「まだ、会う気にならないのか?」
 顔をあげると、岑羅(しんら)の静かな表情にぶつかる。
「最近、みんなそれを言う」
「みんなって?」
 従業員が出払った探偵所の事務室。 
 外に目を移した藍方は、窓の下、沢山の人が行き交うのを見るともなしに眺めながら応える。
「良と、親父さんにも言われた」
 幼いころ、たった一度会ったきり会えないでいる。
 強くなる、と約束した。
「何を躊躇う」
「くだらないプライドだよ」
 わかっている。自分でも。
 岑羅は苦笑いをしたようだ。気配が背中に伝わる。
「なるほど?」
 カップを二つテーブルにおいて向かいに座った岑羅は、それだけ言うとあとは黙ってコーヒーを飲む。
 急かさない、問わない沈黙は、却って話さなければならない気になる。
「……未だに発作をかかえてるまま、会っても足手まといになるだけだ。強くなるって、大見得を切ったっていうのに」
 発作は治る類のものではないから、それに拘っていたら一生会えないこともわかっている。
(にん)はたまにすごく、子どもっぽいよな。普段、腹立たしいほど大人なのに」
 馬鹿にした様子はなく、ただ微笑う岑羅に藍方は苦笑う。
「師匠相手に誤魔化しても仕方ないでしょ。大丈夫、そのうち踏ん切りつけるから」
 力に関して、ゼロから教えてくれた相手に答える。
「別に無理強いはしないよ。会おうと思えば、いつでも会える位置に居るんだから」
 楽観的な返事に藍方はやわらかな吐息を漏らした。


 夜。
 誰もいない庭で空を眺める。
 架かる月。
 いつか、会いに行く。

【終】




May. 2000
【トキノカサネ】