fortuneteller ― side B ―



 同じ日々がずっとつづくと思ってた。


「やっと、つかまった」
 大きく息を吐いて後ろ手に閉めたドアにもたれる。
 心臓が変な揺れ方を、した。
「……アポもなしに、相変わらず失礼な人ですね」
 無感情に聞こえるように言うと、苦笑まじりの吐息が返る。
「アポなんかとってたら、逃げるだろ」
 客用の椅子に座るのが視界の端に入る。
「今日みえた可愛らしいお嬢さんは、アナタの手の者でしたか」
 すぐに思い当った。
 ちょっと雰囲気のある女子高生だった。
 背を向けたまま、占具の片づけを続ける。
「手の者って、人聞きの悪い。ただの従業員だ」
「彼女が、アナタのお姫様ですか?」
 違うことなど承知の上で尋ねる。あの子は良くも悪くも『普通』の範疇だった。
「いつまで、顔合わせないでいるつもりだ。さっさと座れ」
「アナタに命令される覚えはないですが」
「ナール」
 強く呼ぶ声。懐かしく思う自分が嫌になる。
「呼ばないで頂けませんか。こちらで名を呼ばれることがどれだけ危険か、知らないはずないでしょう」
 多少誇張はしているが、それは事実。
 特に自分のような逃亡者にとっては。
「改めろ、態度を」
 しつこいまでに強い口調。
 ため息を一つこぼす。
「私は、まだアナタのことを許してないんですよ」
 テーブルに相手と自分の杯を置いて向かいに座る。
 会わなかった年数だけ齢をかさねた、かつての相棒の姿をまっすぐに見つめた。


 ■ ■ ■


「卒業、決まった」
 どこか遠くを見て、ぽつんと呟いた。
「……お、めでとう」
 すぐに返事ができなかったのは、置いていかれる寂しさがあったから。
 でもすぐに気を取り直す。
 どうせ学園の上に進むのだろうし、ならば今とそれほど変わりはしない。
「元気で、な?」
 静かな眼の色。
 魅入られて意味を取れなかったのは一瞬。
「なにそれ。これっきりみたいな挨拶」
 不吉な予感を笑い飛ばすように茶化す。
「『むこう』に渡るから」
 表情を変えずに淡々と言った。
 だから……?
「そんなの、知らない」
 初耳だ。二年間、ずっと近くにいたのに。
「内緒にしてたから」
 ずっと、続くと思ってたのに。
「なんでっ」
「守りたいものがあるから」
 その言葉に、すっと、さめた。
「一人で、行っちゃうんだ」
 遠くを見つめる目に確認する。
 聞くまでもないのに、未練がましく否定の言葉を期待した。
「またな」
 短い言葉であたりまえの日々が断ち切られた。
 また、なんて。
 そんな日なんて来ないと思った。


 ■ ■ ■


「ナール」
「相変わらず、人の話を聞かない人ですね」
 空になった杯に果実酒を注ぐ。
「じゃ、名乗れよ」
 苦い顔は、昔より板についている気がする。
「シンラギ。そういう時は自分から名乗るものだ」
 わざとらしく言う。本当は既に知っている。
 そして守るべき相手が、誰だったかということも。
 とろうと思えば、そのくらいの情報は手に入った。
 『WALK (あくた)  岑羅(しんら)
 差し出された名刺。その名前の横に書き込む。
 成宮(なるみや) 季束(きづか)
「とりあえず、今はこれで落ち着いている」
 こちらに来てしばらくは頻繁に名前を変えてはいたけれど。
「それは何より。名前が一定しないから追いかけるのに苦労させられたよ」
 昔より、穏やかな表情。
「追いかける必要がどこに?」
 忘れられていないと知って、嬉しかったのも事実だけど。
「心配ぐらいさせろよ」
「そんなのは『おひめさま』だけにしてれば良いんだよ。……会えたの?」
 杯をあおる。
 肯定が返る。
 どうして聞いてしまったのだろう。
「なら、こんなところで遊んでないでさっさと帰ったら?」
 自然と冷ややかになった声に、苦笑いされる。
「お嬢は今、『こっち』にはいない」
 何だ、それ。
「普段から、行き来してるってこと?」
 さすが、界渡りをゆるされている人は違う。
「っていうか基本は『むこう』だからねぇ」
「宮入りしたの?」
 まさか。
 それは避けるべき事態ではなかったのか。
 シンラギは静かに微笑う。
「っなんで。じゃあ、なんでこんなとこにいるんだよ」
 何のために。
 大きな手が頭にのせられる。
 心地よい重さ。
「ちゃんと、お嬢が決めたことだから。俺は俺で、ここにいる意味があるから」
 のぞきこむ、以前よりずっとやさしい目。
「馬鹿じゃないの?」
「一緒に、来るか?」
 意味をとらえるまでに、けっこう時間がかかった。
 それくらい唐突だった。
「ばかでしょ、相当。今更、言う?」
 のんだ息を、一気に吐き出す。
「今だから、言えるんだけどね」
 穏やかな表情のままで言う。
「遅すぎ」
 顔を背け、一言で応える。
「ナール」
 呼ぶ声が、やっぱり懐かしい。
「無理だよ。知ってるくせに」
 答えなんか、わかっていたはずだ。
「力には、ならせてくれるんだろ?」
 笑みまじりのため息が、どこか勝ち誇って聞こえたのは気のせいではないだろう。
 ずるい。
 いつだって、ずるかった。知ってた。ずっと。
「あーのーねー。シンラギのそういうところは卑怯だと思うわけ」
「なにか、問題でも?」
 変わらない、いたずらっぽい眼。
 人の髪をもてあそぶ、その手。
「丸め込まれているような感じで気に入らないけどね。……姿をくらまさない、困ったことがあったら押し付ける、で良いんでしょ」
「上出来」
 笑顔が懐かしくて泣きたくなるなんて、絶対言ってやらない。


 それでも、きっと。
 どこかで続いている。

【終】




Oct. 2003
【トキノカサネ】