fortuneteller ― side A ―



「だからさぁ、ホントによく当たるんだって」
 熱を入れて語るクラスメイト。
早都(さと)、そんなに行きたければ一人で行けばぁ?」
 力説を受けているほうは冷めた声で応じている。
「一人で行きたくないから誘ってるんじゃないっ。織子(おるこ)冷たい。いいもんっ、(みなと)さん誘うもん」
 隣席で活字を目で追いつつ、聞くともなしに聞いていた透亜(とうあ)の机がばん、と叩かれる。
 今気付いたふりをして、透亜は本から顔をあげる。
「湊さん、湊さん。占い、行かない?」
 軽く首をかしげると、早都は織子にしていた熱弁を繰り返す。
 それ、聞いてた。とも言えずに透亜はそれをもう一度拝聴する。
 同級生と基本的に距離を取りがちな透亜に声をかけてくるあたり、相当気になっているのだろう。
「でねっ、一人で行くのは不安だし……一緒に行ってもらえないかなぁ」
 上目遣いでお願いされて透亜はこっそり苦笑いする。
「でも、占ってもらう間は結局一人なんじゃないの?」
 一緒に入れば内容が筒抜けになってしまうし、それほど親しい間柄ではない透亜に聞かれるのは嫌ではないのだろうか。
「うん。でも占ってもらうまで、一人で待ってるの不安じゃない? 妙に緊張するっていうか。だから、ね」
 早都は手を合わせる。
「湊さん。早都のわがままに付き合うことないよ?」
 呆れたように織子が口を挟む。
「いいよ。私も興味あるし、一緒に行こ」
 占ってほしいことなど特にないが、たまにはクラスメイトと親交を深めるのも大事だろう。
 それに、どんな風に占うのかは興味があった。


「お先にゴメンねっ。待ちくたびれた?」
 先に占ってもらっていた早都がはずんだ声で尋ねる。
「全然。良い結果だった?」
 顔を見れば聞くまでもないことを透亜は尋ねる。
「うんっ」
 早都は幸せそうに微笑う。
 良い占い師のようだ。
 結局のところ、お金を払ってまで見て欲しいのは幸せな未来のはずだし、そうすればお客も満足してお金を払うし、お互い良いところばかりだ。。
 それが正しいかどうかはまた別問題なのかもしれないけれど。
「次の方、どうぞ」
 受付嬢に促されて透亜は立ち上がり、早都に小さく手を振った。


 ろうそくの灯りが揺れる薄暗い部屋。
 予想していたような過剰な装飾はなく、割とシンプルだ。
 髪の長い女性が、指を組んだ手をテーブルに置き微笑みを湛えている。
「……よろしく、お願いします」
「どうぞ。お掛けになってください」
 静かな声に、炎が小さく揺れる。
 透亜は正面に座り、不躾にならない程度に占い師を観察する。
 ごくゆるいウェーブのかかった髪。薄暗闇でも引き込まれそうな光を持つ瞳。
 和服と洋服が混ざったような変わった衣服なのもあって、少し現実から離された気分になる。
「何を占いましょうか」
「……過去と、現在」
 透亜の言葉に、占い師は怪訝そうな顔をする。
 それはそうだろう。
 過去なんて、透亜自身がみてきているのだからわざわざ占ってもらう意味はない。
 占い師を試しているように見られても仕方がないが、単に付き合いで来ただけで、具体的に聞きたいこともないし、だからといって未来を見てもらうのも抵抗があった。
「じゃあ、あと当たり障りない近未来も」
 あまりにも怪訝そうな視線に負けて、透亜が付け加えると占い師はほんのり微苦笑を浮かべると目を伏せる。
 組まれた指にはめられた指輪が炎を映し、瞳のように揺れる。
「……なくなった方、がいるわね……すごく近い方。女性。……お母様かしら」
 どこか、遠い声。
 記憶に深く埋まっていく。
「力の強い方だったのね。護ってる、あなたのこと……心当たりはない? 危険なことに遭っても、大きな怪我をしたことないでしょう?」
 思わず頷く。
 くす。
 占い師が小さく漏らした笑い声で、醒める。
「よく今まで無事に生活して来られたわねぇ。いくら守護がついていたとはいえ」
 占い師の口調が変わる。
 それなりに神秘的に聞こえてきたものから、さばけたものに。
「……はい?」
 昼寝から唐突に起こされたような奇妙な感覚。
 状況が飲み込めない。
「素直すぎるとつけこまれるよ、ってこと。私としては結構そういうのも好きだけどねぇ」
 面白がっている目。
 呆然としている透亜に占い師はにっこりと笑う。
「特別に仕事抜きで忠告ね。占いは止めたほうが良いよ。心、無防備になって入り込ませやすいから。……まぁ、視た感じだと自分の直感あてにして信じるもの、信じないもの決めて良さそうだけどね」
 いたずらっ子のようで、どこか安心させられる表情。
「ありがとうございます」
 そぐわない言葉のような気がしつつ、透亜は頭を下げる。
「良い子にはお守りをあげましょう」
 占い師は何もない宙で手を握る。
 テーブルの上で開いた手にはビー玉大の銀の玉。
 占い師じゃなくて手品師だろうか。
 その銀の玉を占い師は透亜の手に落とす。
 しゃらん、とささやかな音が響く。
「それね、人間に悪さするものがイヤがるって言われている音。大事にしてね」
 手のひらで転がすと、やわらかな音が小さく続く。
「良いんですか?」
「一緒に来た友達にはナイショにしてね」
「はい、ありがとうございました」
 いたずらっぽい占い師の笑みにつられて透亜は笑い、もう一度頭を下げた。


「ただいまー」
 事務所でひとり、まったりお茶を飲んでいたらしい岑羅(しんら)が顔をあげる。
「おそかったな。諷永はもう帰ったぞ。何か飲むか?」
 湯飲みをおいて岑羅は立ち上がる。
 透亜はテーブルの上の和菓子を見て答える。
「緑茶。……占い、行ってきたんだ」
「透亜さぁん」
 テーブルにあった芋羊羹に手をのばした透亜を岑羅の情けない声が呼ぶ。
「どうしたの?」
 茶葉でも切らしていたのだろうか。
 戻ってきた岑羅はテーブルに湯飲みを置いて疲れたように椅子に座る。
「占いは止めておきましょうヨ」
「それ、占い師さんにも言われた」
「は?」
 透亜の言葉に、岑羅の顔色が変わる。
「本物っぽかったよ。過去、視てもらったんだけど、前に岑羅に言われたのと同じようなこと、言ってたし」
 テーブルに顎をかけ、ぼそぼそと伝える。
 なんとなく目を合わせづらい。
「透亜、その占い師についてもう少し覚えてることないか。特徴とか」
 いつになく真剣な岑羅の声に透亜は顔をあげる。
「髪、長くてゆるいウェーブかかってて、女の人。二十代半ばくらい、かなぁ……薄暗くてそんなに細かく見えなかったけど。あ。お守りもらったよ」
 銀の玉を取り出すと、小さな音が鳴る。
鳴玉(めいぎょく)……。透亜、その占い師、指輪してなかったか。黒い石のついた」
 静かなのに、圧倒される声音。はじめて、聞いた。
「して、たよ。ちょっと、不思議な光り方する」
「場所、どこ」
 メモとペンをうけとり、透亜は悩む。
「学校の裏手の住宅街入って……」
 わかりやすいとは言えない地図を描きながら説明する。
「……ありがとな。悪いけど鍵かけて帰ってくれるか? 気をつけてな」
 それだけ言い残すと岑羅はばたばたと事務所を出ていってしまう。
「何、それ」
 聞く相手のない文句は、とりあえず芋羊羹と一緒に飲み込んだ。

【続】
→ fortuneteller ― side B ―




Oct. 2003
【トキノカサネ】