レンアイ [31]



「こんちはー」
 都さんの家に着くと牧原は躊躇なくドアを開ける。
「巽? 今ちょっと手が離せないから勝手に上がって来い」
 奥から要さんの声が飛んでくる。
「はーい。おじゃまー」
 気軽にあがる牧原のあとに、ため息ひとつこぼして早瀬が続く。
「水森」
 早瀬が促すようにふり返る。
「おじゃまします」
 小さく呟き、靴をぬぐ。
「あれ、青乃さんいないの?」
 さっさと奥に入っていった牧原の声。
 要さんが料理中なのか?
「裏の菜園。パセリ採りにいっただけだからすぐ戻ってくるだろ。茶でもいれてあっち行ってろ。ジャマ」
「冷たい」
 めんどくさそうな要さんの粗雑な扱いにぼそぼそと牧原は文句を言ってる。
 かちゃかちゃ、ガラスの音がするから言われたとおりにお茶を入れてるんだろう。結局素直だよな。
「朔花ちゃん、そのうち都も戻ってくると思うから座って待っててな」
 リビングに気配を感じたのか、要さんの声がこちらに向く。
「かな兄、水森にやーさーしーいー」
「あたりまえだ」
 ほほえましいと言えなくもない応酬の間にとりあえずお礼を滑り込ませる。
「はい。ありがとうございます」
 とは言ったものの、落ち着かない。
 なんとなく部屋の中を見渡していると早瀬と目が合う。
 あきれたような表情。
「座ってれば?」
 言われて早瀬が座っている三人掛けのソファの反対端に座る。やっぱり微妙に居心地悪い。
「お茶、お待たせー」
 牧原はお盆にのせた三つのグラスを危なっかしい手つきでテーブルに乗せる。
「ありがとう」
 既に汗をかきはじめたグラスに口をつける。
 涼しい部屋に入ってずいぶん汗は引いていたけれど、のどはカラカラのままだったので一気に半分くらい飲み干す。
 ふぅ。
「たーだいまー。あ、朔花ちゃん、いらっしゃーい」
 暑さに負けてるのか、勉強疲れなのか、めずらしくだるだるな雰囲気で都さんがリビングに顔をのぞかせる。
「おじゃましてます」
「おつかれだなぁ、みやねぇ」
「お疲れだよ。煮えてる教室で、わけのわからない問題を解き続ける。最悪」
 大きくため息をついて都さんはかばんを床に置く。
 来年の我が身だ。考えたくもない。
「現時点でわけのわからない問題とか言ってるのってまずいんじゃないのか? 真剣に」
 早瀬はワザとらしく眉をしかめる。
「嫌なコト、マジメな顔でいうな。お兄ー、静史郎がいじめるー」
 都さんは小さな子みたいなことを言いながら台所に行ってしまう。
「言いつけられてるぞ、早瀬」
「今更」
 面白がってる牧原に早瀬は肩をすくめて短く答える。
 良くわかんないけど。まぁ、でも仲はよさそうだよな。やっぱり。
「朔花ちゃん、いらっしゃい。静史郎も、巽もお疲れさま」
「こんにちは。おじゃましてます」
 顔をのぞかせた都さんのお母さんに小さく頭を下げる。
「ゆっくりしていってね。巽、朱菜は?」
 誰だろうと早瀬を見ると、思い切り眉をひそめている。
「デザートまでには来るって言ってたけど。多分に願望が含まれてる模様」
「そ。じゃ、おかずは別にしておいたほうがいいわね。じゃ、もう少し待っててね」
 姿が見えなくなったところで小声でたずねる。
「朱菜さんって?」
 知らない人が増えるのはちょっとつらい。
「あぁ、青乃さんの妹。つまり、おれの母さん」
「牧原」
 屈託なく言う牧原を、苦い声の早瀬が呼ぶ。
「いや、おれだって止められるものなら止めたかったけど。青乃さんが『静史郎のこと好きな子を呼んでるのー』ってバラすからこういうことに」
 それは私としても大変勘弁していただきたい状況じゃないか?
 早瀬は牧原の言い訳を黙って聞きつつ、目つき険しくにらむ。
 便乗してやる。視線で訴えてやる。
「だいじょーぶだって。きっと来るのなんか、おれらが食べ終わった後だろうし」
「つまり食ったらすぐ撤収しろと」
 ため息混じりに早瀬が何とか納得したような声を出すと、牧原は首を横に振って答える。
「それはムリでしょ。っていうか、そんなことして帰ったら、晩飯抜かれかねないし。おれの立場も考えて。二階に避難くらいが妥当かと」
 それって、私は?
「しょうがないか。悪い、水森」
「ごめんなー、水森」
 割とまじめに謝ってる早瀬と……牧原、ちょっと面白がってるでしょ。
「つまり?」
「人身御供」
 牧原は手を合わせて拝むような仕草をする。
「帰りたい」
 なんだか台所からいいにおいがしてきてるし、おなかは空いてるけど、食欲失せるなぁ。
「とりあえず、来ない可能性もあるから。ほんの少しだけど。仕事終わらなきゃ、来れないんだし」
 それ、フォローなの?
「まぁ、絶対はないしな」
 口調、諦めてるよ、早瀬。絶対来るって思ってるでしょ。
「青乃さんいるし、さほど面倒なことにはならないと思うから。ガンバレ」
 ヒトゴトにしようとしてるな。自分の母親なのに。
「なに言いあってるの?」
 私服に着替えた都さんは牧原の隣にどっかりと座る。
「母さんが水森を見たくて来るって言ったら、水森が凹んだからフォローしてたんだよ」
 牧原のこたえに都さんは小さく笑う。
「朱菜さん来るんだー。なるほどねぇ。大丈夫だよ。私がついてるし」
 その言葉、信用していいのかな。なんだかすごく楽しげな表情だけど。
 ちらりと早瀬の顔を見てみると、同情したような目で見られる。
 あーあ。

【続】


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