レンアイ [11]



「……り…………水森っ」
「ぅぇっ」
 呼び声と一緒に肩を思い切りよく引っ張られ後ろによろめく。なにするんだ、突然。
「階段」
 淡々と言われ足元を見る。あ、ホントだ。
「ありがとう」
 段差に気づかずに空を踏んで真っ逆さまになるところだった。あぶない。
「……って早瀬?」
 つかまえてくれた手の主。見下ろす顔とばっちり目が合う。
「ぼんやりしすぎ」
 呆れ声。でもどこかやさしく聞こえる。気のせいかもだけど。
「うん。ごめん」
 早瀬は支えていてくれた手をはなし、深々とため息をつく。
「重症」
 ぽつんと呟いた声がなんだかすごく的を射ている気がしてなんとなく笑うと早瀬は眉をひそめえる。
「そのうちホントに落ちるぞ」
「ちょっとね。つかれちゃった」
 こぼす。ほんの少し。早瀬、結局やさしいから。つい。
 とりあえず階段を降りる。踏み外さないように下を向いて。
「水森」
「ちょーどいいところにっ」
 静かな声が本題に入るのを遮るように元気な声がうしろから追いかけてくる。
「都」
 早瀬が苦いものを含んだ声で呼んだ相手を見上げる。
 あ、なんだか久しぶりだ。コンニチハ、のかわりに小さくあたまを下げる。
「朔花ちゃん、元気ないね。テスト惨敗?」
 ストレートに聞くなぁ、都さん。
「それもあります」
 なんだかなぁ。あんまり意味ないと思うんだけどね。ホントは。でも納得というかしっくりきてなくてぐるぐるしてる感じ。
 そんなこと言っても仕方ないからあいまいに笑って肩をすくめてみせる。
「まだ中間だし。期末で挽回すれば平気だって。なんだったら静史郎に教えてもらえば良いんだし」
 気楽に言う。ま、確かに。テストに関しては、終わったものはしょうがないし。早瀬に勉強見てもらうってのはちょっとどうかと思うけどさ。
「で、何の用?」
 都さんの勝手な言い分を無視して早瀬は促す。
「あ、そうそう。コレあげる。タダ券、今日までなんだ。私はちょっと行けなさそうだし」
 ポケットからとりだした黄色のチケットを都さんに渡される。
「とりあえず新歓手伝いのお礼のひとつということで。二人で食べて来て?」
 手作り感あふれるチケットには駅前のお好み焼き屋の店名と千円以下のお好み焼きどれでも一枚無料と書かれている。それが二枚。
 二人で、って言ったってねぇ。どうしよう。早瀬の顔をちらりと見る。
 見えないため息が聞こえた気がした。
「水森は? 食べに行く元気はあるの?」
 んー。ムズカシイ質問だ。けど、どうせ家に帰ってもぐだぐだとするだけで寝られそうにない気がするし。なら誰かといたほうが気がまぎれる。
「ある。都さん、ごちそうさまです」
 早瀬に返事をしたあと、都さんに手をあわせてお礼をする。
「いいえ。どういたしまして。ムダにしなくて済んで良かった。じゃ、またね」
 ひらひらと手を振るとさっさと階段を駆け下りていく。
 なんていうか、元気だなぁ。
「水森、行くよ」
 落ちるなよ、と続けて先に行く。ほんの少しだけ。
 だから、さぁ。
「いいの? 早瀬」
 何が、なのかは自分でも良くわからないまま二段下を歩く早瀬に聞く。
「別に」
 ぶっきらぼうにも聞こえる声。だからさぁ。
「好きだよ」
 小さく言葉にする。それはきちんと早瀬の耳に届いたらしい。呆れたような、でもそれだけでもない曖昧な表情が振り返った。
――
 間がもたないな。
 熱せられた鉄板の上にお好み焼きのタネをのせ、焼けるのを待つ間。
 向かい側にいる早瀬は当然のように無言で。まぁ、早瀬が饒舌だったらそれはそれで困ると思うけど。こう、もうちょっとね。
 そう考えると前回のラーメンはアタリだったよな。食べにくいという難点はあったけれど、こういう微妙な間はほとんどなかったし。
 ぁふ。あくびをかみころす。眠いな、やっぱり。ちょっと。
 なかなか焼けてこないお好み焼きを頬杖をついてながめる。返し時が難しいよな、お好み焼きって。
「……水森」
「ぇ、あ。はい?」
 突然呼ばれ慌てて応える。
「はい、ってなに」
 小さく笑う早瀬。めずらしいもの見た。
「焼けた」
 言われて鉄板に目を落とすと鉄板の上にはきれいに焦げ目のついた完成済みのお好み焼き。
 あれ? いつのまに。
「もしかして寝てた?」
「ん」
 目の前のお好み焼きにソース、かつおぶし、青のり、マヨネーズをかけながら早瀬は軽くうなずく。
 不覚だ。
「ごめん」
「食べれば?」
 早瀬から渡されたソース等を自分のお好み焼きにかける。
「うん。いただきます」
 ソースがこげた香ばしいにおい。コテで一口サイズに切りわりばしを割る。
 おいしっ……けど熱っ。舌やけどした。ざりざりする。
「なにしてんの?」
 呆れ声。最近聞く早瀬の言葉は、そんなのばっかりな気がする。
「予想外に熱かったの。早瀬、器用だね」
 はしを使わずコテでそのまま食べている。熱くないのか? それ以前に食べにくそうなんだけど。
「いちいち、はし使うほうが面倒」
 言いながらも着々とオナカにおさめていく早瀬に負けないようにお好み焼きを口に入れることに集中する。
 いや、勝てるわけないんだけどね。
 こっちは半分以上残ってるのに、もう食べ終わってるし。
 先回に引き続きあんまり待たせるのも悪いので、なるべくさくさくと片付ける。
「水森、さ」
 どこか迷った声に顔を上げる。なに?
 何かをふっきるようなため息一つ。
「無理して続ける必要はないと思うんだけど」
 えぇと。何の話でしょうか。
 最後の一口分を飲み込む。
 困惑してるのがわかったのだろう。早瀬苦笑いする。でもちょっと、やさしい笑み。
「おれはそう思ってるってだけ」
 ヤだな。こういうのって。落ちつかないっていうか。
 とりあえず。
「アリガト」
 そぐわないことはわかってたけれど。他にいう言葉が見つからなかったから。
 早瀬は立ち上がる。
「いーよ、別に」
 振り返らずに答えた言葉が、なんだかまるごとわかってるみたいな風にとれて困る。
 実際はどうでもいいくらいの意味かもしれないけれど。
 その方が良いのだけれど。
 帰ろ。

【続】


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